第5話孤独の魔女と予兆




赤く色づいた木々も 木枯らしに吹かれ身を細める季節、だんだんと寒くなりはじめ そろそろ厚着を用意しなければならない時分に、レグルスは一人考える


パチパチと音を立てる暖炉の前に座り、必死に魔力制御の修行をしているエリスを見ていると…ぼんやーり 別の思考が挟まってくるんだ…



いつぞや、エリスを置いて領主館に行った時のことだ…エリスは私と領主の話が終わるまで、そう大体2~3時間くらいか?、その間ずっと場所を動かなかったというじゃないか…


というか前々からなんとなく感じてはいたが、エリス ものすごーく自主性が薄い気がする、自分から何かすることはなく、 全部私が言ったこともしくは私のためになる事しかやらない、エリスが自分の意思で自分の為に動いているところを見たことがないんだ


言ってしまえば欲がない、あんまり強欲なのも考えものだが無欲すぎるのもなぁ、このままでは欲がないだけによくない


私と一緒にいるうちはまだいいが、私もエリスと一生共に居られるわけではない、いつか自分で考えなければならない日が来る、それがもし このまま大人になって自立したら!エリスはきっと悪い人間に利用され騙され続けるような そんな人生を送る可能性がある



ダメだ、それはダメだ エリスにはもっとこう…なんか私では想像も出来ないような花々しい人生を歩んで欲しい、そしてその人生はできればエリス自身が選択した未来であってほしい


よし、魔術の修行に加え 今のうちから 自主性と言うか自立性と言うか そう言ったものも養って行こうかな


「し ししょー!見てください見てください!、こ これ魔力ですか?」


「ん?、見せてみなさい…」


ふとエリスに声をかけられ思考が覚める、気がつけばエリスの手元には僅かだが魔力が集まっている、まだ小指の先程の小さな光の球だが ちゃんとエリスの魔力によって編まれている、もう取っ掛かりを掴んだか 相変わらず飲み込みの良い子だ


「ほう、随分早かったな よくやった、いいか?それが魔力そして魔力を絞る感覚だ、その手応えを忘れるな?…次はもっと大きくしてみなさい」


「はい、この感覚 忘れません…!」


そう言ってまた黙々と魔力を編み始めるエリス、魔力制御は最初の一歩とは言え まだ5歳のこの子がそれをやってのけているのだから、十分早いんだろう…いや分からん、他の人間が魔力制御を何歳くらいの時に習ってるのか知らないし、 私はもっと早かった気もするが 私と比べるのは酷だろうし


まぁいいや、兎も角 今は基礎の基礎をしっかりゆっくり身に付けるのが先決だ、ここで変に焦っても基礎が歪ではその後 身につける技術全て歪んでしまう、基礎の取得は一番時間をかけていいんだ


そして…そうだ自主性、それに関しても実は考えがある


要はエリスが自分で考えて悩む時間を作ってやればいいんだ、というわけで 明日 買い物に出かけよう その時にエリスに少しチャレンジしてもらおう、そろそろ冬だし 食糧を買い貯めておかねばならないしね



「はわっ!?、魔力の球 弾けちゃいました、ししょー」


「配分を間違えたな、いいか?闇雲に力を込めればいいと言うもんじゃない、まず……」


………………………………………………………………



ムルク村の一角、山村には珍しく商店が立ち並ぶ区画が存在する …この村は他の村と比べて皇都との繋がりも強く 領主であるエドヴィンが居るため、行商人も多く往来する為他の村から態々ここへ買い物に来る者もいる程 謂わばアニクス山付近最大の商業区画と言えるだろう

まぁそれでも辺境故に品揃えは 街に遥かに劣る…、一応は本やぬいぐるみと言った娯楽品も売っているが 当然その数は見てて悲しくなる程だ




我々師弟は今日、来たる冬に備え 食糧やらなんやらを買いに村へと訪れたのだ、その序でにエリスには…


「さてエリス、お前は最近 勉強に修行とよく頑張っているからな、褒美に 何かこれで好きなものでも買ってきなさい…」


「そんな、エリスは何も!褒美を貰う程の事は」


そう言って銀貨をつめた小袋をエリスに手渡す…、中身は銀貨を10枚 子供が持つには多過ぎる額だが、あんまり少ないと何も買えないからね


考えとしては エリスに銀貨を渡し エリス自身が考えて自分の好きな物を買う というものだ、これで自主性が育まれるかは分からんが 、少なくとも自分で考えなければ物は買えん


