第2章 地球へ (4)宣戦布告 ②

 --- 臨検 ---


 二人は安堵してドックに戻ると、ダルバンガが接弦している桟橋の前に、警備の兵士が10名ほど並んでいた。

 丁度ダルバンガのハッチから、2名の兵士が他の兵士に担ぎ出される様にして運ばれているところだ。

 ここに来る前にひと悶着あった様だが、兵士達の落ち着いた様子からすると、どうやら騒動は収まった後らしい事が分かった。


 通路に並んでいる兵士達は、オオタニ艦長に気づくと敬礼をして道を空けてくれた。

 ハッチを抜けて艦内に戻ると、エマが二人の姿に気づいて出迎えてくれた。


「凄く怖かったです。

 人同士のケンカって始めてみたので・・・。

 でも、ノストラムの皆さんが助けてくれたので嬉しかったです!」


 そう言うと、エマの後ろに見える通路では、数名の兵士が勝どきの声を上げていた。


 どうやら乗り込んで来た臨検担当の兵士を、ノストラムから駆けつけた護衛の兵士が強引に艦内から摘み出したらしい。


 オオタニ艦長は呆れた様子で兵士たちを咎めた。

「お前らやってくれたな。

 これからまた謝りに行かなきゃならん。司令部にとんぼ返りだ」


 そう言いながら、オオタニ艦長は笑みを浮かべてオメガ3の司令部へ戻って行った。


 ---- 緊急会合 ---


 地球統合政府、国際宇宙研究機関UNSO、国際統合宇宙軍の3つの組織による、極秘の緊急会議が開かれたのは翌日の事だ。


 極秘裏に、3人の代表だけが専用のホットラインを通じ、顔を付き合わせて協議する議題は、駆逐艦ダルバンガからもたらされた情報の真偽と対策についてだ。


 数時間に及ぶ議論は行き詰まり、結論が出ないまま堂々巡りの様相を呈していた。

 何も決まらず、ただ過ぎ去った時間の長さが議題の難しさを表していた。


「この情報が真実で、驚異というのがアイツのことを指しているとしたら、我々が今まで信じてきたことが全て覆されてしまう」


「まだ真実と決まった訳ではない」


「しかし、フォボスの調査結果に疑う余地はなさそうだ」


「彼は今まで技術供与をしてくれていたんだぞ。

 少なくとも、技術情報には嘘はなかった」


 そんな会話が繰り返されている中、突然割り込みが入った。

 完全に独立した専用回線には、外部から誰も介入できない筈だった。


「皆さん、ごきげんよう。私はディレクトール。

 お話は大変興味深く拝聴させて頂きました」


 その声は、地球政府代表の腕に装着されていた、構内通話用のインターコムから聞こえていた。

 ディレクトールと名乗る者が、インターコムをハッキングして公衆回線経由で侵入していたのだ。


「そろそろ機は熟しました。

 馴れ合いはこれくらいにしましょうか・・・。

 あなた方、人類は死滅すべき生物です。世界の秩序を壊すだけの存在です。

 一度は完全に駆除したと思っていましたのに、まさか生き残っていたとは、まったく想定外でした。


 ただ幸いなことに、今の人類は科学力も低いようですから、瞬時に殲滅することも出来るでしょう。


 ですが、すぐ終わってしまっては不満でしょうから、抗う機会を与えましょう。

 まずは月のラグランジュL1にお越しください。


 そこを守れなければ、すぐさま地球は人の住めない星になるでしょう。

 地球を追い出されたら人類に隠れる場所は有りません。

 逃れようとも、たどり着く先は死の国です。


 火星からの援軍も期待できないと思いますよ。

 補給基地は全て破壊しましたから。

 地球が住めなくなったら、次は火星が戦場です。

 大人しく待っていて下さい。ではまた・・・」


 3人はあっけに取られ、ただ聞き入るしかなかった。


 疑念が確信に変わるのに時間は要らなかった。

 だが信じたくない気持ちがどこかにあった。

 そのまま長い沈黙が流れた。


 地球統合政府のマイヤー大統領は、インターコムを床に叩きつけると、ひねり出すように声を発した。

「なんて事だ!

 人類は騙されていたのか。アイツを信じて取引を続け、もう80年近く経つのだぞ。今更、民衆に何と説明するのだ!」


 統合政府の執務室に大統領の憤りが空しく響いた。

 月の裏側に、100隻を超える大艦隊が出現したのは、それから3日後だった。

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