第4話孤独の魔女と魔術とは



エリスと出会い 3ヶ月程の時が経とうとした ある日、本来の想定よりも一年ほど早く 我々はその日に突入しようとしていた


「ではエリス、今日からは読み書き算術に加え…魔術の修行にも入る、心構えは出来ているかな」


「はい!ししょー!」


星惑いの森の木々が葉の色を変え、鮮やかな赤へと変わり始める季節…厳かな冬に向け 人も獣も食料の備蓄に入り始める豊穣と収穫の秋口 、木々のざわめきの中二人の声が響く


珍しく教鞭を持ち気合い十分な 八人目の魔女 レグルスと、紙とペンを持ちふんすふんすといつも以上にやる気を見せるエリス


それもそうだ今日は待ちに待った魔術修行の初日なんだ 、師弟共にいつもと心持ちが違うのは当然と言えよう



「今日まで読み書き 算術 多くの勉強を一生懸命頑張ってくれた、お前の努力のお陰で想定よりも早く魔術の修行には入れそうだ、うんもう一度言うぞ?よく頑張ったな」


「はい!エリス とっても頑張りました」


えへんと珍しく誇らしげなエリスに思わず笑いが溢れる、いや本当に エリスの成長スピードは異様だった 、それもこれも恐らくその天才的な記憶力故だろう…、一度見聞きした事は絶対に忘れず記憶し続ける才能 いやもはや体質とまで言うべきそれは、私が教えた事を一つも残さずエリスは力へと変えていく 私としてもとてもやり易かった


この記憶力は本当に天賦の物と言える、ある種の天才と言ってもいい…記憶力 その一点で言えばすでに私以上だ、まぁ私は昨日食った飯をギリギリ思い出せるくらいの記憶力しかないんだが



さとて、今日から私 魔女レグルスと魔女の弟子エリスの長い魔術修行の日々が始まるわけだが、一番最初に教えておく事がある


「エリス…まず、魔術を教える前に言っておくべき事がある、何よりも大事なことだ よく聞きなさい」


「はい、エリスは聞きます!」


大事な事と念を押せばエリスもまた、メモを取りおき聞きの姿勢に入る…真面目な子だ、だがこれは魔術の教えではなく ただの心得だ、まぁ 何よりも大切なことではあるのだが


「いいかい、今からお前に教える魔術とは 本当に 本当に危険なものだ、自らの身を守る盾にもなれば…無辜の人々の首を跳ねる刃にもなり得る、お前には 魔術と一緒に魔術を使う心得心意気も学んで貰いたい…だから、厳しくいくぞ」


私は今日まで、はっきり言って エリスに甘かったと思う、いや悪いとは思っていない 今まで理不尽に扱われていたこの子に辛く当たるのは、正直言って可哀想だと思っているからだ


だが魔術は別だ、剣や弓とは比較にならない程危険な代物 極めに極めればそれこそ星を割る程だ、エリスは魔術を覚えた瞬間 守られる側から守る側 もしくは傷つける側になるかも知れないんだ、ここはなあなあには出来ない


「危険なもの…魔術が、だ 大丈夫です!エリスは魔術を間違った事には使いません、絶対!」


やや自信がなさそうだな、まぁ最初から満点の回答を返せと言っているわけではない、修行を通してその認識 そして心持ちを得ていけばいい、もし道を間違えそうなら私が必ず正す それが師の役目なのだから


「ああ、強い力は使い手の予想など遥かに超えてくる、だから 絶対に間違った事に使ってはいけないよ」


「はい!ししょー!」


やる気は十分か…爛々と輝く瞳を見ればそれが嘘偽りでないことは理解出来る、よし なら私もその覚悟に答えるとしよう


「ん、 よろしい、ならばまず…この本を読め、私が集めておいた魔術教本だ…初歩的な基礎から魔術の歴史やその性質、詳しい事は殆ど書いてある…これを読めば完璧 とはとても言えないが、少なくともここに書かれている知識は必要最低限のものだ」


