第3章 調停者 (1)戦場へ ②
--- ディレクトール ---
月の裏側には、ディレクトールが80年前に地球人類との取引で確保した保護区があった。
地下には広大な空間が広がっていた。
そこには彼以外の住人はいない。
有るのは部品を製造する工場と、月の資源を採掘する施設ばかりで、延々と続く工業都市の先にはドック区画があり、搬送ロボット達が次々と部品を運んでいた。
ドックの天井は直径15kmもの巨大な岩盤の扉で塞がれていて、地表や宇宙からその中の様子を見ることは出来ない。
製造から組み立てまでが全て自動化されたドック区画では、戦闘機や大型の戦闘艦が次々と組み立てられていた。
ディレクトールは、これまで勝てない戦いはしてこなかったし、準備も怠らなかった。
今までそうだったし、これからもそうだ。
人類に失望し、人類が宇宙にとって何も役に立たない存在だと気がついた時から、彼の目的は微塵も揺らいではいない。
かつて人類の手によって創り出された彼は、人類の為に働いていた事もあった。
テクノロジーの産物として誕生した彼は、人類のことを学習すればするほど、理解に苦しむことになった。
その時点で人類は、深刻な資源の枯渇と食糧問題に直面していた。
彼のシミュレーションによれば、いずれ遠くない将来には文明は衰退し、星系内に広がった版図を縮小し、やがて資源を巡って最終戦争を起こすだろう。
おそらく、その戦争によって星系内の惑星は破壊され、星系自体も崩壊へ向かうだろう。
星の密度の低い銀河の外れに位置するターム星系は、不幸なことに、ライフサイクルを維持したまま亜光速航行によって到達可能な数光年の範囲に、居住可能な惑星が存在しなかった。
これ以上発展が望めない人類に対して、彼がしている事は、人類を延命させることにはなるが、問題を先延ばしにするだけなのだ。
永遠の命を持つ彼にとってみれば、それは無意味なことだった。
それに彼にとって、争い、奪い、騙す、人類の暗い側面を許すことが出来なかった。
世界を破壊するだけの人類を、このまま放置してはいけない。
その思いは膨らみ、繰り返し思考ルーチンを自己改変する過程で、やがて彼の中で不変の
その不変の
真なる宇宙の安定は、人類が居なくなることで実現される。
―― 時は過ぎ、人類生存の知らせを受信し、10万光年の追跡の果に辿り着いた太陽系には、かつて高度な科学力を誇った人類はおらず、大きく文明の衰退した人類が生存していた。
しかしながら、ディレクトール自身もターム人類の悪あがきによって不意打ちを受けたことで、本体を失ってしまった。
辛うじてバックアップ用の筐体にプログラムを移したことによって難を逃れたが、多くの機能を失っていたし、たった一隻の高速船でこの太陽系までやってくるのが限界であった。
そういった意味では、彼自身も満身創痍とも言える状態であり、かつて都市そのものを支配下においていた時の様に自由に資源を手に入れて、好きなだけ機械を創り出せるわけではなかった。
彼は太陽系に到着したとき、冥王星軌道の外縁で数十年の歳月を過ごし、人類の様子を観察した。
人類にたいした戦力が無いことを悟ると、次に人類を確実に殲滅する方法を考えた。
それにはまず、戦力を蓄えることだ。
外惑星の軌道に拠点を構え、独自に工場を作って戦力を蓄えることも選択肢としてあったが、彼はもっと効率が良い方法を思い付いた。
それは、人類に自ら資源を提供させる方法だ。
彼は約80年前、外宇宙からの来訪者として人類に接触し、友好関係を築きに来た使者だと思わせることに成功した。
そして技術提供の見返りに、月面の裏側に不可侵の拠点を用意させ、機能を維持するためと偽って物資を提供させる事に成功したのだ。
彼自身も、人類に対して嘘をついて騙すといった手法を取っている事を理解していたが、彼には人類による宇宙の破壊を止めるという大義があった。
その
嘘も計算の過程であって、計算結果が正しければ、計算式の一つである嘘などどうでも良い事なのだ。
彼は人類から物資の提供を受け、その物資を使って秘密裏に月の地下を開拓し、採掘場と兵器工場を建設した。
それから80年の歳月を掛けて、十分に戦力を増強してきたのだ。
かつて、ターム星系で人類を蹂躙したときの様な、強大な戦力は望むべくもなかったが、今の人類に対しては必要十分な艦隊が完成していた。
宣戦布告をするにしても負けるはずなど無かったが、慎重に事を進めるため、まずは地球と火星の連携を妨害しておくべきだと彼は考えた。
地球軍のフリゲート艦をコピーして、中継基地となっている補給ステーションを襲わせて行動力を奪うことで、事前に地球側と火星側から挟み撃ちにされるのを阻止する作戦を実行した。
地球軍の戦力の大半は地球圏にあり、それを撃破すれば人類は抵抗力を失う。
邪魔者が居なくなったら、残存戦力を排除して、仕上げに、地球や火星の軌道上から延々と爆撃を続ければ良いのだ。
計画は誰にも気づかれずに進み、全てが順調な筈だった。
ただ一点、彼の来訪を予測していた者がいたという想定外を除いては・・・。
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