第2章 地球へ (1)遭遇戦 ②

 しばらく艦内に振動が連続したあと、何事もなかったように静寂に包まれた。


 すると艦長が次の指示を出す。

「対レーザーマニューバ。熱源になるスラスターは使うなよ」


 指令を聞いた機関士のイザークが、さも当たり前のことの様にコンソールを操作しながら報告する。

「リアクションホイール、起動します」


 リアクションホイールは、回転体の運動を利用して、その反作用で船体の姿勢制御をする装置だ。

 燃料を消費しない反面、大きな能力がある訳ではないので、一般には船体の向きを微調整するような補助的な役割で使われることが多い。


 オペレーションモニターに映し出された景色が、渦を巻くようにゆっくり回転を始めた。

 回転しているのは宇宙ではなくダルバンガの方なのだが、反動がなく動きがスムーズなので宇宙が回っている様に錯覚してしまうのだ。


 ヴァラーハの方に目をやると、映像が回り出したのを見つめたあと、変な唸り声を出してから瞑想に入ってしまった。

 以前、彼がジェットコースターは苦手だと言っていたことを思い出した。


 船体を回転させる理由は、レーザー砲の直撃を受けても一点に熱エネルギーが集中しないようにすることで、熱ダメージを分散させる事が出来るからだ。


 フリゲート艦のレーザー砲の火力に有効なのかは分からないが、何もしないよりはマシと言える。


 それから感覚として10分くらい経っただろうか。

 やけに長い沈黙が戦闘指揮所を包んでいた。


 その沈黙を破るようにケニー大尉が突然叫んだ。

「バンディット1からレーダースキャン!」


 艦長がモニターを睨みながら抑えた声で呟く。

「こちらに気づいたか。隠密航行も終わりだな」


 そう言うと、間髪入れずにケニーの反対側にいる機関士のイザークに指示をだす。

「ランダム加速をかけろ!」


 艦長の指示と入れ替わるようにケニーの報告が続く。

「射撃管制レーダー、本艦に指向しています!」


 船体に強烈な横Gが加わる。

 ランダム加速も対レーザーマニューバの一つだ。

 リアクションホイールでゆっくり船体を回すのと違って、相手からの狙いを一点に絞らせない効果もある。


 ウィルの体と頭はシートに固定されていたが、自由になっていた両腕が横Gに引っ張られて宙を舞った。

 慌てて肘掛を掴んで踏ん張る。


 ヴァラーハは自分の体を抱きしめる格好で両手を固定していた。

 彼は歯を食いしばって耐えていたが、しばらくして苦しげな声で質問してきた。

「なぁ、こんな揉みくちゃにされているからにはレーザー砲なんて当たらんのだろう?」


 専門分野ではなくとも簡単な物理の問題だ。

 分かってはいるのだろうが、訊かずにはいられないのだろう。


「レーザー砲は秒速30万キロで飛んでくるんだぞ。

 避けられるわけないだろう?」


「だよな・・・」

 ヴァラーハはそう言うと、そのまま黙り込んでしまった。


 ウィルは後ろのシートに座るエマの様子が気になって、声を掛けた。

「エマ、大丈夫か?」


「問題ありません」

 予想はしていたがエマは全く動じていない。


「・・・ウィルは大丈夫ですか?私が何とかしましょうか?」

 ウィルは見た目が年下で、華奢な女性に心配されてしまった事になんだか情けない気持ちになったが、それよりもエマが何をするつもりでそう言ったのか、不安が脳裏をよぎった。


「いい、何とかしなくていいから・・・」

 答えてはみたものの、シートにしがみ付いた状態で、頭が横に引っ張られて身動きできないでいるのに他人の心配をした自分に少し後悔した。


 前に向き直ってオペレーションモニターを注視すると、情報が更新されていた。

 船体が回転を止めたわけではないが、モニターに表示されている映像は補正が掛かって星の回転は静止した状態になっていた。

 そこにバンディット1のマーカーと最新の進路が描かれていた。

 すると、マーカーから延びる加速度を示す直線表示が、ダルバンガから離れる方向に角度を変え始めた。


 艦長が告げた。

「奴は転進した。レーザー砲はおそらく来ない」


 プランの初期段階は予想通りの展開になったようだ。

 フリゲート艦は、直撃コースと少し狙い目をずらしたコースで放った爆雷が目の前で爆散したことで、その発光を探知して攻撃を受けている事に気づいたのだ。


 攻撃してきた相手を探るために、フリゲート艦は封鎖していたレーダーを稼働させて周辺をスキャン。

 おそらくダルバンガをレーダーが捉えたが、そのまま真っすぐ爆雷の散弾に飛び込む訳にもいかず、さらに機動爆雷も接近している事に慌てて離脱する事を選択せざるを得なくなり、爆雷から離れる方向に進路を変更したという訳だ。


 このことによって最接近したときの距離が大きくなり、至近距離でレーザーを撃たれる心配が小さくなった。

 レーザー砲は距離の2乗に反比例して威力が弱まるので、距離を取ればそれだけ致命傷を受けるリスクが減ることになる。


 お互い高速で行われる対向戦闘において、相手にダメージを与える機会を失うと、後は大きな速度差と慣性によって離れていくだけになり、燃料を使い切る覚悟で逆加速でもしない限り、そのまま戦闘は終了となる。

 会敵コースの設定は、対向戦闘において最も重要な要素(ファクター)なのだ。

 特にレーダーを封鎖しての遭遇戦の場合では、互いを認識してからの時間が短い事が多く、大抵は一撃で勝敗が決まることが多い。


 要するに、爆雷のダメージを避けるために進路を変えたフリゲート艦は、圧倒的な火力差でダルバンガを制圧する機会を失ったという訳だ。


「このまま加速を続けて離脱するぞ」

 艦長の落ち着いた指令に、状況が良い方向に向かっている事が伝わって来た。


 オペレーションモニターを見ていると、バンディット1のマーカーが次第に離れていく様子が分かった。

 おそらく、機動爆雷を振り切る為に連続して加速しているのだろう。

 このままのコースであれば、有効射程の範囲から外れそうだ。


 しばらくすれば十分距離を取ったまますれ違い、このままお互いに離脱して戦闘は終了するだろう、そう思っていたが数分で状況が一変した。

 モニターを注視していたケニー大尉はフリゲート艦の動向が変化したのを確認して報告をあげた。

「バンディット1、こちらに回頭しています!

 射撃レーダーに補足されました!」


 それを聞くやいなや艦長が警告を発した。

「総員ダメージに備えろ!」


 あの距離で撃ってくるのか。

 嫌な感覚が脳裏をよぎった。

 フリゲート艦は、慣性によってダルバンガと離れつつも、向きだけ変えて射撃しようとしているのだ。


 射程外まで離れて威力が落ちたとしても、かなりの大出力レーザーだ。

 当たりどころが悪ければただでは済まない。


 そう考えていたところに、艦内に鈍い振動が加わった。

 ギリギリと金属が軋む音が艦内に響いた。

 時間にして5秒あっただろうか。


 すぐさまケニーが状況報告をした。

「被弾しました!」

 ケニーは手元のモニターを素早くチェックしながら続ける。

「損害状況は・・・艦尾外殻に命中した模様。

 外殻温度が800℃を超えましたが損傷は有りません。

 装甲板は正常に冷却中です。各部、気密に問題なし。制御系も異常ありません」


 艦長が長い息を吐いた音がゲストシートにも聞こえた。

 すぐさま思い返したように艦長が指示を出す。

「チャージしている間に距離を取るぞ。

 最大出力5分!

 これ以上撃っても無駄だ。もう諦めるだろう」

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