思いついた当初はいい考えだとほくそ笑んだ物だが、なんだろうこの作戦 穴だらけな気がしてきた



「そう言うな、まぁ 励みになるような物でも買ってきた方が、やる気も出るというものだろう?」


「そうですか…?、あ!じゃあこのお金でししょーに花束を!」


「お前への褒美だと言っているのに私に花を送ってどうする、エリス キミが欲しいものを買いなさい」


やはり私に何かプレゼントしようとしたな、その気持ちは嬉しいが このお金はエリスの為に使って欲しいんだ、私のエゴや押し付けかもしれないが それでもだ、一応 エリスへの褒美と言うのはこじつけの理由ではなく 本心からだし


まぁ、その褒美に銀貨だけ渡して 好きに買え…なんて、とんでもない話だとは思うがね


「じゃあ私はここまで待っているから、自由に買って来なさい」


私と一緒では自主性もクソもない、幸いこの区画はあまり広くはない エリスが店巡りをしても迷子になることはないし エリスも私もお互いを見失うことはない


「わ…分かりました、けどししょー…どこにもいかないでくださいね、待っててくださいね、いなくならないでくださいね!」


「分かってるよ、居なくならんから 早く行きなさい」


そう私にクギを刺すエリス、いつぞやの件がトラウマになっているのか ちょっと進んでは私が居なくなっていないか振り返り ちょっと進んでは振り返り、ゆっくり商店へと向かっていく、心配せずとも何処へも行かんよ


さて …エリスは何を買ってくるかな


いやちょっと待てよ、これ私が買ってこいと言ったから買うだけで自主性も何もないのでは…、やはり穴が…


…………………………………………


ししょーが エリスにご褒美をと 銀貨をくれた…エリスの好きなものを買いなさいと、ししょーの言葉でこれだけ困ったのは初めてだ


エリスはししょーがくれたものならなんでも好きだしなんでも嬉しい 、作ってくれるごはん 買ってくれたお洋服 教えてくれる知識 全部纏めて大切なものだ、なんだったらこの銀貨だって大切だ


けど、折角 ししょーがご褒美をとくれたんだから、何かいいものを買おうと 店先まで歩いてみたけど…


「うーん、エリス…何が欲しいんだろう」


色々なものが置かれているのを見て、自分が何が欲しいか分からなくなる


服が欲しいのだろうか…、いやでもエリスはししょーの買ってくれたこの服が一番好きだし、何より子供用の服となると そう多くは置いていない


おもちゃが欲しいのだろうか…、店先にはぬいぐるみとか置いてあるけど エリスにはどうやって遊ぶのかちょっと分からない


ならお菓子かな、でもエリスはししょーと食べるご飯が一番好きだ


分からない、何が欲しいんだろう …エリスは わたしは 何が欲しいんだろう


ウンウン唸りながら あっちの店へフラフラ こっちの店へフラフラ、時折ししょーが居なくなっていないか確認した後また別の店へ…


「うーん、分かんない…欲しいってどういうものなんだろう、…あれ?これって 本?本屋さん?、ししょーの部屋みたいに本がたくさんあります」


そうやって繰り返すこと2~3回、ふと 商店の一角に本が積まれているのを見つける、本…本か 、本だったらエリスもちょっと興味がある、面白い本 見たことない本はないだろうか、ちょっと気になって お店の前に並べられている本をチラチラ流し見る


「魔術の本ならししょーの家にあるし 歴史の本も…そこそこ見たし…、御伽噺は まだ読んでない本がいくつかあったから買わなくてもいいし」


とは言え、ししょーはものすごく長い間本を集め続けたこともあり、正直 お店に置いてある本よりも家の本棚の方が数は多い、置いている本は どの本も見たことあるような奴しか…


「…あっ!これ!」


そうだ 唯一、ししょーの家に置かれていない本があったのを思い出し、その本を手に取る…、タイトルは『孤独之魔女伝記』 ちょっとボロくて古いけど、ししょーのことが書かれた分厚い本だ!、ししょーはあんまり自分のことが書かれた本が好きじゃない 買ってきてもチョロっと読んですぐに燃やしてしまうから本棚には並ばないんだ…


でも、エリスはししょーの事を知りたい 、ししょーは話を聞く限り物凄い昔から生きていて、他の魔女と一緒になんだか凄いことをした凄い人 という印象しかないんだ、エリスはししょーの事を知らなさすぎる


パラパラと少し中身を見てみるけど、凄い!ししょーの事が 魔女レグルスの事が事細かに書いてある!、こ これ欲しい!、エリスの小さな体には些か大きな本を一息に持ち上げると 近くで本の整理をしていた店番のお兄さんが近づいてくる


「お嬢ちゃん その本欲しいの?、ってその本 学者やマニアが買うような難しい本だよ?、それよりもほら こっちに絵本とか御伽噺とかあるよ?」



どうやらお兄さんはエリスが本を間違えていると思っているらしい、まぁ 確かにエリスはまだ小さな子供だ それは分かる…同じくらいの年の子は本なんて読まずに外で友達と遊んでるし、まだ字だって読めない子が多い…けど エリスは外で遊ぶより 友達を作るより、本を読んでししょーと修行をしてる方が楽しい


