第1章 探索 (1)フォボスの異変 ②

 --- 出頭命令 ---


 朝食を済ませ、手早く身支度をすると、職場でもある国際宇宙研究機関UNSOの研究所へ向かった。

 のんびり休暇を取っている気分では無くなってしまったし、情報を得たいと思ったからだ。


 研究所は火星の地表にある5つの居住コロニーの内、最初に建設された1番コロニーの中央部に鎮座していて、セントラルタワーと呼ばれていた。

 その12階建ての建物の下半分がUNSOの研究所に割り当てられている。

 ちなみに、残りの上層階は国連政府関連のオフィスとなっているが、移住手続きの際に一度訪れた事があったくらいで、ここ2年は立ち入っていない。


 セントラルタワーは、コロニーの天井に届くくらいの高さがあって、周りの建物よりも特別背が高かった。

 コロニー内であれば、どこからでも目にすることができるシンボルにもなっている。


 ウィルはエントランスからエレベーターに乗って3階の職場に入ると、只ならぬ雰囲気を感じ取った。

 フロアには40名分ほどのデスクが並び、普段であれば8割方の職員はフィールドワークで不在であり、残った職員はデータを纏めるか打ち合わせをしている、という光景が自然だった。


 だが今日に限っては様子が違っていた。

 見渡すと20名ほどの職員が、大小幾つかのグループに分かれて立ち話をしていた。

 話題はいずれも昨日のテロについてだ。


 ウィルは職場に入って挨拶をすると、早速近くの職員に話を聞いてみたが、特に目新しい情報は得られなかった。

 とりあえず自分のデスクに座るとすぐ携帯端末に呼び出しがあった。

 端末を持ち上げて側面を軽くタップして通話モードに切り替えると、女性の声が聞こえた。

 少ししわがれた声で、それだけで声の主が分かった。

「ハロー、キャサリンよ、ミラー博士ね。

 今どちらにいるのかしら・・・」

 彼女の名前はキャサリン・ドーソン、この研究所を統括する実質的なリーダーだ。


「今、研究所にいますよ。用件は何でしょうか」


「そう、調度良かったわ。

 ちょっとした依頼があってね、その件で話をしたいの。

 悪いけれど、すぐに来られる?」


「分かりました、これから伺います」

 通話を終えると4階にある所長室へ向かった。


 --- 出発 ---


 所長に呼び出されたのは、新しい仕事の話しをするためだった。

 それは、火星軍の要請で衛星フォボスの調査に同行する、というものだった。

 特に断る理由もなかったので何気なく受けたのだが、思えばこれが長い旅の切っ掛けだったのだ。


 ──その日の夕方、宿舎へ帰宅してから簡単に身支度を済ませ、出発の前に挨拶をしておこうとヴァラーハのところに寄った。

 中に入れと促されたが、出発までそれほど時間に余裕があった訳ではなかったので断ると、一緒に行けないことを残念そうにしていたが、別れ際にはテロの事もあるし気を付けろ、と付け加えて見送ってくれた。


 人工的なコロニー内の風景は殺風景という言葉が良く似合う。

 ところどころ樹木やオブジェもあるが、ほとんどはまがい物フェイクだ。

 建築物をみてもユニット構造の建物が並んでいるだけで、温かみに欠ける。

 通路も天井も人工物で出来ているので、まるで巨大な倉庫の中に居るように感じることもある。


 コロニーの大きさは最も幅のある所で6Km程だ。

 全体がブロック構造の区画が繋がった集合体で出来ていて、繰り返し増築して今の様な大きさになった。

 所々にそびえる、天井まで伸びた太い柱が区画同士の連結部分の名残となっている。


 宿舎を出て15分程歩くと、居住区画の外れに宇宙港との間を往復するトラムのターミナル駅に辿り着いた。

 ウィルは自動改札に端末をかざしてチケットの認証を受け、トラムに搭乗した。


 久しぶりの宇宙だ。

 新しい仕事が出来るのは嬉しいが、火星の暮らしに慣れてしまったので、それに比べると窮屈な空間で過ごす時間が多くなる事に、少しだけ憂鬱になった。

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