第2章 地球へ (3)日常 ②

 --- 検問 ---


 火星を出発して98日目。

 今日は艦内が少し慌ただしい。


 駆逐艦ダルバンガと後続の輸送艦ノストラムは回頭し、地球に後ろを向ける格好でメインエンジンを点火し減速を始めていた。

 それは、地球圏に入る前に減速をして、一定の速度以下を保たなければならないというルールがあるからだ。


 移動する物体が何かに衝突すると、衝撃によるエネルギーが生まれる。

 衝突エネルギーというのは速度と質量で決まる。

 ごく当たり前の物理法則だ。

 例え物体の質量が小さくとも、高速で移動していたとしたら衝突したときの破壊力は馬鹿にならないものになる。


 つまり、高速で地球に近づく物体は、宇宙船であれ小さな隕石であれ、地球への大きな脅威となるということだ。

 それ故、地球圏では航行する際の制限速度が国際ルールとして決められているのだ。


 速度違反者には問答無用に手痛い罰が下される。


 地球の周辺の静止軌道には、防衛用の無人衛星(ディフェンスサテライト)が8機配備されており、地球に向かって飛来する脅威を撃ち落とすべく、常に周辺宙域を見張っている。

 レーダーや周辺基地から飛来物の接近アラートを受けた衛星が、最終判断を地上の管制に委託し、管制官の判断で発射の許可が出される仕組みだ。


 一応、警告は出されるルールになっているが、予め救難信号でも出しておかない限りは一方的な通告のみなので、殆ど自動的かつ無差別的に迎撃されると思って間違いない。


 武装は大型の電磁投射砲が一門だけだが、発射された大型の質量弾が命中すれば統合軍最大級の巡洋艦クラスの強靭な装甲を持った戦闘艦でも木っ端微塵だ。


 もっとも、地球に接近する小惑星や宇宙船の残骸を破壊するのが本来の任務であって、弾道も直線的に飛ぶだけなので、仮に射撃されても適切に回避運動を行えば避けられなくもないのだが、いずれにせよ速度違反というだけで無差別に命を狙われるのは割に合うものではない。