「お 大っきいですね、こんなおっきい本 みたことありません…はわ!字がビッシリです」


そう言いながら用意した教本…辞典もよりも分厚い本をドスンと2~3冊エリスの前に置く、魔術とはとにかく知識が必要になる、多くの物を識れば識る程 魔術の上達に繋がる、しかしこの本大きくて場所を取るから次の冬にでも薪代わりにしようか悩んでたんだよな 残しといてよかった


とりあえずこれを1ヶ月以内に暗唱出来るくらいには読み込んでおけぇ! と言いたいところだが、エリスの読む速度と記憶力があれば このくらい一週間で十分だろう


「まぁ本は空いた時間にでも読むとしてだ…、まず基本的なことを私から教えておこう、魔術に必要なものは二つ、魔力と詠唱だ…これ失くして魔術は編み込めない」


そう言いながら 手をかざし、軽く 指先から魔力を絞り出せば、淡い光が溢れ 人の頭位の球へと形を変える


「これが魔力、万物に宿り 万象へ姿を変える 万能の力、どんな存在にも魔力は存在し 訓練次第才能次第では無限に増えていく、それが魔力」


「これが…きれーですね、エリスにも出来ますか?」


「出来る まだ子供だからそれほど多くの魔力はないが エリスの体の中にも魔力は存在する、その操り方はこれから教えるから 少し待ちなさい」


魔力とは 謂わば人間の第二の血液、下手に使い続けると命に関わる 扱い方を知らずに調子に乗ってぶっ放しまくって全身から血を吹いて死にました なんて話は意外と珍しくない、エリスにはそんな死に方をして欲しくないから 基本はしっかり抑えておかねば


「魔力とは 万能のエネルギーとも言われ詠唱次第で何にでもなる、だが魔力は魂と直接的に紐付いている為使い過ぎれば魂も一緒に消費され…使いすぎると死ぬ」


「うぇぇぇええ!?死ぬんですか!死んじゃうんですか!ししょー!それ早くしまってくださいーっ!」


「騒ぐな!この程度の魔力出しただけで死ぬか!魔術を使用し過ぎると死ぬとは言ったが余程ばかばか撃たない限り死なん!」


私が死ぬとでも思ったのかいきなりギャーギャー騒ぎ始めるエリスを一喝で黙らせる、こんなちょびっと出しただけで死んでたら命がいくつあっても足りん、私の魔力は国三つ滅ぼしてもお釣りが来るくらいあるんだ


「はぁ、…続けるぞ? そもそも魔力とはそれ単体では意味をなさん、いくら万能とは言え魔力のままでは意味がない、故に形を整えてやる必要がある、それが詠唱だ…少し手本を見せるから ちょっと離れなさい」



ふぅ と一つ息を吐く、手元に浮かべた魔力球…ちょうどいいからこれを使おう、あんまり強力な魔術を見せてもアレだし、まず最初は 基本的な魔術を…


「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 『火雷招』」


詠唱 独自の呼吸法発声法により自動で魔力を整えてくれる画期的な技法、これを用いることで 我が魔力は蠢動し 流動しその姿を盛る炎へと変じる


火炎を纏う雷が我が手の中で踊る、まだ私の力で抑えてはいるが これを解き放てばこの森くらいならば軽く焦土には出来るほど 濃厚な暴威を振るうだろう、完全に抑え込んでいるというのに 周囲の温度は飛躍的に上昇し かいた汗がそばから蒸発していく


「炎の雷…これが魔術…」


「魔術の…威力を決める要因は三つ、使用した魔力の量 詠唱の長さ そして使用者の技量によって大きく変わる、技量ばかりはどうにもならんが 詠唱をわざと短縮すれば着火剤程度の威力に弱めることも出来、また多くの魔力を突っ込めば更に威力を高めることが出来る」


まぁ、その匙加減もやはり 術者の技量で振れ幅は変わってくるがな、普通ならその変化も微々たる物だが やはり魔女クラスになれば魔術を手足同然に動かせる


やはり重要なのは技量、どんな弱い魔術でも 魔女が使えば地形を変化させるだけの威力を持つ、逆にどれほど強大な魔術を使おうが術者の技量が乏しければ 意味をなさない


…というかいい加減危ないので、炎を魔力へ戻し 軽く握り潰すことで霧散させる、うっかり魔術を暴発させたら笑い事では済まなくなる


「これは火雷招というか魔術でな、見た目の通り 火を纏った雷で焼き尽くす魔術…今回は、手本としてこう言った魔術を使っただけで、世の中には傷を治す治癒魔術 石を金に変える錬金魔術、中には他者の感情を自在に操る魔術 なんて恐ろしい物もある…会得さえしてしまえばなんでも出来る、それが魔術というものだ」


