第3章 調停者 (1)戦場へ ①
--- 救出作戦 ---
ターム暦06342(10進数換算3298)年10節12日
「こちら揚陸艇4022、首都西部のシェルター604に到達。
民間人を収容中。作業完了次第に離陸する」
通信装置を操作しながら、副操縦士が軌道上で待機する強襲戦隊の司令部へ連絡を行っている。
「おい、メッセージなんて届いているのか分からんのだぞ。
無意味な事はやめて、離陸準備を優先しろ」
機長が同僚を叱責する。
「分かりました・・・」
微かに淀んだ空の下、木々すら一切見えない荒涼とした人工的な大地が広がっている。
その大地の一画にそびえる無数の建築物の中にある広場の一つに着陸した揚陸艇は、地下シェルターで1年近く耐えて、幸運にも生き延びた住人152名を収容し、再び宇宙に向けて離陸する準備を進めている真っ最中だ。
同時に、他の場所でも全く同じ事が行われている・・・。
正確に言うならば、行われているはず、と言うべきだろう。
揚陸艇4022は、第3惑星タームの地上に残された人々を救出する任務のため、戦火をかいくぐって幸運にも着陸に成功したが、他の揚陸艇の一体何機が無事に着陸出来たかについては全く分からない状況だからだ。
機長はコンソールパネルに向かったまま、離陸プロセスに必要な作業を進めている。
「航行システムを離陸モードに設定。システム切り替え確認よし。
耐熱シールドを分離・・・、機首起こし開始」
そう言ってモニターの上に手をかざしてジェスチャーすると、機体に大きな振動が起こった。
機体下部の耐熱シールドが外され、まるで睡蓮の花が咲くかのように開き、水平状態だった機体が押し上げられて、機首が次第に上に向き始めたのだ。
窓から外の様子を確認すると、上空には3機の戦闘機が旋回しているのが見えた。
揚陸艇を護衛して一緒に降下してきた部隊だ。
大気圏突入前は7機だったはずだが、防御衛星群との交戦でやられてしまった様だ。
--- 死守 ---
揚陸艇4022を護衛していた戦闘機部隊のリーダーは、遠く地平線の彼方に霞んで見える高層ビル群を眺め、その上空に多数の光る点があるのを視認した。
レーダーには何も映ってはいない。
機体に搭載している人工知能に命令して、該当領域を拡大し、映像をスキャンさせる。
「ステルスタイプか・・・」
そう呟くと、彼は僚機に連絡を入れた。
「各機ブースターを捨てろ。奴らのお出ましだ」
すると僚機から返答が入った。
「隊長、ブースターを投棄したら宇宙へは戻れません!」
大気圏用の電磁式流体圧縮エンジンは、小型核融合エンジンからの電力だけで稼動するので、燃料切れの心配が無いのが利点であるが、宇宙空間の様に気体が存在しない真空中では全くの役立たずだ。
そのため、宇宙に上がるためには、どうしても化学燃料を使ったブースターエンジンが必要なのだ。
迷いなく護衛部隊のリーダーが僚機の問いに答える。
「相手は宇宙機じゃない。格闘戦になったら図体のデカいこっちは不利だ。
単純な動きしかしないドローンとはいえ、こちらがたった3機では応戦して何機落とせるか分からんしな。
たった3人の犠牲で100人以上が助かるんだ、覚悟を決めろ。
出来るだけ揚陸艇から引き離して時間を稼ぐんだ」
彼は通信機のチャンネルを切り替えて続けた。
「揚陸艇4022、聞こえるか、我々はこれより敵機との交戦に入る。
貴官らの無事を祈る。
・・・それでは諸君、タームでまた会おう」
護衛部隊のリーダーは、そう言うと機体後部のブースターを切り離し、敵機の集団に機首を向け最大出力で飛び去って行った。
残りの2機もブースターを捨て、続くように揚陸艇の上空から消えた。
揚陸艇4022の機長は、一瞬窓の外を見やるとすぐに作業に戻った。
おそらく返答は期待していまい。
そう考えながら黙々と離陸のチェックを続けた。
一連の準備を終えて問題が無い事を確認した後、窓からふと都市部の方向を眺めると、その上空には黒い筋が何本も弧を描いて伸びているのが見える。
都市部の上空で、激しい空中戦が展開されていることが、ここからでも分かった。
「メインエンジン始動、カウントスタート」
揚陸艇の機長はそう言って前に向き直り、離陸シーケンスの切り替え操作をした。
オートパイロットが機能を始めたことを確認すると、そっとその目を閉じた。
--- 敗退 ---
母星タームで起こった
地上に残された生存者を救出すべく、植民地である第4惑星カレンダルから全戦力の7割を投入した大規模な作戦が決行されたが、物量で勝る敵の機械化艦隊と高機動の無人戦闘機群に阻まれて艦隊の半数以上を失い、それでも救出可能な最後の希望に賭けて、100機あまりの揚陸艇を強行して降下させる作戦を決行したが、帰還出来た揚陸艇は僅か8機のみであった。
事実上、作戦は失敗し、地上に推定10万人以上の生存者を残したまま、艦隊は撤退した。
--- 戦場へ ---
