第1章 探索 (2)アンタレス ②

 軍の司令官ともあろう人物からオカルトめいた質問をされるとは思わず、少し意外に感じたが、サザーランド司令の表情を見ると冗談で言っている訳ではなさそうだ。

 しかしヴァラーハの忠告もある事だし、少なからず慎重であるべきだろう。

 少し考えた上で回答する事にした。

「火星で研究関連の仕事に携わっていれば必ず耳にする話ですね。

 例えば大昔に火星に異星人の文明があったとか、その文明は核戦争で滅びたっていう噂です。もっともらしい説もいくつか出回っているようですが、今のところ明確な痕跡や証拠は見つかっていません」


 よく耳にする噂話の中から特に世間で広く知られている説だけを取り上げた。

 無難な回答だろう。


 すると、話を聞きながらサザーランド司令は大型モニターの前に移動して話し始めた。

「もう一つ聞こう。君は異星人はいると思うかね」


 次の質問は宇宙人についてか。


 いよいよ話の流れが尋常ではなくなって来ているなと感じられたが、軍の司令官と会話する様な機会は他に無いと思い、敢えて話題に乗ってみることにした。

「そうですね、存在するかどうかという可能性に限っていえば、私は存在すると思っています。

 しかしながら、この広い宇宙でお互いの文明が同じ宇宙空間で出会うという確率はゼロに近い。

 なぜならば文明の寿命というのはせいぜい数千年です。

 永遠に衰退しない文明がないという事実は歴史が証明しています。

 宇宙に進出出来るような成熟した文明同士が、数光年の距離に存在していれば交流ができるかも知れません。

 しかし、タイミングが合わずにどちらか片方が滅びてしまってはそれも叶いません。

 宇宙が誕生してからのタイムスケールを考えれば文明の寿命なんて一瞬です。文明同士が同じ瞬間に出会うのは不可能に近い。

 つまり異星人は存在するが出会うことはない、と言えます」

 ウィル自身がもっとも信頼している説だ。


「なるほど。フェルミのパラドックスか・・・。

 ではこれを聞いてほしい」


 サザーランド司令は手元のパネルを操作すると女性の声と思われる音声が流れ、声に合わせて大型モニターに波形分析パターンが表示された。

 解析結果を見ると音声はかなり弱いアナログ信号の電波の波形で、今はもう廃れてしまったAMラジオと同じ様に振幅変調されていたものらしく、声が少しかすれていた。


「・・・私はエルマリィ。

 地球の皆さん、この信号を聞いていたらフォボスまで来てください。

 あなた方は今、大きな危険に巻き込まれようとしています・・・」


 シートに座ってしばらく音声をリピートで流すと、サザーランド司令はテーブルの上に肘をついて手を組んだまま真剣な目で続けた。

「これは1ヶ月ほど前から観測されているフォボスからの電波だ。

 気象観測衛星の調整をしていた工作船が、フォボスからの反射波の中に音声信号が含まれている事に偶然気がついたのだ。

 メッセージはかなり弱い信号だが、発見から一ヶ月経った今でも、一定の周期で繰り返されている。

 もちろんフォボスはこれまでの探査や解析によって、資源も何もない不毛な衛星だと結論が出ていた。そう・・・、これまではな。

 回りくどい説明はなしに単刀直入に言おう。

 これは異星人からのメッセージだ。

 そしてフォボスには異星人の痕跡が残されていると考えている。

 それを君に調査してもらいたいのだ」


 ウィルはサザーランド司令の話を聞き入っていたが、耳を疑う言葉を聞いて我に返った。

「ちょっと待ってください。

 これは明らかに地球の言語ではないですか。

 誰かのイタズラではないのですか?