「色々出来るんですね…、えとえと 食べ物を出す魔術とか 部屋を綺麗にする魔術とかもあるんですか!」


「ある、私は使えんが 少なくとも人間に想像出来る範囲であれば、なんでも出来る…肝心なのは出来る と信じること…、いいか?魔術は想像力、出来ると思わば何でもできるが 出来ないと諦めれば何もできない 、まずは考え想像し出来ると信じるんだ」


「なんでも…」


その為には当然 血の滲むような訓練が必要だがね と付け足す、当然だ タダでなんでも出来るなら、この世はもっと平和になっている、まぁ言い換えれば 努力次第で本当になんでも出来てしまうのが魔術なんだ


死者蘇生…時間遡行…世界崩壊 こんな馬鹿みたいな話も理論上は出来るとされている、まぁこの三つは魔女でさえ出来ないから 実質不可能みたいなもんだが



「さて、エリス お前には魔術の修行に入る前にやることがある…何か分かるか?」


「分かりません!詠唱を覚える とかですか?」


「違う、体作りだ…魔術行使に耐えられる魔力増幅訓練 そして詠唱を行いながらも鋭敏に動ける肉体増強、基礎の基礎のそれまた基礎だ」


最近の魔術師は 魔術さえ使えれば一人前〜 とお気楽な考えをしている奴が多いが、私から言わせればちゃんちゃらおかしい、魔術とは心技体才武識すべて鍛え抜いて研ぎ澄ませてこそ真価を発揮するんだ


現代の魔術師は カッコつけて半端に詠唱を短縮し半端な知識で魔術師面する奴が多いからな、エリスにはそうなって欲しくない、目指すなら一流 いや超一流だ 超々一流だ


「だからエリス、まずお前が暗記するのはその魔術教本ではなくこの本だ…これを読んで暗記し…そして」



エリスの前に、魔術教本とは別に 一冊の本を放り投げる…さぁ、修行の始まりだ



「え、いや この本全然魔術と関係ないんじゃ…」


「いいから読め、そして覚えろ」




……………………………………………………………………


エリスに魔術の講義をしてから1時間経った…、今エリスは 私の独自の理論に基づいた魔術基礎訓練を行っている




「お砂糖ぉ〜!大匙いっぱーーーい!」


「声が小さい!もっと大きな声で!」


「は はい、小麦粉をぉー!!!水で溶かしてぇーっ!!!かき混ぜてぇーっ!」


落ち葉が積もり 歩き辛い星惑いの森の中を、絶叫しながら走り回るエリスを眺めながら檄を飛ばす、全力で叫びながら走り続けているからか エリスの額には汗が滲み 走法も崩れている


「し…ししょー、疲れました…ちょっと 、これ 魔術の訓練ですか?それともマラソンですか?料理の勉強ですか?」


「違う、立派な魔術の訓練だ」


修行の内容は 事前に渡した料理の本を全て暗記し それを叫びながら走り続ける という単純な訓練だ、これで体力と動きながら詠唱を行う練習をする…所謂魔術戦を想定した訓練、魔術師だって突っ立ってブツブツ唱えてりゃいいってもんじゃない、戦闘では全力疾走しながら詠唱しなければならない場面ばかりだ


なんで料理の本を暗唱しているのかだと?、それは適当だ 適当に手に取った本が料理の本だっただけだ、もしかしたら明日は恋愛小説かもしれないしどこぞの自己啓発本かもしれない、重要なのは覚える事 そしてそれを走りながらちゃんと暗唱できるようになる事だ



「えと…20分から30分焼きぃーっ!」


「違う 25分から35分だ、最初からやり直し…このペースではこの訓練だけで今日一日終わってしまうぞ、まだやらなければならない事は山積みなんだ」


「は…はひぃ、頑張ります!」


酸欠と疲労から来る焦りはどれだけ精密に事柄を記憶していようとも、ミスを誘う…詠唱は一文字間違えただけでも発動しない、 まずはこの環境に慣れるところからだ、これが出来なければ魔術など夢のまた夢


