第3章 調停者 (2)開戦 ②
--- 開戦 ---
ダルバンガがオメガ3を出発して5日目、地球軍の布陣が完成するのを待つことなく、無情にも機械化艦隊が前進を始めた。
絶望感が広がる中、地球艦隊総司令のアンドリュース・バーク提督が激を飛ばした。
「今負けることは人類が滅ぶという事だ。総員総力をあげて侵略者どもを駆逐せよ。
しかし
あっという間に
軍の士気は高いとは言い切れなかったが、思いかけず耳にした総司令官の軽口に緊張が解れ、笑い出す者もいた。
程なく、地球軍は接近して来る相手に備えて戦闘態勢に移行した。
おそらく明日にはお互いの射程距離に到達するだろう。
ダルバンガを含むオメガ3分艦隊の位置からはギリギリ戦闘開始に間に合うかどうかといったところだ。
オメガ3分艦隊の配置は横に長く伸びた陣の最右翼の集団に編成され、合流後は12隻の戦闘集団を再構成して作戦に参加する予定だ。
ダルバンガの戦闘指揮所では戦闘に備えて、長い時間ブリーフィングが行われていた。
今回はモルトファルギロイにも作戦行動が割り当てられ、担う役割も大きい。
その内容には、モルトファルギロイが艦隊正面に出て、敵を陽動する計画が盛り込まれている。
モルトファルギロイには、敵の前面に出て砲火を受けてもダメージを受けないという強みがあるが、いくら高度なテクノロジーの塊であっても、全くの無敵という訳でもない。
防御機構を駆動させるための、リアクターが発生するエネルギー量にも限界はある。
そのキャパシティを上回る攻撃を受ければ、防御し切れずに破壊される可能性もあるし、蓄積した熱エネルギーの冷却が間に合わなければ、機体が融解する可能性もあるのだ。
作戦計画の説明が終わったあと、可能な限りウィルとヴァラーハ、そしてエマの3人で敵の特徴とモルトファルギロイの性能を比較しながら、詳細な戦術について議論が続けられた。
--- 先制攻撃 ---
戦端は、地球軍による爆雷の一斉投射によって開かれた。
先手有利という理論に基づいたものだが、実際の優劣がすぐさま決定付けられると決まった訳ではない。
しかし、士気を保つ、という意味では十分に有効な方法といえるだろう。
地球軍は初手として戦列の中央と、その左右に展開された駆逐艦部隊を前面に突出させ、百発余りの爆雷を一斉に射出した。
駆逐艦部隊は攻撃が終わると即座に後退し、戦列の中に戻っていった。
しばらくすると機械化艦隊にも動きがあった。
無数の小型の
機械化艦隊に向かって飛翔する機雷群と、対向して接近する敵機が交錯したかと思うと、多数の閃光が燦めいた。
機雷群の約2/3が敵機のパルスレーザーで撃ち落とされたのだ。
敵機は撃ち漏らした爆雷には目もくれず、そのまま地球軍の中央に向かって直進し、戦列を切り崩しに掛かってきた。
地球軍は対空防御用に信管を短距離作動に設定した爆雷をばら撒くと、艦隊直援の戦闘機部隊と、後方から駆けつけたコルベットの混成部隊を突出させて迎撃を始めた。
敵機は、地球艦隊の対空防御網を全く気にしていないかのように正面から接近すると、爆雷によって受けたダメージも気にする様子もなく、迎撃部隊の目の前で急激に散開して方向を変えた。
それを地球軍の戦闘機が追う形で戦闘機同士の格闘戦が始まった。
予想通り敵機は信じられないほど機敏で、地球軍の有人戦闘機とは機動性が数段違っていた。
しかし、地球軍も無策という訳ではなかった。
機動性で劣る事が予測されていたため、戦闘機2機が一組になってデータリンクで連携する戦法を取り、相互にカバーし合って敵機を追い詰めた。
これは旧世紀の世界大戦で運用されたロッテ戦法と同じだ。
そして一定間隔で旋回式タレットを装備するコルベットを配置して、戦闘機部隊を援護させた。
全体的な敵の優位性は変わらないが、それでも戦闘機部隊は格闘戦で互角のやり取りを行っていた。
無機質な命無き相手との命を賭けた戦いは、虚しさを感じるよりも先に、負ければ後が無いという焦燥感が逆にパイロットたちを奮い立たせていた。
一方、戦列中央の艦隊は、正面で繰り広げられている格闘戦を盾にして、上下方向に機動爆雷を投射し始めた。
幸いなことに敵、機械化艦隊は、正面で行われている戦闘機の乱戦によって主砲のレーザーを撃てないでいた。
少なくとも、味方を巻き込んででも攻撃を強行する様な兆候を見せないのは、戦力を無駄にしないという観点からは理に適っていた。
もし、機械化艦隊が、無慈悲に味方も巻き添えにして全面攻勢に出てきたら、戦局は大きく違っていたかも知れない。
いずれにしても、地球軍は今が攻撃の好機とみていた。
前衛の艦艇から一斉に投射された機動爆雷は、大きな弧を描いて戦闘機群が乱戦を繰り広げている戦闘空域を上下から迂回すると、敵艦隊の中央部に向かって突入していった。
