第2章 地球へ (2)異星の戦闘機 ①

 モニター上に表示されたバンディット1のマーカーが、後方へ離れていく。

 すると、こちらから離れる方向に伸びていた加速を示す直線表示がみるみる短くなり、今度は逆方向へ大きく伸び始めた。


 敵艦の動向をトレースし続けていたケニー大尉が、その異変に気付いて叫んだ。

「バンディット1、逆進して加速を掛けています!・・・そんなバカな」


 ケニーの動揺の混じった声に艦長が眉をひそめた。


「加速度35G・・・40G!!さらに加速しています!!」


 オオタニ艦長が身を乗り出して答える。

「なんだと、乗員が死ぬぞ!」


 戦闘艦のエンジン出力は凄まじい。

 様々な状況に対処する為に、民間船に比べて格段に高い能力を持っている。

 しかし通常は船体強度や操船する乗員に支障がないよう、リミッターが設定されていて、安全な出力に制限されている筈だ。

 無理な出力はエンジンが暴走するリスクだってある。


 しかし今、後方に過ぎ去ろうとしていたフリゲート艦は、そのリミッターを無視したかのようにこちらに向かって急激に加速し、強引に追いつこうとしているのだ。


 ケニーが少し上擦った声で報告してきた。

「バンディット1、コースがスイングしてノストラムの居る宙域に交差します!」


 フリゲート艦がダルバンガの右舷から逆加速してきた事で、慣性が働いて振り子のように左側に飛び出す格好となり、ダルバンガの左後方に退避させていた輸送艦ノストラムに接近する事がコース計算で分かったのだ。


「どれ位で射程に入る?」

 艦長が確認した。


「・・・約5分です」

 ケニーの回答で、指揮所が深刻なムードに包まれた。


 --- エマの提案 ---


「ノストラムに警告を出せ。やれる事はやらないとな・・・。

 艦首反転。加速最大」


 最悪の状況になりつつあるが、艦長は冷静だ。

 冷静を装っているだけなのかも知れないが、今の状況からしてノストラムの救援に向かうということは、もしその救援が間に合わずに最悪の結果となった場合、次に攻撃を受けるのは本艦であり、どちらも共倒れという最悪の事態になることは艦長も承知しているはずだ。

 しかしそんな状況下でも仲間を見殺しにしない姿勢は好感が持てたし、少なくとも最大限に的確な指示を出しているとウィルには思えた。


 たて続けに艦長が次の指示を出した。

「砲戦用意」


 指令を聞いたケニー大尉が復唱する。

「艦首反転、最大戦速。

 艦首レーザー砲チャージ開始・・・」


 方向転換するために舷側のスラスターが噴射を始めると、船体に大きなGが掛かった。

 次々と変わる戦況に、厳しい状況を見かねたのか、エマが割り込んだ。

「艦長さん。私が何とかします!」


 突然の申し出に、戦闘指揮所の誰もが振り返った。

 一同の間に一瞬沈黙が訪れた。


 艦長は少し考え込むようにしてから尋ねた。

「あの戦闘機で行くというのかね。フリゲート艦は対空防御も万全だ。

 戦闘機がたった一機で何とかなるもんじゃない。それに時間も無い」


「ですが他に方法が・・・」


 ウィルは艦長を説得しようとしたエマを遮り、意見を述べた。

「艦長。これは私の調査結果と、彼女から聞いた情報からの推測ですが、あの戦闘機は私達の持っている叡智を超えた、高度な技術が注ぎ込まれています。

 状況からも出来ることは何でもすべきと考えます」


 戦況は一刻を争う。

 説得するために理屈を展開する余裕などなかったし、理解してもらえるかも甚だ分からないから、エマから聞いた異文明のテクノロジーの高さに対する期待感だけを咄嗟に述べた。


 ヴァラーハも続いて発言した。

「自分は、昨日ノストラムからシャトルで移乗したばかりだから、あの戦闘機の素性については分かりませんが、コイツがそう言うんです。自分は同意します」


 長い付き合いによって生まれた信頼だ。

 もしかすると、自分のつたない説得よりも、余程マシかもしれないとウィルは思った。


 高いGが掛かる中、艦長はしばらく考え込むと、キャプテンシートからゲストシートの方に少しだけ顔を向けて指令を下した。

「分かった。学者先生がそう言うんだ、信じよう。

 加速中止だ!」


 機関長のイザークが素早くコンソールを操作して加速を止めた。

 数秒後には体が軽くなって、加速による重力を感じなくなった。


 エマはウィルと目を合わせて軽くうなずくと、座っていたシートのロックを手早く解除し、体を浮かせて後部のハッチから出ていった。


「なんだか娘を送り出すようで気が引ける」


 艦長はハッチに消えたエマをみて、自分に言い聞かせる様に小声で呟くと、注意を前のモニターに向けた。


 --- 出撃 ---


 しばらくすると、エマから通信が入った。

 レイラがコンソールを操作して、オペレーションモニターに通信状況を投影する。

 急遽アナログ回線で対応したため、映像は無く音声だけだが接続は良好だ。


「準備は出来ています。ハッチを開けてください!」

 エマから連絡が入った。


 レイラが艦長とアイコンタクトで許可を取り、コンテナハッチの開放操作をした。


 エマはハッチが開くと同時に通信を入れた。

「モルトファルギロイ2号機、出撃します!」


 白銀の機体が浮上し、ダルバンガの中腹にあるコンテナハッチから滑るように出ていった。


 艦長はエマの出撃を見送ると、ケニー大尉に確認した。

「状況はどうか」


 モニターを確認してケニー大尉が報告した。

「ノストラムがバンディット1の射程に入りました」


 艦長とケニー大尉のやり取りが続く。


「レーザー撃てるか?」


「チャージ80%、フルチャージまであと145秒。

 標的は依然として射程外です」


「マズイな・・・」

 艦長は少し抑えた声でつぶやいた。


「ノストラム、射撃管制レーダーの照射を受けているようです」


 ノストラムとのデータリンクにより、ノストラムがフリゲート艦から照準されている事が、情報として転送されてきた。


 次の瞬間、オペレーションモニター内に最大望遠で拡大された真っ暗な宙域に、まばゆい光が輝いた。

 光はレーザーが命中した時に干渉によって発するプラズマで、打ち上げ花火のように四方八方に広がった。

 ノストラムが直撃を受けて爆散した。


 誰もがそう思った瞬間、エマから通信が入った。

「間に合って良かったです。ノストラムの皆さんは無事です!」

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