地球暦2198年4月10日
駆逐艦ダルバンガが地球圏外縁部にある防衛ステーション、オメガ3に到着して6日が過ぎた。
突然、緊急招集が掛けられ、軍関係者の士官が司令部に集められた。
当然、駆逐艦ダルバンガのオオタニ艦長も例外ではなかった。
オメガ3の司令官と分艦隊司令を兼務するジョン・ウェルズ准将が前に出て、事の説明を行った。
「諸君、緊急事態だ。
良く聞いて欲しい。
昨日、本部から緊急指令が下された。
統合政府に対して宣戦布告があったのだ」
微動だにしなかったが、そこまで話を聞いて、オオタニ艦長は周りに注意を向けた。
准将から耳を疑う言葉が出たが、流石に要衝を守る部隊の士官といったところか。
動揺した素振りを見せる者は居なかった。
准将が面々の様子を見渡して続けた。
「これより我々は本部の指令に従い、出撃する。
各艦は補給完了次第に抜錨。指定された集結地点に急行せよ。
他の艦を待つ必要はない。以上だ」
一連の説明と共に出撃命令が下されると、駆逐艦イソカゼのホーガン艦長が敬礼して尋ねた。
「司令。宣戦布告してきたのは一体何処の国なのですか?」
ウェルズ司令は質問にどう説明して良いか少し悩み、ホーガン艦長を見据えて答えた。
「信じられない事だが、相手は人間ではない。
昨日情報が解禁され、私も初めて聞いて正直困惑しているのだが・・・。
異星人の作った人工知能が、我々人類に対して宣戦布告してきたのだ。
そいつの名前はディレクトール、80年前に人類に接触してきたそうだが、少なくともこれまでは友好的だったそうだ。
今までその存在は、連邦政府内でも最高機密として隠されてきた。
情報を隠蔽してきた背景は、接触当初の政治判断によって、民衆に対して混乱させないようにという配慮があった為らしい。
もっとも、80年にも渡って隠蔽が続いた理由は、今となってはハッキリしていないらしいがな。
とにかく、人類始まって以来の最大の惨事だと思って対応してもらいたい・・・。解散!」
その場で聞いていたオオタニ艦長は、ディレクトールの名前に聞き覚えがあった。
つい昨日、駆逐艦ダルバンガの指揮所で突然エマが倒れたのだ。
その時エマが口にしていたのが、確かディレクトールという名前だった。
すぐにエマは回復したが、怯える様にしてウィリアム達にそのことを説明していたのを思い出した。
倒すべき相手が居ると主張していたのは知っていたが、その相手が発する信号を捉え、それと同時にエマの情報ライブラリの封印が解除されたらしく、エマ自身も知らなかった事実がほとんど明らかになったという。
その時分かった、倒すべき相手と言うのがディレクトールなのだと語っていた。
エマの情報によれば、我々地球人類より高度に発達していたターム文明を、ものの数年で絶滅に追い込んだ張本人だ。
事態の深刻さを本質的に理解している者がいるとしたら、恐らくそれはエマだけだろう。
そして、その脅威と対峙するためにはエマの存在が重要になるだろう、漠然とオオタニ艦長は考えていた。
一度、艦へ戻って作戦を練った方が良さそうだな・・・。
オオタニ艦長はダルバンガに急いだ。
オメガ3に駐留する部隊のうち、パトロール任務で稼働中の駆逐艦イソカゼ、ハマカゼ、ナギの3艦は燃料の補給だけ済ませ、緊急事態発令から3時間後に先発した。
ダルバンガは弾薬と燃料を補給し、他の艦と共に5時間遅れの出発となった。
巡洋艦ライブラを旗艦としたフリゲート艦2隻と、ダルバンガを含む駆逐艦3隻から構成される即席の分艦隊は、進路左前方に地球、右前方に月を見る形で左梯形陣のフォーメーションを組み、地球と月の中間地点へ向かった。
月から此方を見れば、6隻は重なって1隻にしか見えない筈だ。
敵に戦力を悟られない様にする戦術ではあるが、効果があるかは分からない。
敵の状況はというと、旗艦ライブラの持つ最新鋭の光学センサーによって、月の周辺に多数の輝点が集結している様子が捉えられていた。
ざっと100隻を超える勢いだ。
それは地球圏に配備されている地球軍の戦闘艦の総数と、ほぼ同じだ。
だが問題は数ではない。
センサーの解析結果によれば、輝点の一つ一つのサイズが地球軍最大の巡洋艦と同じかそれよりも大きいのだ。
単純に船体規模だけの比較で考えれば、戦力差は倍以上という事になる。
今のところ月周辺に出現した敵艦隊に動きは無く、それがかえって不気味な位だ。
エマからの情報通りであれば、敵は大型の無人戦闘艦と、それを護衛する艦艇、そして小型の防衛ドローンのグループが集まって艦隊を構成していて、自立型のAIで戦闘を行う、まさに機械仕掛けの機械化艦隊というわけだ。
そして、機械化艦隊の基本戦術は、圧倒的な戦力差での正面突破だという。
論理的に考えれば、最も効率的に短時間で勝敗が決する戦法だ。
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