時を同じくして、先行して飛翔していた初弾の爆雷群が敵艦隊に到達したが、十分な数でないこともあって、殆どが散弾をばらまく前に対空レーザーで撃ち落とされ、効果的なダメージを与えることは出来なかった。
機械化艦隊は、戦闘機による攻勢が思いのほか上手くいっていない事に痺れを切らしたのか、単に予め設定されていたアルゴリズムに則っているだけなのかは定かではないが、格闘戦をしていた戦闘機群を強引に地球艦隊へ突入させてきた。
地球艦隊は襲撃を受けた中央部をゆっくり後退させながら、対空砲によって防御を行った。
しかし全く恐れを抱かない、ある意味狂気じみた敵機の攻撃に対処仕切れず被害が広がっていった。
主に装甲の薄い駆逐艦の数隻が大破し、大型艦も一部に被害が出た。
前線に展開していた戦闘機部隊も戻って迎撃に参加したため、敵機の数は次第に減り、しばらくすると戦闘機同士の戦闘は収束の兆しを見せた。
一方、飛翔を続けていた第二弾の機動爆雷群は、敵の前衛部隊にロックオンすると最終加速に入った。
相当数が敵艦の手前で撃ち落とされたが、それでも10隻以上に損害を与え、光学観測によれば少なくとも3隻の大型艦が爆散したことが確認された。
--- 集中砲火 ---
戦闘機による戦闘が収束した頃、十分に距離を詰めた機械化艦隊が本格的な攻勢に転じた。
機械化艦隊の基本装備は光学兵器のみだ。
しかもその威力は地球軍の光学兵器の性能を大きく上回り、地球軍の同規模の艦艇よりも大型であるため、出力も大きい。
機械化艦隊の一斉射撃による熱線の嵐が、地球軍の中央部の艦列を襲った。
前衛の地球軍最大級を誇る巡洋艦の6隻が集中攻撃を受け、瞬く間に2隻が大破もしくは戦闘不能となり、3隻が小破した。
本来であれば巡洋艦の6隻が、すべて蒸発してもおかしくない程の猛烈な集中砲火だった。
被害を最小限に抑えられた理由は、最初の爆雷攻撃にあった。
地球軍の最初に放った爆雷は、半数がアンチレーザー爆雷だったのだ。
空間に撒き散らされた粒子がレーザーによって蒸発してエネルギーを奪い、更に発生したガスによって透過率が下がって威力を削いだのだ。
かろうじて小破に留まった旗艦アクエリアスで指揮を摂っていたバーク提督が、次の指令を出した。
「よし、爆雷で牽制しつつ中央の部隊は全艦後退せよ。
オメガ3はどうだ?」
司令の問いかけに副官が報告する。
「先刻、所定の配置に着きました」
報告を聞いてバーク司令が続けて命令を下した。
「分かった。それでは第2段階の指示を発令せよ」
副官はあえて復唱せず、通信士に指示を出した。
状況は加速的に進行している。
より素早く的確な行動が出来たかどうかで、命運を分けてしまう状況なのだ。
--- 焦り ---
横に長い戦列の最右翼に駆逐艦ダルバンガの姿があった。
そのすぐ横に、異星の戦闘機モルトファルギロイが待機している。
今回ヴァラーハの提案で、モルトファルギロイとダルバンガの戦術コンピュータがデータリンクされ、戦闘状況の共有が可能となって、ある程度離れていても、まるで同じ艦内に居るかの様に、お互いの状況を確認できるし、通話も出来るようになっていた。
ダルバンガの指揮所では、オオタニ艦長が司令部からの命令を受け取ってウィルに伝えた。
ウィルがエマとの直接的な連絡や指示を行う事で、オオタニ艦長はダルバンガの指揮に専念出来る。
効率重視の役割分担だ。
ウィルがモルトファルギロイに搭乗しているエマに指示を出そうと通信機をオンにすると、ウィルが話し出す前にエマの声が飛び込んできた。
「沢山やられてしまいました。これ以上待っていられません!」
「エマ。落ち着くんだ。
作戦はきちんと守らなければ、もっと被害が出る」
「分かっていますが・・・」
「たった今、司令部から出撃依頼が出た。行けるか」
「はい、もちろん!
・・・では行ってきます!!」
そう言うなり、エマは出力全開で飛び出して行った。
オオタニ艦長はオペレーションモニターを見て状況を確認すると、艦内に指令を伝えた。
「これより本艦は、オメガ3分艦隊と共に敵右翼に突撃を敢行する。
総員戦闘に備えろ。緊急加速を掛けるぞ」
オメガ3分艦隊は、巡洋艦ライブラを中心に上下左右に小型艦を配置した同心円の円形陣にフォーメーションを変えると、最大戦速で加速を始めた。
オメガ3分艦隊の両側にも、主にフリゲート艦を中央に集めた別の円形陣が3つ並んで加速を掛けていた。
複数の分艦隊による、共同の突撃作戦が開始されたのだ。
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