第1章 探索 (2)アンタレス ①

 3両編成のトラムは、2時間ほど地下のトンネルを走り続けた。

 やがてトラムが速度を落とすと、やけに長い車内アナウンスによって終点の宇宙港に着くことが告げられた。


 まばらに着席していた乗客たちが荷物を纏め始めている。

 火星で宇宙との窓口となる宇宙港は、今のところ赤道近くにある、このオリンポス国際宇宙港の一つだけだ。


 シャトルの搭乗まで少し時間があったので、待合室に移動し、シートに座って窓から火星の夜空を眺めてみる。


 ぼんやりと明るい地平線が見える。

 今日は嵐もなく快晴だ。

 天窓からは満点の星空が見える。


 どこで見ても全く同じ星空の筈なのに、地球で見る星空や宇宙船から眺める星空とは違って見える気がした。

 極端に薄い大気によって、宇宙との距離感が全く感じられない。

 煌めく星達は、まるで黒いガラスの上に蒔かれた真っ白い珊瑚砂の様だ。


 遠くに建設中の軌道エレベーターの基礎フレームとなる部分が空に向かって伸び、工事用の照明で浮かび上がっている。

 あそこでは昼夜を通して建設作業が続いているのだ。

 軌道エレベーターが完成すれば、一般の民間人の入植も急速に進んで本格的な移住が始まるだろう。


 --- アンタレス ---


 ──シートで搭乗時間を待っているうちに眠ってしまったらしい。

 アナウンスで目が覚めると、シャトルの搭乗手続きが始まっていたので慌てて荷物を確認し、桟橋へ向かった。


 シャトルの発射台は全長7Kmのリニアドライバーで、電磁力でシャトルを浮かせてレールの上を水平に加速し、最終的に50度弱の角度までレールの傾斜に任せて駆け上がり、そのまま宇宙へ放り出す、巨大な建造物となっている。


 空中に放出されたシャトルは、自身のエンジンで加速し、そのまま宇宙まで上昇する仕組みだ。


 垂直上昇するロケットに比べると加速時の乗員への負担も少ないし、何より燃料が節約できるので経済的だ。


 とは言え最大で5G近くの加速を行うので、宇宙に上がるまでの数分はかなり体にこたえる。


 上昇を続けて大気圏を突破したあとは、一旦周回軌道に乗ってから、さらにタイミングを計って静止軌道上のステーションが周回する高さまで二度目の加速と上昇をする。


 シャトルはホーマン軌道を描いて火星から離れ、遥か上空にある静止軌道上まで駆け上がって行く。


 48名の旅客を乗せた大型の機体は、おおよそ2日ほどのフライトで、火星最大にして唯一の国際ハブステーション、アンタレスに到着した。


 アンタレスは国連が主導して建設した宇宙ステーションで、今のところ民間船の発着する宇宙港と、火星軍の司令部の役割を兼ねている。

 火星軍専用の基地も建設が着手されてはいるが、軌道エレベーターの建設が優先されている都合で完成はその後だと噂されている。

 もしその通りなら、完成は10年以上先ってことになるだろう。


 シャトルがステーションの埠頭に接岸すると、桟橋から伸縮型の通路が伸びてきてハッチに固定された。


 ウィルはロビーで用件を伝え、受付を済ますと、軍の案内係に軍専用の通路へ案内された。

 途中、二度の身体検査を受けて重力区画の一室へたどり着くと、警護の兵士だろうか、扉の傍には屈強そうな2名の武装した男が立っていて、その扉には「司令官室」と表記があった。


 案内係が警護の一人と話を付けて、扉の脇に据付けられているインターフォンで部屋の住人と会話をしている。

「ミラー博士、どうぞお入りください」

 案内係がそういうと、扉が開いた。


 --- 依頼 ---


 部屋に入るとテニスコートくらいの空間に、打ち合わせ用と思われるブースと、大型のモニターが設置されているのが目に入ってきた。

 通信端末等も備えられていて、この部屋だけでも簡易的な指揮機能が有るように見える。


 一番奥まったところに大きなデスクがあり、フットボールの選手を思わせる、がっしりした体型の士官服を着た壮年の男が座っている。

 打ち合わせブースにも、先客が座っていた。

 デスクに座っていた壮年の男は、ウィルが入ってくるのを見ると立ち上がり、握手を求めてきた。

「君がミラー博士かね、よく来てくれた。

 サザーランドだ、よろしく」

 彼はこの火星に駐留する統合軍の司令長官その人だ。

 報道などで顔は知っていたが、実際に会って話をすることになるとは思ってもみなかった。


「ウィリアム・ミラーです」


 握手をして挨拶をすると、打ち合わせブースに座っていた男を紹介された。

「こちらが駆逐艦ダルバンガの艦長、オオタニ少佐だ」


 50歳くらいだろうか、中肉中背で白髪混じりの短髪で、どことなく鋭さを感じさせる雰囲気の男だった。

「・・・オオタニです。よろしく」


 挨拶して自己紹介を済ませると、そのまま打ち合わせブースに案内された。

「疲れただろう、まぁ座ってくれたまえ」


 大きなテーブルをソファーで囲った打ち合わせブースは、10人くらいが座れるスペースになっていて、座席の手元にはそれぞれ小型モニターがあり、壁には共用の大型モニターが設置されていた。


 促されて座ると、サザーランド司令は相向かいの席にどっしりと座り、おもむろに尋ねてきた。

「ミラー博士。火星の調査をされているそうだが何か面白い発見はあったかね」


 他愛もない世間話のようにも思えたが、真意がわからず躊躇っていると、サザーランド司令が続けた。

「いやすまん、特に何か聞き出したいことがあったわけじゃない。

 ただこの仕事をしていると、地表に降りる機会がほとんど無いのだよ。

 火星にいるのに火星のことは、殆ど知らんのだ。

 長いことここに居ると、時々地表の様子も気になるのでな」


 確かに宇宙軍の司令官ともなると、地表に用事が出来て出掛けるなんて事もそうそう無いのであろう。

 ウィルは気を取り直して火星の研究業務について手短にまとめた。

「最近は地質の調査をしていて1年以上同じところを掘っていますが、出てくるのは鉄分の多い赤い砂と硬い岩盤、あとは放射性物質ってところでしょうか」

 研究自体、結論が出ていない部分は多いし、実際にも重大な発見があった訳でも無いので、当たり障りのない内容だろう。


「そうか・・・。

 地表はとても人が住めるようなところではなさそうに聞こえるな」


 少し誤解を招いてしまった様子だったので、火星への入植の可能性について補足した。

「全く希望が無いわけじゃありません。

 火星のラグランジュポイントに磁場ステーションが建設されて、太陽からの放射線が緩和されれば大気と地表の侵食が止まるでしょうし、その後にテラフォーミングが進めばドーム無しで生活が出来る様になる見込みは十分有ります。もっとも、あとどの位の期間が必要なのか、検討も付きませんが・・・」


「そうか、早く地球の様に住みやすい星になる事を願うよ」


 サザーランド司令はそう答えると、立ち上がって窓の前まで歩き、話題を変えて質問を投げかけてきた。

「ところでミラー博士。博士はこんな噂は聞いたことがあるかね。

 その昔、火星には異星人が住んでいたのではないかというヤツだ」


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