第2章 地球へ (4)宣戦布告 ①

--- オメガ3 ---


 進路変更をして2日も過ぎただろうか。


 ダルバンガのオペレーションモニターに、防衛ステーションの一つが見えてきた。

 地球圏外縁に位置する第3区画防衛ステーション、オメガ3だ。


 防衛ステーションは現在3機が稼動しており、オメガ3は地球の公転軌道の後方側に位置する。


 地球の後方に在るが、あくまで地球の周囲を回っているという訳ではなく、どちらかと言えば太陽を周回する人工天体に分類されている。

 公転周期が1年なので、見かけ上では常に地球の後ろを追従しているような格好になっている。

 ただし実際には地球の軌道と同心円で周回しているというわけではなく、少し傾いた異なる軌道になっているので、地球から見たの距離と方向は常に一定という訳ではない。


 防衛ステーションといっても、オメガ3そのものに要塞の様な戦闘機能は無く、駐留する巡洋艦ライブラを旗艦とした、8隻の戦闘艦の指揮所と補給基地、という意味合いが強い。


 そして駐留している戦闘艦の主な役割は、周辺宙域の治安維持だ。

 あそこへ到着すれば、恐らくエマと戦闘機の存在が問題になるだろう。

 ノストラムにある調査記録も監査対象となるかもしれない。

 実際、どのような扱いとなるのかは想像もつかない。


 悪い様に扱われるとは考えづらいが、素直に臨検を受ければ、場合によっては拘束される可能性もある。

 もしそうなれば、少なくともサザーランド司令の意図とは掛け離れた結果となってしまうだろう。

 火星から始まった旅も、これで終わりとなるかも知れない。


 フォボスの調査から、ここまで関わってきた身としては、なにも解明しないまま途中で終わるのは納得できないし、不条理な扱いを受ければ黙って見過ごすわけにはいかない。

 それにエマに何かあったら守ってやる必要がある。

 きっとヴァラーハも、そう思ってくれているに違いはない。


 ふと後ろの座席に座るエマの様子を見てみたが、エマも隣に座るヴァラーハも今日は口数が少ない。

 誰も口に出しては言わないが、それぞれが抱いた不安がその場を包みこんで、まるで何か重い空気が指揮所に流れているかの様だ。


 オオタニ艦長はここ数時間の間にオメガ3へ何度か掛け合っていて、ようやく統合軍本部との直接通信による会議が許可されたようだった。

 少なくともサザーランド司令の命令書は、交渉するうえで効果的に働いたようだ。


そもそもサザーランド司令の命令は、連合軍本部への直接連絡であった筈だ。

 そこには隠密性が求められており、つまり、第三者に情報が渡ってしまうことに大きなリスクがあると判断されたものだということを意味する。


 幸いにも防衛ステーションの大型通信機であれば、フリーダムスペース1にある統合本部とセキュアなレーザー通信が可能だ。


 目的地には辿り着けなかったが、うまくいけば任務は達成できる筈だ。

 そして、その成否は会議の成功にかかっているという訳だ。


 会議には、火星から来た技術者を代表してウィルも同席する事になった。

 最早こうなると、艦の臨検が始まる前に話が纏まってくれるのを祈るしかない。

 オメガ3が目前に迫る中、艦長とウィルの2名が入港手続きを円滑に進めるという名目で、連絡シャトルを使って先にオメガ3へ向かった。


 ダルバンガとノストラムの2艦がドックに接舷するまで大体1時間。

 臨検が始まるまでケニー大尉が粘って30分、猶予は合計1時間半といったところか。


 二人はオメガ3に到着すると、取るものもとりあえず司令室へ向かった。

 司令室で挨拶と入港手続きを済ませると、予め許可を申請していた作戦会議室に入った。


 オオタニ艦長が通信端末を操作してセキュリティにアクセスを行い、しばらくすると統合軍本部との直接回線が繋がった。


 大きなメインモニターに3人の人物が表示された。


 中央に写っているのは、恐らく一般人でも多くの人が一度は見たことがある顔だ。

 少し角張った顔で彫りの深いがっしりした顔立ちと、白髪が印象的な軍の最高権威、レベロ・カーン総司令その人だ。


 その両脇には参謀が2名控えている。


 通信確立のサインを確認したあと、オオタニ艦長が直立して敬礼をすると、すぐに報告を始めた。

「失礼いたします!