 そんな理由から地球圏に近づく艦船は同じ様にみなルールに従って減速をしている訳だ。


 減速を続けて2日ほど経ったころ、接近中の艦艇を光学センサーが発見した。

 アラートを確認したケニー大尉が状況をレイラ少尉に伝え、すぐに艦長が呼び出された。


 1分も掛からず、知らせを聞いたオオタニ艦長が戦闘指揮所に飛び込んできた。

 宇宙では一秒の遅れが命取りになることもあるから、迅速な行動は基本中の基本だ。


 オオタニ艦長は戻って来るなり、キャプテンシートに座るよりも先にケニー大尉に尋ねた。

「状況報告してくれ」


 そう言いながらキャプテンシートに座ると、不在中の記録を確認するために手元のモニターと向き合った。


 ケニーが正面のオペレーションモニターに情報を投影して報告する。

「接近中の艦艇が有ります。

 おそらく地球の哨戒艦と思われます」


 表示された座標系の中心にダルバンガのマークがあって、進行方向を塞ぐように右斜め前方から緩い円弧を描いて接近する物体の軌跡と位置情報が追加されている。


 円弧を描いているのは相手が加速したり進行方向を変えているのではなく、ダルバンガが減速し続けているためにそう見えるのだ。


 しばらくすると、その艦艇から共通チャンネルで通信が入った。

「こちらは地球の第3パトロール部隊所属、駆逐艦イソカゼ。

 接近中の艦艇に告ぐ。所属と航行目的を明らかにせよ」


 通信は、定期的に地球圏のパトロールを行っている部隊の艦艇からだった。


 通信回線を開いてオオタニ艦長が回答した。

「こちらは火星軍所属の駆逐艦ダルバンガ。

 艦長のオオタニだ。輸送艦ノストラムが随伴している。

 本艦は火星のサザーランド司令から最重要指令を受け、特使としてフリーダムスペース1に向かっている。

 指令文を転送するので確認して欲しい」


 レイラがコンソールを操作するとレーザー通信でデータが転送された。

 指令文の機密となっていない概要部分の情報が送信された。

 記録されている機密情報の部分に関しては、艦長ですらロックを解除することは出来ない。


 1分もせず返信があった。


「指令を確認した。

 しかし貴艦には不法行為の嫌疑が掛けられている。

 武装を解除して本艦に帰順せよ」


 オオタニ艦長が小声で呟いた。

「なんだと?」


 オオタニ艦長は、すぐに送信機のトリガーを入れるとイソカゼに対して質問した。

「指令は第一級レベルのものだ。確認されたのか」


 するとイソカゼからの返答がきた。

「指令文の内容は確認した。

 だが、最高司令部からの指示が優先する。ルールには従っていただく」


 オオタニ艦長は、返答と一緒に送られてきたデータに目を通した。


 艦長の承認操作で正面のモニターに指令書の内容が表示され、指揮所にいる全員が最高司令部の発令した命令書を目にすることになった。


 そこには最高司令長官の署名があり、地球に接近する艦船は理由を問わず臨検するように指示が出されていた。

 また、火星を出発した艦船の中に、民間船を襲撃した疑いのあるものが含まれているため、厳重に取り締まることを促す文言も確認された。


 結果として駆逐艦ダルバンガと補給艦ノストラムは、地球を目前にして進路変更を余儀なくされることになった。


 中継ステーションが襲撃された事件と関係があるのかも知れないが、それを見越してサザーランド司令は最優先の指令書を作成していた筈だった。

 まさか、軍の最高司令官の命令で検問が敷かれているとは。


「どういう事なんでしょうか・・・」

 エマが不安そうにウィルに尋ねた。


「単純に考えれば、テロが起こったから警備が強化されたって事なんだろうけど・・・」


 考えられる可能性はいくつかあったが、最も分かりやすい答えだ。


 話を聞いていたヴァラーハが割って入ってきた。

「テロと言っても、無人の戦闘艦を使ってくる奴等だろう?

 しかもフリゲート艦クラスを何隻も揃えられるなんて、どれだけ大きな組織なのか・・・。

 テロリストの艦隊は火星圏外縁に集結しているのを観測されたあと、行方をくらませたって報道があったよな。

 火星を攻撃してこないのは戦力差が歴然だからだろうけど、どうも腑に落ちない」


 燃料を大量に積める大型船や、新型の核融合エンジンを搭載している艦船を除けば、地球と火星との間はこれまでの様に自由に往来出来なくなったのは確かだが、補給ステーションを拠点として裏で利用していたとされる海賊やテロリストが実際にいたとすれば、彼らにとっても都合が悪くなっただけではないかとも思えるくらいだ。


「最近は環境保護を訴える過激な組織が増えているし、国際的なカルトが絡んでいる可能性もあるのかも知れないな」

 ヴァラーハが考えられる可能性を述べた。


 ウィルは少し考え込むようにして他の可能性を考えた。

「それなら火星への進出を批判している国家もあるくらいだから、規模から考えるとどこかの国が国家ぐるみでテロを起こしたって考える方が自然だな。

 かつて、月軌道の外縁で起こった戦争で惨敗した連中が、いくつかの組織に分かれて海賊行為を継続しているという噂もある。

 もし、何かしらの組織がバックにあるとしたら、一つだけ確実に言えることがある。

 犯行声明だよ。

 スポンサーに成果を示さないと次が無いのは、どんな組織も同じだからね。

 しかし、今のところ犯行声明があったとか、それらしき情報は全く流れていない。

 だから他の何かが関連していると思うんだ。きっと、連合も真相は掴んではいない。

 だからこそ、誰彼構わずに捕まえて臨検しているんだろう」


 そんな会話がしばらく続いたが、結局のところ結論は出ず、議論は曖昧なまま時間が過ぎた。

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