第2章 地球へ (2)異星の戦闘機 ②
ノストラムとフリゲート艦の間にエマが割って入っていた。
閃光は、モルトファルギロイ2号機の防御装甲によって、反射されたレーザーの一部がプラズマ化して発光したものだった。
モルトファルギロイの特殊装甲は、レーザーの照射を受けたとき、反射的にその部分に強力な素粒子の流れを発生させ、レーザー光の大部分を捻じ曲げて反らす仕組みだ。
静寂に包まれていたダルバンガの指揮所が、一転して歓喜に湧いた。
冷静に見ていた艦長がつぶやいた。
「信じられん。
あの距離を一瞬で移動したとでもいうのか。
しかも、あの出力のレーザーを跳ね返したとは・・・」
モルトファルギロイの機体数カ所に装備された素粒子遮断フィールド発生装置は、機体の一部に絞って部分的に使用できるほか、機体のスラスター部を除いた範囲を覆うように磁場に似た力場を展開して重力の影響をキャンセルし、見かけの機体質量をほとんどゼロにすることもできる装置だ。
素粒子遮断フィールドを機体全体に展開してスラスターで機動すると、通常の数百倍の運動能力を得られる他、飛来する実体弾の運動エネルギーをもゼロに出来るため、防御壁として使えば例え電磁投射砲の直撃であっても物理的ダメージを受けない。
素粒子遮断フィールドの欠点は、スラスター周囲や生体に使えない事と、膨大なエネルギーを消費する点だ。
素粒子を扱う技術はターム人類の持つもので、それをさらに発展、応用させたものらしい。
エマから聞いた情報によれば、フォボスでも人口重力が使われていた様に、大型の宇宙船では重力を制御する技術が当たり前の様に使われているということだった。
モルトファルギロイに搭載されているものは、レーザーを捻じ曲げる程に強力で、最新技術が多数組み合わされていて、通常の重力制御機関に比べても段違いの能力がある半面、膨大なエネルギーを消費する為、試作用として開発された技術実証機であるこの機体にしか搭載されていない特別なものだという。
ノストラムの周辺に静寂が訪れるとエマから通信が入った。
「あの戦艦。
スキャンしてみましたが、生体反応が有りませんね。嫌な予感がします。
取りあえず、あの戦艦にはお返ししときますね」
生体スキャンについても素粒子の流れを読み取る技術の一つらしいが、地球人類には未だ到達できないテクノロジーだ。
そう言うとエマが機体に指示を送るコマンドが、彼女の母国語であるタームの言語と並列変換された地球の言語とで重なって、二重の音声となって入ってきた。
「ターゲットロック。姿勢追従/ウルベクス、ヘラー。ゲウド、アベリクス」
次の瞬間、機体が方向を変え、機首がフリゲート艦に向いた。
「ロングレンジレーザー、パルスモード。
電磁収束器、焦点合わせ・・・/
ヘイケル、ラドセッツ。アゲレデ、トルセ。ケルツ」
モルトファルギロイの主兵装であるロングレンジレーザーは、大型艦並みの200Kmを超える有効射程を持ち、大型艦の装甲すら打ち抜けるパワーがある。
そして反物質リアクターが発生する強力なエネルギーによって、事前にチャージする事なく射撃が可能だ。
ちなみにフォボスにも反物質リアクターが搭載されているが、モルトファルギロイのそれよりも巨大で複雑な構造になっていて、空間を漂う常物質の微粒子を取り込んで、その一部を反物質に変換し、対消滅によって得られたエネルギーを再帰還させ、さらに反物質を精製するプロセスを持った、半永久機関とも呼べるものになっているという。
モルトファルギロイに搭載されているリアクターはダウンサイジングによって機能が省略され、反物質燃料が使い切りになっているため、機体の稼動可能な時間が限られている。
それでもフル稼働で数百年は問題ないということらしい。
モルトファルギロイの反物質リアクターから転送されたエネルギーは、ダイレクトに翼端のレーザー発振器に伝送され、チャージせずに即座に放射される。
照射パターンはバースト照射とパルス照射が選択可能となっていて、バースト照射は熱エネルギーを発生させたい時に使い、パルス照射はエネルギーの総量は変わらないがピークパワーが倍になるので装甲を撃ち抜く目的で使い分けられる。
この機体のレーザー砲のユニークな点は、集光に光学レンズを使っていない点にある。
レーザー発振器の軸線上に小さな素粒子の力場を発生させ、広がるレーザー光を超重力によって曲げて疑似的なレンズの代わりに機能させ、集光させる仕組みとなっている。
光学レンズを使った場合、射程を伸ばそうとするほど透過率が高く、屈折率の強い大きなレンズを使わないといけないが、局所的に発生させた重力の力で光を捻じ曲げるので、大きくて重いレンズを装備する必要が無くなるし、レンズを使わない事で蓄熱によるレンズそのものの変形が起こらないため、集光効率の低下がなく、レンズ自体を冷却させる必要性も無い。
発振器自体の冷却さえ気を付ければ、理論上はエネルギー供給が続く限り、連続使用が可能だ。
これらの革新的な技術が、本来は大型艦にしか搭載できない強力なレーザー砲を小型の戦闘機に搭載する事を可能にしている。
「
エマが射撃コマンドを送った次の瞬間、フリゲート艦の航行していた空間に目が眩むような閃光が輝いた。
数秒後には、レーザー砲の直撃を受け、炎を噴出したフリゲート艦と思しき物体が、グルグルと螺旋状に回転する光景がモニターに映し出されていた。
おそらくエンジンが暴走したか、燃料に引火したのだろう。
火の玉は次第に吹き出す炎が弱くなってゆき、やがて何も見えなくなった。
程なくノストラムから通信が入った。
レイラがすぐさまオペレーションモニターに投影する。
「正直、もうダメだと思いました」
艦長のリー大尉の嬉しさと安堵の入り混じった声が、第一声として聞こえた。
「救援に感謝します。
しかし凄いですね。あの戦闘機は」
そう話すリー艦長の後ろが騒がしい。
「エマちゃんサイコーだぜー!!」
「俺の女神様だー!!」
モニター越しに見ると、ノストラムの艦内が活気づいている様子が分かった。
無理も無い。
つい先程まで、彼らは迫りくる絶望と闘っていたのだ。
リー艦長の背後で、お祭騒ぎになっている様子が映し出されたまま、通信が終了した。
しばらくすると、ウィルの携帯端末にコールがあった。
エマだった。
「ウィル。こんな時はどうしたら良いですか?」
彼女は困った様子でそう言った。
どうやら、今度はノストラムからエマに感謝を伝える通信が入った様子だった。
エマの声に混じり、ノストラムの指揮所で巻き起こる熱烈なエマコールが繰り返し聞こえていた。
おそらく、誰かに感謝されたのが初めての経験だったのだろう。
「そのまま帰っておいで」
ウィルは一言だけ、そう伝えた。
「でも・・・」
「彼らは感謝してくれている。それだけでいいさ」
「・・・分かりました!」
エマは少し戸惑っていたが、自分の判断が間違っていなかった事を認識したのだろう。
明るく答えると、ノストラムの周囲を2周してダルバンガに機首を向けた。
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