第4話
「…ほんとに僕の家来るの?」
コンビニから家へは三分ほどしかかからないはずなのに、僕とツキはその道を二倍ほどの時間をかけてゆっくりと歩いて僕の家へと向かっていた。
「え?だって優が、いいって」
言ったけど、あんなの口から勝手に出た言葉だ。僕の意思じゃない。でもそもそもツキの話を聞かずに頷いてしまった理由は、僕がぼーっとしていたからで。第一、もう僕の家へ向かっているのに今更断るのも…。
僕が必死に考えているこの言い訳じみた台詞は、一体誰への弁解なのだろうか。
「…いいけど。ツキはどこに住んでるの?」
いい加減、ツキの秘密主義にも慣れてきた。きっとツキはこう言う。
「どこだと思う?」
やっぱり。僕が心の中でツキを真似て言った声と、ツキの声が重なった。
「うーん、夏休みだから、親戚の家に来たりしてるんじゃない?」
ツキは、僕のその予想が当たっているとも、外れているとも言わなかった。明確な答えが得られないことは質問する前から分かっていたから、僕も深く聞こうとは思わないけど。
美しい笑みを薄く浮かべながら僕の隣を歩くツキ。並んで歩いて、ツキは僕よりも身長が数センチ小さいことに気がついた。とは言っても175はあるだろうから、女性からモテるだろうな。
僕は、家の前で立ち止まった。とうとう着いてしまった。母さんにツキのことを言うのは…朝になってからでいいか。
「僕の部屋までは静かにお願い」
僕が言うと、ツキは二度頷いた。
相変わらず階段はうるさかったが、恐らく僕らは誰の眠りを妨害することもなく目的地に辿り着くことができた。しかし僕は、重大なことを忘れていた。
僕はドアを開けてから、そのことを思い出した。
「あー…部屋、汚いんだった」
小声で言った僕を見て、ツキは首を横に振った。
「全然気になんないよ」
ツキは、僕のベッドの端にちょこんと座った。ツキはそう言うが、勉強机の上には教科書やらノートやら筆記用具やらが散乱しているし、ゴミ箱からは紙が溢れているし、綺麗な部屋だとは思えなかった。
「……これ、優が書いた…小説?」
「あ」
そのことも忘れていた。ベッドの近くにある小さな丸テーブルの上には、原稿用紙が隙間なく敷き詰められていた。ツキはその原稿用紙を、じっ、と見ていた。どこかの文章を読んでいるのだろう。そのツキの姿が、しっぽを振っている猫のようだったから、僕は少し笑ってしまった。
「読んでもいいけど、僕が寝てる時にしてよ。なんか、恥ずかしいし」
僕はツキの視線ごと原稿用紙を一つの束にして、勉強机の上に置いた。
「お茶とかいる?」
「いや、くれた水あるから」
「あ、そっか」
僕は丸テーブルの前に座った。ラグの上に猫の毛が落ちているのを見て、はっとした。
「ツキ、猫アレルギーとかないよね?」
「大丈夫だと思う」
「んなーぉ」
噂をすれば、ゲンキが僕の部屋に入ってきた。相変わらずドスドスと足音を立てて歩くその姿を見て、ツキは少し笑った。
「だいぶでかいなぁ」
ゲンキは僕の足元まで来て、ツキをじっ、と見た。
「…ちょっとでかいけど、綺麗な白猫だね。名前なんて言うの?」
「ゲンキ」
「んなー」
僕に名前を呼ばれて、ゲンキが返事をした。いつもはそんなことしないのに。ツキがいるからか?ませた猫だな。
ツキが、小さな欠伸をした。ちらっと時計を見ると、一時半過ぎだった。普通は眠いよな。
「ツキ、ベッドで寝てていいよ」
「え?いや、申し訳ないじゃん」
床で寝ると言うツキに僕は首を横に振った。
「僕、眠くないから」
ツキはキョトンとした顔をした。
「最近、昼に寝ちゃうんだ。今日も」
別に寝てないわけじゃないよ、と誤解のないように言うと、ツキは少し考えてから言った。
「でもやっぱり俺だけ寝るの申し訳ないし。優も夜に寝ようよ」
「えぇ?」
「優が昼に寝たら俺が昼に暇だし」
天使の誘惑のようであり、小悪魔の独り言のようでもあった。顔立ちが綺麗で、ピアスなどからの印象もあって大人びて見える(実年齢は知らないけど)ツキだが、言っていることは少々ワガママだった。しかし腹が立つような自己中心性ではなくて…やはり不思議としか言いようがない。
「いいよ。じゃあ僕が床で寝る」
「いや、俺が床!」
僕は先に床で横になった。ベッドと丸テーブルの間で、だ。しかしツキはその丸テーブルを移動させて、僕の隣で横になった。僕は驚いて、すぐ横にあったツキの顔を見た。
「ほら、早くベッド行けよぉ」
勝った、と言わんばかりのツキの表情。ああ、どうしてこの人はこんなにも……どの瞬間を切り取っても美しいのだろうか。
「んなーーぉ」
「あ」
僕の腹を踏み台にして、ゲンキがベッドにのぼった。そして、その真ん中で体を丸めて寝てしまった。
「ほらあ、ゲンキにとられた。俺も優も床じゃん」
「コンビニの前の道路よりはマシじゃない?」
「おお、言うねぇ」
ツキは可笑しそうに笑った。
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