第6話
「優、暑いでしょ?」
ツキが僕に聞いた。僕とツキは、並んで道を歩いていた。僕が通う学校は家から自転車で十分ほど。歩ける距離にある。
「大丈夫、そんなに変わんないよ」
僕とツキは同じ制服を着ていた。どちらも僕の制服だが、ズボンの素材が少し違う。ツキのは夏服で、僕のは冬服だ。でもブラウスは半袖だから、僕が特別暑さを感じるほどでもない。ネクタイは予備がなかったのでツキに付けさせた。これらは全てツキを学校の生徒だと思わせるためのものだ。
僕が着たら何にもならない服も、ツキに着られて喜んでいるに違いない。同じもののはずなのに、どうしてこんなに様になるのだろうか。
「優のお母さんのフレンチトーストめちゃくちゃ美味かったなー」
ツキは機嫌が良いようだ。
「あ、同じ制服の人」
ツキがそう言ったので、僕はちらっとツキが見る方向を見た。
「……うわ」
僕はついそんな声を出してしまった。
「え、何?知り合い?」
「まあ…」
隠れようか、と思った途端、僕と同じ制服の人…とは言ってもただの知り合いではない男が、ちょうど僕の方を見た。
「あー!優!」
ああ、見つかった。僕はため息をつきそうになるのを堪えた。ツキはそんな僕を見て、不思議そうな顔をしている。
バタバタと足音を立ててその男は僕の前まで走ってきた。
「よー!久しぶり!てかそんなやつ学校にいたっけ?イケメンだなぁ!」
「…彼方」
彼は僕のクラスメイトであり、小学校時代からの付き合いだ。よりにもよって彼方に会うとは。
「お前、何年?てか、何で優といんの?」
「僕の友達。他校だけどいろいろあって学校連れていってるんだ。どうせ彼方は誤魔化せないから答えたけど、誰にも言ったらダメだから」
「え、何?何奢ってくれんの?」
「A定食」
「くぅー!分かってるぅ!!お前さ、今日食堂やってるから、A定食食ってみて!めーっちゃ美味いから!」
彼方がツキに詰め寄った。ツキは驚いたような顔をしてから、にっこりと笑った。
「おー、いーね。優、昼はそれにしよう」
ツキは僕を見ていた。彼方と話していたツキの笑顔が、僕に向けられた。言いようのない気分だった。彼方にツキの笑顔が向けられなかったことの安心?僕に笑いかけてくれた優越感?言語化すればするほど、どれだけ汚い感情であるか思い知らされているような気がした。
「てかお前さぁ、何でクラスの集まりとか一切来ねえの?女子も残念そうだったぞー?」
クラスの集まり?そんなもの誘われた覚えはないけど。僕はその気持ちを顔に出していたようで、彼方はじとーっと俺を睨んだ。
「クラスのグループの通知、既読になってないやつお前かよ!俺だけが未読無視されてんのかと思ったら…スマホ見ねぇの?」
「まぁ、時間の確認くらい」
「それただの時計じゃん!そんなんだったら俺にギガくれよー!!」
「っていうか、連絡見てても当日寝てるから行かなかったと思うよ」
「あ、ほんとそういうとこあるよな。顔いいし身長あるし頭いいのに、そりゃ女子は付き合えねぇわ。だろ?」
彼方はツキに共感を求めた。ツキはとても不思議そうな顔をしていた。僕はそろそろ彼方を追い返そうと口を開いた。
「彼方、早く部活に…」
「俺は付き合うなら優がいいけど」
「え?」
僕の声が裏返った。ツキは今、なんて言った?付き合うなら…?何で…?僕はとてつもなく混乱していた。頭の中は全く整理されていないのに、心臓だけは何かを理解しているかのように速く音を立てていた。
「まじで?俺は無理だわ〜、なんであえて優がいいんだよー!!」
「えー?だって、優しいし」
ツキは当たり前のように優しいと言ったが、彼方は顔をしかめた。
「優しいぃ!?こいつが!?いや、有り得ねぇー」
はははっ、と大きな声で笑う彼方。失礼な…と思いながらも、僕の心臓はまだ速く大きな音を立てる。聞こえてないよね?と不安になるほどだった。
「な、優、お前俺に優しくした覚えないだろ?」
笑顔のまま僕を見た彼方が、驚いた顔をした。
「…あー」
それから彼方の驚いた顔は、ゆっくりといやらしい笑顔になっていった。
「そゆことね」
彼方が、ずいっ、と僕の顔に自分の顔を近づけた。
「じゃ、俺行くわ」
僕はよほど酷い顔をしていたのだろうか。感じたことの無い感情だったから、自分がどんな顔をしていたのか想像もつかない。
「ばいばーい」
ツキは彼方にひらひらと手を振った。彼方はあのニヤけた顔のまま僕らから走って離れていった。
「嵐みたいな人だなぁ」
ツキはその後ろ姿を見てそう呟いた。僕は、一度強く目を瞑って、ぐちゃぐちゃした頭の中をリセットした。
「もうすぐ着くよ、行こう」
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