第1章 探索 (4)出会い ②

「先祖だって?」


「そうです、今から600万年前に火星にたどり着いたターム人類の一部の人達が、地球に移住したらしい事を示す記録があります。

 あなた方の姿や、当時のターム文明の記録や絶滅に瀕していた状況等を考えると、その様な推察が最も合理的です」


 彼女の説明はどことなく他人事の様なニュアンスがあった。

 どうやら直接的に当時のターム人について、自分の目で見てきた訳ではなさそうな口ぶりだ。

 もしかすると、彼女が製造された時代がターム文明の絶えた後だって事もありうる。

 だとすれば、彼女の説明は、記録された情報だけ語っているだけに過ぎないのかもしれない。

「君はもしや、最近造られたのか?」


「いいえ、私は1000万年前に造られ、約80年前までこの星の内部で凍結されていました。

 ですから、ターム人類が地球に移住した経緯については知りません。

 残念ながら、私が覚醒したとき、仲間は一人も居ませんでした。

 この星の内部にも火星にも仲間は居ません。私は一人です」


 呟くように言う姿がどことなく悲しげに見えた。


 大体の事情は飲み込めた、だがウィルがここに来た理由は彼女のメッセージによるものだった筈だ。

 そろそろメッセージの意味を聞き出すべきだろう。

 もともとそれを調査するのが本来の任務だったのだから。


「君のメッセージには人類に危険が迫っているとあったが、それはなんだ?」


「ごめんなさい。

 自分で発信しておいて申し訳ないんですが、必要な記憶が保存されていないので説明が出来ません。

 ですが、父からはその様に行動せよと命令を受けています。

覚醒したら危険を知らせ、その危険に対し見つけ、破壊せよ、と」


 どうも解せない理由だ、自分が学者の端くれだというのもあるが、論拠に乏しい説明はウィルに取って、全く納得出来ないものだと考えていた。


 だが、頭ごなしに否定するのは簡単だが、きっと彼女がここにいる理由に関係ある何かがある筈だ。

 納得出来る結論を得るために、もう少し話を聞いてからでも良いだろう。

 もしかすると、彼女の行動原理から何か分かるかも知れない。

 少し考え、質問を変えてみる事にした。


「真偽は別にしても、君の言いたいことは分かったよ。

 だけど、破壊すべきものがあるならメッセージを送った理由が分からない。

 一人で何とかしようとは思わなかったのかい?」


 戸惑うことなく彼女は回答した。

「私は父に命令されたのです。一人で行くのはいけない。

 周囲の人達と共に行動し、守り、友人になるのもお前の役目だと・・・」


 相変わらず的を得ない回答だったが、単純明解過ぎてかえって含むものがあるようには思えなかった。

 どうやら嘘の類を言っている様子ではなさそうだ。

 少なくとも人間と同じ様に所々曖昧な反応をみせている彼女が、人間と全く同じ思考アルゴリズムを持っている、という仮定が正しいものだとするのならば、だが・・・。


 いや、もしかすると我々人類の考えが及ばない次元の技術で完成された人工知能(AI)なのであれば、自分が推し量れない複雑な理由が有って、それを読み取れないだけなのかも知れないが。


 考えれば考えるほど疑いは膨らんでしまう。


 全てを否定したい気持ちが消えたわけではない、だが、それよりも彼女の行く先を見てみたい、という気持ちも沸き上がってきた。

 理屈とは真逆の対応だが、進展の無い議論を重ねるより、余程マシかもしれない。

 一転して考えを決めた。


「君の言うことを信じるよ」

 これも新しいものを見てみたいという科学者のさがというものだろうか。

 きっと誰かがこの状況を記録していたら、批判が殺到したに違いない。

 だが一つだけ言えるのは、振り返ると、これが人類の命運を決める重要な瞬間だったのだ。


「ありがとう御座います!