それに、エリスは ししょーの本が読みたいんだ 、こんなに面白そうな本は中々ないと思う


「いいです、この本が読みたいんです」


「うーん その年で変わった子だなぁ…あ そうだ、ならこっちはどうだい?同じ魔女でも 友愛の魔女様の伝説のお話しさ、皇都でも人気の新作で 古い伝記よりもこっちの方が物語調で面白いと思うけれど」


首を横に振りながらししょーの本を強く抱きしめば、お兄さんは困ったように笑い 代わりにと豪華でキラキラな友愛の魔女様の本をお勧めしてくれる、…確かに面白そうだけど、エリスの気持ちは変わらない この本がいい ししょーが一番大好きだ


「エリスはこの本がいいです、この本をください」


「と言ってもねぇ、せっかく買うなら読書を楽しんでほしいし 最初はもっと簡単なやつの方が」



頑なに態度を変えないエリスと、その態度にどうしたものかと困り果てるお兄さん…そんな二人の膠着状態を突き破るソレが 横から割り込み入ってくる…


「あああぁぁぁぁぁ!そそそそ それ孤独之魔女伝記ぃぃぃーっ!?、な なんでその本がこんなところにぃ!?、数が少なく市場に滅多に出回らず幻と言われ 数多くの孤独の魔女マニアを泣かせてきた逸品が こんな田舎の古本屋にいるなんて、き 奇跡だわ!、皇都を出て辺境で頑張る私へ神と孤独の魔女様が下さった 奇跡…!」


ふと、耳をつんざくような叫び声が響き渡り、ドタドタと猪のような足音が響き 突っ込んでいるのは黒い いや焦げ茶色の髪をしたメイドさんがギンギラに目を真っ赤にしてエリスの本に掴みかかってくる


「な 何ですか貴方!?大きな声を出して、って君は領主様のところメイドの…」


「はい!クレアです!、というかそんな事はどうだっていいんです!、ねぇ!お嬢ちゃん それ…買うの?」


クレアと名乗る焦げ茶色の髪のメイドさんは、フンスフンスと鼻息を荒げ顔をエリス…いやエリスの持つ本に顔を向け ツンツンと指を指す、それ…ってこの本だよね、さっき孤独の魔女とかこの本の名前言ってたし


「あの、その か 買いたい…です」


「買うの?それはつまりその 買うって事!?好きって事!?」


「ひぇっ!?」


ありえないくらい目をかっ開いて一層近づく顔と増す威圧感に押し潰されそうになる、本が欲しいか…当然 欲しい エリスはししょーの事を知りたいですから、ししょーの事が 魔女レグルス様の事が好きか、考えるまでもないエリスはししょーを尊敬している


「か…買いたいですし…す 好きです」


「好きなの!孤独の魔女レグルス様!?私もよ!私も大好き!」


へ? なんて一言さえあげる暇なく、クレアさんの口は堰を切ったように怒涛の勢いで回転し始める


「いいわよね!いいわよね!!!、分かるわ!分かっちゃうわ!その本最高だよね!魔女レグルス様のかっこいい所がもう表紙からビシビシ伝わってくるし!、一回知っちゃったらもう病みつきになるくらい素敵で麗しくて煌びやかよね!、いやぁその歳で魔女レグルス様の魅力に気づくなんて見所あるわぁ!、好きでいた時間は関係ないってよく言うけれどそれでも早いうちに知って好きで居続けた方が幸せなのは当たり前のことだもんね!私だって出来るなら貴女くらいの時いや赤ん坊?いやいやお母さんのお腹の中で魔女レグルス様の事を知っておきたかったなぁ!まぁでも私は今幸せだから全然いいんだけどさ!それよりも貴女の話よ!その本は今じゃあ殆ど手に入らないくらい貴重な本でかつ魔女レグルス様を知るならこれ以上のものはないと思うの!魔女初心者にも上級者にもオススメできる最高の本よ!あ!でもこれを完全完璧に楽しみたいんだったら一緒に『魔女の歴史』とか『孤独の魔女はどこへ消えたか』とかそういった本も同時に読んでおくと幸せ度倍乗せ!何?持ってない?貸す貸す貸しちゃう私色々持ってるから一緒に魔女レグルス様に夢中になりましょう!、あ!ちょっと待って!息継ぎさせて!」


…な なんなんだこの人、ぐわんぐわんと肩を揺らされ高速で話されたから何いってるか殆ど分かんないけど…好きなのかな、ししょーの事 、でも うん確かにししょーは凄い人だ それはエリスにも分かる