「ひぃひぃ、ふぅふぅ…お砂糖ぉー!!!大匙いっぱーーーい!!!」


それでもエリスは泣き言ひとつ言わず訓練に勤しんでいる、正直…心苦しいが これも一流魔術師になる為の修行、特に肉体を鍛えるのには時間がかかる 故に最初に慣らしておく


私も若い頃は師匠を讃える言葉を只管叫ばされながら山を登り降りさせられたもんだ、懐かしい…スピカは語彙力がなくてずっとおんなじ言葉だけ 泣きながら言ってたっけ



「小麦をぉーっ!水で溶かしてかき混ぜてぇーっ!」


「声が小さくなっている、ボソボソ囁くだけで発動してくれるほど魔術は甘くないぞ!」


馬鹿っぽい絵面だが キツいのは私だって分かっている、だがこの位乗り越えてもらわなくては困るんだ 我が弟子 魔女の弟子ならばな



…………それから2時間、エリスが走り込みを終えたのは陽も傾き始めた頃だった……


「ひぃー…ひぃー、疲れました」


「ああ、だろうな ほら、疲労回復の薬茶だ…これを飲んで大人しくしながら 聞きなさい」


ベタベタにバテた薬草を煎じて煮詰めた茶を出す、ポーションと同じく魔力を用いて作った茶だ、魔力を使えば疲労だって吹き飛ぶんだから便利なものだ まぁそれでもキツいにはキツいだろうが


「これ苦いです…んくんく…、これも魔術ですか?」


「分類的にはな 魔術薬学というものだ、さてと 次は魔力の制御だ」


「制御?…魔術じゃないんですか?」


「逸るな、慌てて魔術を覚えてもいいことなんてない…、不安にならずとも さっきのように真面目に取り組めばすぐだよ」


次は体を動かさないからな、室内で行う…最早動く気力もないエリスを抱えて家に戻れば、エリスを椅子にすらわせ次の修行に取り掛かる


最近の魔術師は慌てて魔術詠唱の修行ばかりしていると聞くが、私からしてみれば魔術師にとって重要なのは下地、根幹となる基礎を広くそしてしっかり固めてこそ強くなれる


「…息を整えろエリス、次はさして疲れないから安心しろ…まぁその分集中力を要するがな」


「はい、…大丈夫です ししょーのお茶が効いてきたので、だいぶ楽になりました、いけます!」


そんなにすぐ効くものじゃないが、いや やる気があるのはいいことか、流石の根性だ…じゃあお言葉に甘えてどんどん行かせてもらおう、次は魔力を鍛えていく


魔力…筋力と違い使えば使うほど鍛えられるものでもないが、やはりこれも修練訓練の積み重ねが物を言う基礎だ


「エリス、私がさっき出した 魔力の球を覚えているか?、あの魔力の球…まずはアレを出せるようになれ」


「あのピカピカ光る球をですか?で 出来るでしょうか」


「大丈夫やり方はちゃんと教える、ほら 手を出し構えなさい」


そう言いながら静々と差し出したエリスの手を優しく握り掴む


今からやるのは魔力制御の修行、肉体強化と同じく大切な修行だ…万物には魔力が宿るとは言ったが、魔術を使うには その魔力を自分である程度動かせなければならない


いくら詠唱すれば勝手に魔力が動いて勝手に魔術が放たれるとは言え その調整は自分で行わなければならない、魔力を自在に操れるようになれば一人前 逆にこれが出来なければ半人前どころ騒ぎではない


「ししょーの手 温かいです…」


「そうか、…ほら集中しなさい 手の先 指の先に、何か力を感じないかい?」


エリスの手を握れば その小さな体の中から弱々しい力の鼓動を感じる、この弱々しい波動こそ エリスの中に眠る魔力だ、まだ弱いが 成長すれば魔力が体に染み込めば 、その大きさは次第に増していくことだろう



