第3話

「ほんと、助かったよ」

 その人は、被っていたフードを脱ぐと急に若者らしい雰囲気になった。明るめの茶髪と、耳に複数あるピアス。さっきの神様のような神々しさも残ってはいるが、今度は異国のプリンスのような雰囲気が強い。

 僕とその人は、コンビニの入口の横で並んで座っていた。地面に座り込むことに若干抵抗はあったが、そんなことよりも僕は隣の男が気になって仕方がなかった。

「飯までありがと」

 美しく笑ったその人につられて僕も少し口角を上げて、首を横に振った。僕は水だけではなく、買っていたおにぎりもその人に渡していた。

「でも、こんなところで何してたんですか?」

「なんだと思う?」

「ええ…体調でも悪かったんじゃ」

「あはは、どうかねぇ」

 その人と少し話してみて、とんでもなく不思議な人であることはなんとなく感じていた。僕が質問したことのほとんどを、質問で返してくるのだ。それも、全部美しい笑みを浮かべて。不思議というか、あまりにも謎な人だな、と思った。

「…とりあえず今は体調悪くないんですか?」

「うん、それより敬語じゃなくていいよ。俺もそうしてるもん」

 その人は、パリッと音を立てておにぎりにかじりついた。僕も空腹だったから、袋の中からおにぎりを取り出した。

「でもお兄さん、何歳なの?」

 僕は言われた通りに敬語はやめるが、その人についての詮索はやめない。

「何歳に見えるー?」

 なんとなく、こういう風に返事されることは分かっていたけど。僕はおにぎりをかじり、少し考えた。何歳だろう。顔立ちや体格から高校生以上だろうと思うけど、コンビニの前で倒れていたことを考えると…。今話している感じや口調、顔色からして、酒を飲んでいたわけではなさそうだし、じゃあ学生の家出か何かだろうか?

「僕は十七、それより上?」

「なのかなぁ」

 僕は苦笑した。何だこの人、何も教える気がないじゃないか。少し呆れると同時に、僕は自分自身に対して少し驚いていた。今まで、他人に対してこんなにも興味を持ったことなんてなかったから。

「じゃあいいや。名前だけ教えて。僕は優」

 その人は、少し黙った。それから僕の手元を見て、目を見開いた。

「何、そのおにぎり」

「え…?ああ、月見おにぎり。まだ八月なのに売ってたからなんとなく買った。食べる?」

 僕は初めてその人から質問を受けて嬉しくて、勢いよく月見おにぎりをその人に突きつけた。その人は、嬉しそうに笑って頷いた。僕はその人におにぎりを手渡そうとしたが、その人はぐいっ、と僕に近づいて、僕が持っているおにぎりを食べた。ぽろっ、とおにぎりが僕の手からこぼれた。

「えっ、うわあっ、危ない」

 地面におちかけた月見おにぎりを受け止めたのはその人の手だった。うわ、僕、何してるんだ。

「ご、ごめん」

「ううん。美味いね、月見おにぎり」

 その人は、掴んだ月見おにぎりをもう一口食べた。ああ、なんて美しいんだろう。あまりにも美しいから、今すぐに距離をとらなくてはならないような…今すぐに肌に触れてみたいような感じがする。さっきからこの、矛盾ばかりの感情は一体何なんだ?

「優、月見おにぎり好き?」

 バチッ!!!と大きな音がした…気がした。いや、僕と彼の目が合っただけでそんな音が鳴るはずがないから、きっとこれも僕の体の異常なんだろう。僕は焦げ茶色の目に見つめられて目を逸らせなかった。

「……好き」

 僕は、ぽろっ、とその言葉をもらした。

「月見おにぎりも…月見バーガーも、月見系は全部好き」

 彼の顔を見ると、反射的に口角が上がった。実際に僕は、月見おにぎりが好きなのだろうか?今まで、好きな食べ物なんてよく分からなかった。でも考える間もなく、僕の口が勝手に答えていたのだ。その人は少し嬉しそうに笑った。

「俺も今、好きになった」

 何だこれ、何だこれ。病気か?なんで今、僕の体はこんなにおかしいんだ?もしかしたら目の前の人は何かの病で倒れていて、僕にそれが移ってしまったんじゃ?

「じゃあ、ツキ」

「え?」

「俺のこと、ツキって呼んで」

 ツキ。その優美で妖艶な響きに、僕の体は溶かされていく。

「うん」

「俺、優の家泊まっていい?」

「うん」

「やったあ」

 僕はただひたすらに、ツキという男の美しさに魅了されていた。

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