第3章 調停者 (2)開戦 ①
ダルバンガが地球圏外縁部に位置する防衛ステーション、オメガ3を出発して1日目。
目的地は、機械化艦隊との戦場となることが想定されている、月と地球の中間地点だ。
ウィルとヴァラーハは軍属ではないが、作戦に参加する事となった。
関わった者への責任も感じていたし、全てを知りたいとも思った。
何より、今更エマを一人にさせるには気持ちの整理が付かなかったからだ。
ヴァラーハに至っては、何処にいても何かが変わる訳じゃない、きっと、どうにかなるさと、いつもの楽観論で参加している。
ウィルは道中、作戦会議に参加する傍ら、エマから聞いた新たな情報を纏めておくことにした。
作戦エリアに入れば情報を整理している時間はなくなるし、持て余した時間を少しでも有効に使いたかったからだ。
--- タームの記憶 ---
ターム暦06347(10進数換算3303)年7節
第4惑星カレンダルからの救出作戦は、母星タームの軌道上で待ち構える機械化艦隊に阻まれて敗退したが、同時に敵にも相当なダメージを与えることにも成功していた。
そのため、この5年間は敵の進行もなく、ターム文明にとって、最後の対応を決める猶予期間となった。
十分勝てると確信しない限り攻撃して来ないのは、合理的な思考の強い人工知能らしいところだ。
ターム人類の存亡を賭けたこの戦争は、物資や工業力の面で、決定的に敵が有利であることは誰の目にも明らかであったが、それでも徹底抗戦して生き延びる道を模索する主戦派と、あてもなく宇宙を彷徨い、資源が尽きて全滅するリスクを覚悟してでも、星系を脱出することを選んだ移民派に分かれて、長い間、論争が続いた。
しかし、結局のところ、どちらかに意思を集約することは出来ないという結論となり、それぞれの派閥が思い思いの準備を進めることとなった。
滅亡を目の前にしたとき、力を結集すればどうにかなる、などという夢の様な論理は最早、通用する状況ではなかった。
こうなってしまうと、人は各々の最善の判断で動くだけだ。
滅亡への不安が募る中、光学観測により母星タームの周辺に配備された敵艦隊が急速に増強され、この第4惑星カレンダルに侵攻してくる可能性が危惧されるようになると、主戦派は先制攻撃を主張し、母星ごと敵本体を破壊する方針を決定した。
その一方、移民派は第5惑星周辺に建設されていた、4つの移動式の資源採掘基地を移民船として改造し、主戦派の作戦に便乗して星系から脱出する事を決めた。
主戦派の艦隊が敵を引きつけている隙に、第4惑星と第2惑星にスイングバイして加速し、水素帰還ラムジェット推進に切り替えて、追撃を振りきり、そのまま百年以上掛けて亜光速まで加速を行い、ターム星系が属する恒星集団から離脱するという作戦だ。
母星攻略作戦には、移民船の改造を担当した天才技術者によって建造された、新型の特殊戦闘機を作戦の要として提供することを条件に、主戦派との共同作戦に同意を取り付ける形になった。
発動された作戦の顛末について、詳細な記録は残されてはいないが、母星の崩壊は星系外に脱出した移民船団から観測されており、おそらくは成功したものと考えられている。
こうしてターム文明は自らの母星を失うことになった訳だが、ディレクトールの本体が破壊されたとしても、どのみち殺戮は停止しないだろうという懸念があった。
仮に主戦派の見解通り、敵の本体が母星ごと無くなることで指揮系統を失い、敵がすべて停止するのであれば良いのだが、敵艦隊は活動を始める時にだけ指令信号を受け取っている事が確認されているから、ほぼ完全な自律行動をしている可能性が高く、本来有効な停止コードを使う以外の方法では、望みが薄いのではないかと考えられていた。
もし敵が止まらなかった場合、母星破壊作戦の残存戦力で、星系内に展開している敵艦隊を全て破壊する必要がある。
だがそれは、あくまで人類に戦力が残っていれば、という条件の下での話である。
母星の破壊も、ディレクトールの破壊にしても、十分な戦力が無い以上、いずれにせよ部の悪い賭けであり、人類の絶滅は免れないだろうというのが我々移民派の見解だ。
・・・故郷を破壊して得られたものが、僅かな延命だったとすれば悲しいだけではないか。
エマからヒアリングしたターム文明の歴史を纏めながら、ウィルは星系に残された人々に思いを馳せていた。
それにしても、たった4隻の移民船で脱出か・・・自分だったらどっちを選んだだろうか。
何もない宇宙を延々と彷徨うよりも、絶滅が迫る故郷に残る道を選んでいたかもしれないな。
--- ヴァラーハの研究 ---
資料作成に没頭する合間、一息入れて後ろのシートにいる二人の様子を確認すると、ヴァラーハがエマに100年以上前に放映されていたコメディ番組を観せながら、新しい言葉を教えている最中だった。