 これを異星人のメッセージと捉えるのは、いくら何でも飛躍しすぎている・・・」


 思わず否定すると、サザーランド司令がそれに答えた。

「私も疑ったさ・・・。

 しかしこの信号は、誰も居ないはずの衛星の内部から発信されている。

 これまでフォボスには人が直接上陸したことがなかった。

 気軽に行ける所ではなかったし、開発するメリットが見いだせなかったからだ。

 だが今回、地質探査用の無人プローブを派遣して改めて地殻の調査を行った結果、電磁波の反射を何らかの方法で欺瞞していることが分かったのだ」


 司令長官の表情や態度からして嘘や冗談で言っているという事ははなさそうだが、それでも誰かのイタズラではないかという疑わしい思いが拭い切れなかった。


「それは我々の知っているフォボスとは違う、という事ですか?

 だとしたら、電磁波の走査を妨害して欺瞞する意味は一体何なのでしょうか」

 ふと浮かんだ質問を投げかけてみた。

 するとサザーランド司令は調査結果をモニターに投影しながら補足した。


「正直、理由は分からん。

 確かなことは、フォボスが人工物であること、メッセージはその内部から発信されているということだ。

 これは計器の故障などではない。疑いのない現実だ・・・」


 表示されたフォボスの断面にはドーム状の空間や、入り組んだ構造の影が複雑に重なって見え、血管のように張り巡らされた大小の通路らしきものも多数確認出来た。

 ウィルは自分の中で少し考えをまとめた。

 メッセージが発せられたのが約1ヶ月前から。

 数日前には大規模なテロが発生している。

 どちらも比較的最近の出来事だ。

 もし関連性があるとしたら、火星軍が何か知っている可能性だってある。

 もしかするとテロ事件に乗じて、こちらを利用しようとしているのかもしれない。


 真意を探る意味も込めて質問を投げかけてみた。

「サザーランド司令。先日起きたテロは関係あると思いますか?」


 するとサザーランド司令は少し考え込んでから口を開いた。

「あらゆる事を検討したが、軍としてはテロの件とフォボス信号に関連性があるとは考えていない。

 詳しくは言えないが、テロの件については近いうちに火星圏にも影響が出てくるとは考えていて、対策も検討中だ。心配しなくて良い。

 民間人の安全を守り、安心して生活を送ってもらうのが我々の役割だからな」


 サザーランド司令の仕草や言動を見る限り、何かを企んだり隠しているようには見えない。

 疑えば切りはない。

 ウィルは、覚悟を決めた。

 自分が何を求めて火星まで来たのか。

 地球の生い立ち、宇宙の歴史、新しい科学の探求、そんな思いで未踏の火星まで来たんじゃないか。

 ここで引き下がることは、今までの自分自身を否定することと一緒だ。


「分かりました。

 調査を引き受けましょう。

 音声の件については疑わしいですが、科学者の端くれとしてはフォボスの構造について、非常に気になります」


「そうか、すまんが協力を頼むよ。

 ・・・それではオオタニ少佐、計画を説明してくれ」


 改めて席に座り直すと、オオタニ少佐が立ち上がり、コンソールを操作して壁の大型モニターに計画書を表示した。

「ミラー博士をゲストに加えた調査チーム8名は、輸送艦ノストラムに搭乗して頂きます。

 輸送艦には1週間分の滞在に必要な物資と採掘機材、それから万が一の事も考えて10名の護衛が同乗します。彼らには現地で設営と機器の運搬も担当してもらう予定です。

 出発は明朝9:00です。

 駆逐艦ダルバンガが先導し、静止軌道上のアンタレスから直接フォボスに向かいます。

 約二日間、加速しながら降下し、火星を高速で周回しているフォボスにランデブー、そのまま接近して上陸します」


 オオタニ少佐の説明が終わると、サザーランド司令が付け加えた。

「よろしい、では詳細については追って各自の端末に送付しておくので確認して欲しい。

 ・・・それから、ミラー博士にはセントラルシティーにホテルを用意させてある。

 明日迎えを行かせるので出発までくつろいで頂きたい。

 以上だ」


 オオタニ艦長は立ち上がって軽く敬礼すると颯爽と出て行った。

 ウィルも挨拶をして席を立った。

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