 それでは行きましょう」

 彼女は嬉しそうに言った。


「・・・ところで、どうやってここから出るんだ?」

 当然、ここはフォボスの地下深くだ。

 そもそも、どうやって運び込まれたのかも謎だが、出る方法も分からない。


「心配しないでください、私のあとをついて来てください」

 部屋の扉が自動的に開いた。

 扉の向こうは通路になっているようだ。

 ウィルは歩いていく彼女の後を追った。


 こんな不安な気持ちで誰かの後をついて歩くのは、幼少時に遊園地で迷子になったとき以来だ。


「この移送機に乗ってください」


 案内されて壁に開いた扉から入ると、彼女はパネルを操作した。

 体感上では何も感じないが、扉に表示されている文字が目まぐるしく変化しているので動いているらしい事は想像できた。


「まったく何も感じないな・・・」


「反動を感じないのは重力制御をしているからですね」


 当たり前の様に言うが、我々の科学力では実現出来ていない技術だ。

 未知の体験の連続に、素直に驚くばかりだ。


 移送機の中で色々見ていると、エルマリィはこちらに向かって口をパクパクさせている。

 よく見ればウィルのスーツも膨れていた。

 見たことの無い装備に気を取られているうちに、周囲は真空状態となっていた様だ。


 ウィルは彼女に向かってヘルメットをコンコンと叩いて見せた。

 するとすぐに無線に音声が入った。


「すみません、宇宙空間で音が伝わらないのを忘れていました・・・」


 ウィルはその言葉に耳を疑った。

 忘れた、だと?


 最初に言われたときには気がつかなかったが、このアンドロイドは、うっかり忘れるなんて機能まで搭載しているのか。

 こんなに人間らしいアンドロイドは見たことが無い。

 いや、もう彼女を機械として見るのは止めよう。

 そう考えざるを得なかった。


 地上に出た2人を出迎えたのは、ウィルを捜索していた調査隊の3名だった。

 丁度二2人がいる場所から見える距離に、その3人は立っていた。

 正確には目の前で土煙が舞い上がって、そこへ2人の人影が現れたので驚いて警戒している、と言った方が正しいだろう。


 無線に声が入ってきた。

「そこにいるのはミラー博士ですか!?」


「心配かけて申し訳ない。私は無事です」


 返答すると、何故か3人は後ろに後ずさりを始めた。


「その人は誰ですか? スーツを着ていない!」


 そうか、そうだよな。

 真空の空間で顔出しの軽装とか、どう考えたって異常だな。


 そう考えていると、エルマリィは自ら3人の元へ近寄って、代わる代わる手を取り、握手を始めた。

「地球の挨拶はこれで良かったですか? よろしくお願いします!」


 調査隊の面々は戸惑いを隠せない様子で、エルマリィの強引な握手攻勢に腰を抜かした者もいた。


 その滑稽な光景を見て、ウィルは溜め息をついた。

 自分が何か悪い夢を見ているのかと思った。

 ヴァラーハと気が合いそうな気がするな・・・。

 彼女を真っ先に親友に紹介出来なかった事を悔やんだ。


 ──地表に出たせいか、通信状態は良好だ。


 ベースキャンプに事の顛末を報告し、駆逐艦ダルバンガのオオタニ艦長の判断で、一定の成果を得たと言うことから撤収の準備をすることになった。


 改めてエルマリィに説明をするために声を掛けようとしたが、姿が見えない。

 辺りを見渡すと、さっき自分たちが出てきた辺りに立っていた。

 振り向いたエルマリィから通信が入った。


「それでは私の分身を出します」


 ウィル達が意味が分からず呆気に取られて見ていると、すっと片手を天に翳して彼女は叫んだ。


「モルトファルギロイ、起動(スティーグ・レイ)!」


 足元から地響きを感じ、それが一気に強くなった瞬間、彼女の立っている後ろの地面から噴煙の柱がそそり立った。


 恐らく真空でなければ轟音で耳がイカれていただろう。


 湧きたつ柱の周りを一周して舞い降りたそれは白銀に輝きを放つ、流線形のボディを持った美しい戦闘機だった。

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