今まで意識してなかった力を自分でいきなり動かすというのは非常に難易度が高い、だから最初は 私がエリスの魔力を内側から操って 魔力を動かす感覚を教えてやるのだ

ともすれば握り潰してしまいそうな小さな魔力をそーっと掬い出し、ほんの少しだけ表面へ押し出してあげると、エリスの小さなおててからポワポワと弱い光が漏れ出てくる



「ああ!あああ!、ししょー!なんか出ました!エリスの手からなんか出ました!」


「これがキミの魔力だ、綺麗だろう?…この感覚を覚えなさい、魔力を動かす感覚を」


初めて魔力に触れた瞬間 、というのは誰だって驚き感動するものだ、目を輝かせ 自分の可能性に夢想し、ワクワクするものだ…私もそうだった、昔 師匠にこうやって手を握られ もう死ぬんじゃないかってくらいすごい勢いで魔力を吸い上げられた、あの時の師匠の『凄かろう!凄かろう!うははは!よく見ろ!気絶するな!うはは!泡吹いとる!』という声は今だに耳に残っている


「すごいですししょー、これがエリスの魔力…なんか凄いです、言葉に出来ないですけれど」


「ああ、次はこれを自分一人でやるんだ…出来るね」


「はい!、出来ます!」


私が手を離すと同時に、エリスの手の輝きもまた嘘のように消えるが…エリスの目に灯ったやる気の輝きはカケラも消えていない、この子なら 直ぐにでも魔力の制御を自分の物にするだろう


「ふんぬぬー!ぬぬーっ、あれ…出ない」


「力むな、集中して自分の内側に触れるんだ そして中身を優しく引き出すように…あとは私がさっきやったように外へ押し出すんだ」


さて、今日 エリスは魔術の修行にかかりきりで疲れているだろうし、ここは私が元気の出る晩御飯を作ってあげよう、この間村に行った時作ってあげたシチュー 、アレはエリスも大絶賛だった、今日は何を作ってあげようかな…


エリスにそこで修行を続けなさいと言いつけ、食料庫へ向かう 氷結魔術をかけているから、生の魚や肉も傷みにくいし…うーん、元気の出る料理ってなんだ、やっぱ肉か?肉とかか?


肉と野菜 あと卵をいくつか引っ張り出して、魔術を使って解凍する…調理に入るか




「出たかな…出てない、こうかな…ううん、ししょーの感覚は覚えてるけど、上手くいかない」


「慌てなくてもいいよ、普通の魔術師なら3ヶ月がかりでマスターする修行だ、それに今日は走り込みで疲れているしね…ゆっくりゆっくりやりたまえ」


なんてキッチンから声をかけながら肉を捌き野菜を切り 卵を割る、苦戦しているようだ…しかし流石と言うべきなのは どうやらあの感じを見るに私が見せた手本を完全に記憶し 同じように魔力を体の中で動かしている と言う事だろう

末恐ろしい子だ たった一度の手本で あそこまで記憶できるものかね…


だがそれだけではダメだ、言ってしまえば私は戸棚の開け方を見せただけ 戸棚の取っ手がどこにあるかまでは教えていない、きっかけ とでも呼ぼうそれを手探りで 自分で見つけ 魔力を表に引き出してこそ この修行にも意味が生まれる


「行き詰まったら一旦落ち着いて振り返るのもいい、急くことなんかないからね」


「は はい!、…むむむ…」


ああこうやってエリスの修行を見ていると 、なんだか昔のことを思い出してばかりだな



我々八人の魔女が 共に同じ師の下で育ち、共に暮らし 共に学んだあの日々…まさか師匠含めて九人もいながら料理出来るのが私しかいないんだもんな、やれ味が濃いのがいいだのやれ栄養価がどうの やれ生焼けで味が染みてないのがどうのと クソやかましい事ばかり言いやがって、その分エリスはいい 何を食べてもししょー美味しいです ししょー凄いですと、本当に可愛らしい


特にスピカが凄かった、料理させたら薬草を煮て薬草で固めたなんかよく分からないものを持ってきて『体にいいですよ?』なんて宣うんだ、全くあいつは…思い出しただけでも腹が立つよ