身振り手振りでジェスチャーを交えながら話すヴァラーハと、両手を膝の上で握ったまま、前を向いて真剣に話を聞くエマの組合せは奇妙な光景であったが、ここダルバンガの戦闘指揮所では次第に当たり前の光景となりつつあった。
しばらく聞いていると、ヴァラーハが何か閃いた様な素振りをして語り始めた。
何としてもジョークを覚えさせるつもりらしい。
「地球に住んでいた頃、学校の帰りに乗っていた自転車が故障したんで、実家の裏に住むバイク好きのマクレディさんが経営しているガレージに寄ったんだ。
それで、この自転車を直して欲しいってお願いしたんだ。
そしたら、俺はそんな細いタイヤを履いている様なショボいマシンは好きじゃないから帰れ、って。
悔しかったから一度家まで帰って、むちゃくちゃ太いタイヤのマウンテンバイクに乗って、もう一度行ったんだ。
これならどうですかって。
するとマクレディさんは、大きなハンマーを持ち出してこう言ったんだ。
コイツを直すのは構わないが、その前に壊していいかってね。
どうして壊れてないって分かったんだろうな・・・」
首を傾げて聞いていたエマが指摘を入れた。
「自転車というのは先日頂いたライブラリによると、人力で動く乗り物の事ですね。
しかし、乗って行ったという事は、正常に機能していた訳ですから、つまり壊れていないですよね。なぜそんな事したのですか」
至極真っ当な質問だ。
「いや、だからそこじゃないのよ・・・」
そう言って肩を落とすヴァラーハの説明を聞きながら、エマは至って冷静に遣り取りを繰り返しているが、話が噛み合っていない。
指揮所ではレイラが肩を震わせている。
ヴァラーハ当人に言わせると、非論理的思考アルゴリズムに関する学術的な研究の一貫ということらしいが、どうも、ただ遊んでいるだけにしか見えない。
ウィルの視線に気づいたヴァラーハが、いつになく真剣な目をしていたので、見ない振りをして作業に戻ることにした。
こうしていると、これから戦争しようっていうのがまるで嘘の様に思えた。
--- 戦闘準備 ---
オメガ3を出発して4日目、事前にエマから得た情報を集約して地球統合軍司令部に送っていたが、その回答がレーザー通信で送られてきた。
巡洋艦ライブラを旗艦とするオメガ3分艦隊は、データリンクで内容を共有した。
送られて来た回答は、作戦の骨子に関するものだった。
現在、敵ディレクトールの造った機械化艦隊は月と地球の間に位置するラグランジュL1に集結しつつあり、その数は日増しに増え、戦闘機を除く艦艇だけでも100隻を超えようとしていた。
機械化艦隊は、中央に重心をおいた十文字の集合フォーメーションを取っている様子だ。
一方、地球軍は月と地球の中間ポイントに集結しつつあり、艦艇の総数ではほぼ互角ではあるが、正面から撃ち合って対抗出来そうな船体規模の艦艇だけで言えば半数にも満たない。
地球軍は左右に長く伸びた陣を敷き、それは中央が少し突き出した緩やかな弓なりのカーブを描いた城壁の様なフォーメーションだった。
その遥か後方には輸送艦部隊が配置され、小型のコルベット部隊24機と戦闘機部隊52機が控えている。
コルベット艦は4~5人乗りの小型の戦闘艇で、普段は基地やステーション周囲の警備をしているが、旋回タレットを装備していて防空能力が高い艦艇だ。
戦闘機は単座、あるいは複座のコックピットを持ち、小型で軽量というメリットを活かして防衛や近接戦闘を行う。
通常、巡洋艦には4〜6機、フリゲート艦には2機の戦闘機が搭載可能だが、実用面としては拠点での防衛や偵察で活用される事が多く、艦船に搭載するのは運用効率が良くないので、実態としては全ての艦艇に満載しているという訳ではない。
艦艇に搭載されている戦闘機は既に前線に展開中で、それ以外の周辺基地から派遣された単独機が、後方の輸送艦群を補給基地代わりにして集結している。
今回の戦闘は単艦同士で行う一騎打ちの様な遭遇戦ではなく、集団による力比べとなるので機動力より火力と防御力が要だ。
単純な消耗戦で戦力差が大きい場合、劣勢な側が取る選択肢は次の2つになる。
1.戦術によって戦力差を埋めること。
2.戦わないこと。
しかし地球軍にとって後者の戦わずに逃亡するということは、敵艦隊の地球侵攻を許すという事であって事実上選択できない。
まさに背水の陣というわけだ。
よって、残された戦略は何らかの手段で劣勢を挽回すること、という事になる。
しかし、宇宙空間では山や川は無いし、当然昼も夜もないから、地の利を生かした待ち伏せや夜襲も出来ない。
工夫出来ることにはかなりの制約が多い。
機械化艦隊は負ける可能性が無いと判断しているのか、地球軍の布陣を見ても目立った動きを見せてはいなかった。
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