 小官は火星防衛艦隊、第一分艦隊所属、駆逐艦ダルバンガのオオタニであります。

 こちらはフォボスの調査に同行して頂いた、ウィリアム・ミラー博士です」


 ウィルはオオタニ艦長に紹介され、軽く会釈をした。


「早速だが、報告によれば第一級の指令書を預かっているという話だが、本当かね」


 間髪入れず質問をしてきたレベロ総司令は、緊急会議の要請を受けて都合をつけてくれたのだと思うが、通常であれば、このような呼び出しにいちいち答える様な立場の相手ではない。

 サザーランド司令の発令した第一級の指令書というものは、それだけ重大な意味を持つものなのだ。


「はっ。

 確かに火星司令より、直接、総司令閣下にお渡しする様に申しつかっております。

 これよりレーザー通信で指令書を転送致しますので、ご確認ください」


 オオタニ艦長はセキュリティケースを開けると、端末に接続し、データを転送した。

 データの内容については第一級のセキュリティロックが掛けられており、重要事項は司令官クラスの要人以外は解除出来ない様になっている。

 レベロ総司令は、届いたデータの暗号化を専用の装置にかけて解除した。


 しばらくしてレベロ総司令が顔色を変えた様子が、モニター越しにも分かった。

「貴官はこの内容を聞いているか?」


「いえ、サザーランド司令からは速やかに直接届けろ、とだけ命令を受けております」


 レベロ総司令の質問に、オオタニ艦長が答える形で対話が続いた。


「調査していた異星人の遺産というのは、どのような物だね」


「はっ、調査の結果、フォボス自体が遥か昔に太陽系に飛来した異星人の移民船でありました。

 そして驚くべき事に、その一部は今も機能している事が判明いたしました。

 移民船に搭載されていたコンピュータと思しき思考装置は、地球の言語をマスターしており、我々と意思の疎通が可能でした」


 レベロ総司令は突然、前のめりになり問いただした。

「それは本当か。異星人のコンピュータは何と言っていたのだ!」


「その説明は私が致しましょう」


 ウィルは手を挙げてそう言うと、端末を操作して用意していたスライドを表示しながら説明を始めた。


「この異星人の移民船は、10万光年先の銀河の果てからやって来ました。

 彼らがこの太陽系に到着したのが、今から約600万年前になります。何故、彼らが遠く離れた太陽系にやってきたのか・・・。


 それは何らかの理由で、故郷である母星を失ったからです。

 彼らの母星はタームと呼ばれていました。

 この星で繁栄したターム人は、何らかのアクシデントが発生した為に、自らの母星を破壊せざるを得なかった様です。


 残念ながら、母星を破壊するに至った詳しい理由は記録されていませんでしたが、得られた情報を総合して推測すると、自ら母星を破壊しなければならなくなるような脅威が発生した可能性が最も有力と考えられます。


 そして彼らは母星を破壊すると同時に、その脅威から離れるために、遥々この太陽系までやって来たのです。

 しかし、残念ながら、結局彼らは植民地とした火星の地で、最終戦争を起こして滅んでしまった様ですが・・・。


 我々が発見したフォボスにある彼らの思考装置は、およそ80年前に覚醒したといい、地球人類に危機が迫っていると警告を発していました。

 さらにその危機に対して、介入する意志があるとも明らかにしていました。

 我々は、彼らの残した思考装置と、自立型の兵器を運んでいます」


 そこまで説明すると、レベロ総司令は真剣な面持ちで答えた。


「何ということだ・・・この件は早急に検討する必要がありそうだな」


 何も知らされてはいないウィルにも、レベロ総司令の発したその言葉から、明らかな不安要素があることを感じ取ることが出来た。


「失礼ですが、何か重要な懸念材料があるのでしょうか」


 ウィルの率直な質問に、レベロ総司令は顔色一つ変えずに正面を見据えて言った。


「当事者である君たちが心配する気持ちは分かる、だが済まないが、今それを答える事は出来ない。

 明確な答えを出すには時間が掛かる。しばらく時間をくれ。

 方針が決まり次第に連絡をするから、オメガ3で待機するように・・・」


 レベロ総司令が通信を終わろうとしていたところに、オオタニ艦長が割り込んだ。

「司令閣下。

 お待ちください。

 彼らの残した思考装置は、我々人類を助ける使命を帯びているようです。事実、火星からの航路では少なくとも手助けをしてくれました。

 彼らの残した技術は我々にとって有用です。

 待遇について、保全をお願い致します」


 レベロ総司令は頷いて答えた。

「分かった。

 異星人のコンピュータを不用意に刺激するのは不味かろう。君たちの身柄と行動は保証するから安心してくれ。以上だ」


 そういうと通信は切られた。

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