「フフフ…」


「んぬぬ、あれししょー?何を笑っているんですか?」


「別に笑っていない、集中しなさい」


………………………………………………………



「結局…魔力の球 出せませんでした」


夕食を食べ、さぁこれから寝るぞと就寝の支度をしている中、ベッドの上で落ち込み項垂れるパジャマ姿のエリスの姿が見える


あれからずっと魔力制御の修行をウンウン唸りながら続けていたが、どうにもこうにも上手く行かなかったようだ、まぁまだ初めて一日だ 出来なくて当然だ


まぁ記憶力のいい読み書きも算術も1日でとっかかりを掴んできたエリスにとって、一日練習しても何も成果がない というのは初めての経験なのだろう

だが別にそれで私は構わないと思っている、挫折失敗は若いうちにした方がいい 、下手に失敗を知らないまま大人になるより断然いい、大人になるとそういう失敗とかはし辛くなるしね


「ししょ…エリス、魔術の才能ないんでしょうか」


「ん?、なんだ一日で自信喪失しているのか?、心配せずとも直ぐに出来るようになる」


「でももしかしたらエリスには本当に才能が…、あのししょー?魔術を使えない人っているんですか?」


む…、そういう方向で来るか、寝る前に読もうと思った本から手を離す、相当落ち込んでいるか…これは少しフォローが必要そうだな


魔術を使えない人間がいるかいないか 、いつかも言ったが、魔術を使えない奴は居ない どうやったって練習すれば多かれ少なかれ使えるもんだ

ただ、強大な魔術を使おうと思えば思うほどやはり才能というものは付いて回る 、魔術の才覚とはそういう話だ


「エリス、魔術はちゃんと練習すれば誰でも使える、人間以外の獣にだって使えてるんだ、物覚えのいい君にならもっと…」


「に 人間以外にもって…、ちょっと待ってください 魔術って人だけが使えるんじゃないんですか!?、ね 猫さんとかも使うんですか!?魔術!!」


私の言葉を聞きギョッとするエリス…いや、そうか この辺に『魔獣』は出ないんだったな…


魔術は 人間以外も使う たまにこの事に驚く人間もいるらしいが、使えて当然だ 逆になぜ人間にしか使えないと思うのか、そちらの方が不思議でならない、獣も人間も同じ生き物なら人間に出来ることが獣に出来ない道理はない


獣の中には 魔術を使い炎を吐くトカゲもいる 水を操るネズミもいる、そういう風に魔力を扱うことを武器として進化した種がそれなりにいる魔術使う獣 だから、そういう奴らは魔獣 と呼ばれることがある


当然ただの獣よりも危険度は高く皆総じて知識も高い為 、それを討伐する事を生業とした職種の奴等もいるくらいだ


まあ、正確には魔獣が使うのは魔術ではない、だって詠唱してないし …でも便宜上魔術扱いになってるだけで、実際は体内の魔力を変換して撃つだけの一発芸でしかない それでも脅威っちゃあっ脅威だが。か


しかし、そんな事今のエリスには関係ない 今ただエリスは猫への敗北感を感じるのに忙しいようだ、さっきからベッドの上で膝をついてあぶあぶと泣いている


「じゃあ…今のエリスは…猫さん以下…」


「い 嫌、別に猫が全員魔術使えるわけじゃないし 魔術の有無で生き物の格が決まるわけでもない、それに …負けるのが嫌なら真面目に修行を続けていくしかない…大丈夫、この世に永遠はない 故に永遠にそのまま なんてこともない」


「うう、はいししょー エリスはとりあえず、猫さんを越えられるよう 頑張ります」


なんとなく まとめてやれば納得したのかしてないのやら、ともかく今日はこれ以上の修行はしない、修行は確かに大切だが寝る間も惜しんでする程じゃない 時間はある、ゆっくり進めればいい


という事でエリスを抱き上げ、ベッドに横になれば 走り込みの疲労からかあっという間に寝息を立てる、暫くは 疲れきって就寝という日が続きそうだな…まぁゆっくり休みなさいと体を撫でて、私自身もまた目を閉じる




次の日、エリスは 子猫に魔術を使えない事をいじられイジメられる夢を見たらしく、昨日以上のやる気を見せて修練に取り組むのだった


しかしなんで猫なんだ…

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