「あの この本 欲しいのですか?」


「まぁ欲しいっちゃ欲しいけど、同好の士から奪うなんて恥知らずな真似したら私は胸を張って魔女レグルス様を好きでいられなくなっちゃうからね、その本を先に見つけたのは貴女!だから貴女が手に入れて楽しみなさい!、大丈夫 面白さは私が保証するわ!」


グッ!と手を握りながらキラーンとキメ顔をするクレアさん


そうか、クレアさん きっと自分も欲しいだろうに 私に譲ってくれるというのだ、なら変に遠慮するのは却って失礼だとエリスは思う


だからここは思い切って買わせてもらおう、クレアさんの分まで楽しむ勢いで…


「あ…ははは、お嬢ちゃんがその本を買う って事で決まりみたいだね、でも大丈夫?古い本とは言えそれなりの本だから高いよ?、確か それは…銀貨30枚くらいしたはず」


「え…」


お金足りない 突然告げられた衝撃の事実に思わず本を取り落としそうになる、銀貨…30枚 エリスが手元に持っているのは10枚…、足りない 買えない…


「エリス…銀貨10枚しか持ってないです」


「何々?どうしたの?お金足りないの?なら足りない分は私が出すわ、これでも貴族の使用人 、そんじょそこらの人よりは貰ってるから はい!」


そう言いながらエリスの持つ銀貨の上にさらに上乗せするクレアさん、決してやすい値段じゃないのはエリスにもなんとなく分かる


「そ そんな!、悪いです!貰えないです!」


「いいわよ、申し訳ないと思う必要なんてないし…そうだ、ならこのお金は魔女レグルス様からのお恵みだと思って ありがたく使っちゃいなさい」


いや、エリスの持ってるお金も魔女レグルス様のお恵みなんだけど、…でも うん、ここまで言われてなおも跳ね返すのはもっと失礼かな、なら…


「こ このお金 この恩、いつかちゃんと返しますから」


「なら、その本の感想 また今度会ったとき聞かせてね?、えっと エリスちゃんだっけ?、私と貴女はもう同志よ!魔女レグルス様を慕う…ね」


ビッシィィッと力強く親指を立て鮮やかに踵を返すクレアさん、最初は変な人かと思ったけど いや実際変な人なんだろうけどさ、それでもエリスの面倒を見てくれたり ししょーのこと好きって言ってくれたり …優しい人でもあるのかもしれないなぁ


このお礼…いつかちゃんとしないといけない そう心に決めながらもらった銀貨を握りしめ、お兄さんに向き直る…



……………………………………………………………………


日が沈み 暖炉が暖かな光と共にパチリと音を放つ静寂の中、ムルク村から戻ってきたレグルスとエリスは ただただ静かにお互い本を読んでいた


「……………………」


「…そんなに 面白いか?エリス」


ムルク村で エリスに買い物をさせ 自主性を育む、この考え自体は良かったと私は思っているのだが、まさか 買ってきたのが私の伝説を描いた本とはな…


いやしかし、最初は『そんなもの買ってくるな!』と私も言いたかったが、ウキウキしながら本を抱きしめるエリスを前にしたら、何も言えなかった…まぁ 好きなのを買えと言ったのは私だけどさぁ、もっとこう ぬいぐるみとかそういうのを買ってくると思っていた


「むー…おお…」


それからずっとこんな調子だ、家に帰ってくるなり黙々と買ってきた本を読み続け私の声も届かないくらい夢中になって読んでいる、私の伝説なんか 面白くもなんともないと思うんだが


「ししょー …ししょーはやっぱり凄い人です」


本を粗方読み終わったのか、ポツリとそのように囁くエリスの目は もうこれ以上ないくらい私への憧憬の念で輝いていた、そうだよな その本に登場する魔女レグルスはさぞ立派に描かれていたのだろうから


でも実際はそんなにカッコいいもんでもないぞ、本だけじゃない…絵画に描かれる魔女レグルスとか 絶世の美人に描かれてたりするから、なんかいつも申し訳ない気持ちになるんだよ


「八千年前 大いなる厄災を前に、果敢に立ち向かい 多くの難敵を打ち倒した…、この本にはそう書いてありますけど、本当ですか!?この斧を持つ魔人と一騎打ちをして倒したって話も 全部本当ですか!?」


「ま まぁ、ある程度は本当だな…というかそんなことまで書いているのか、その本」


正しくは斧を持った魔人 ではなく、斧を使った魔術を得意とする魔術師なのだがな…大いなる厄災の時 私が倒した敵の一人だ、掠っただけで致命傷となる腐食魔術と攻撃範囲を拡大する斬撃飛翔の術 そして圧倒的タフネス…強敵だった


ただ非常に頭が悪かったので、落し穴にはめて上からいろんな魔術浴びせかけて倒したんだ、いや懐かしい 当時はこんな倒し方どうかとも思ったが 、今思えばあれは作戦勝ちと呼べるのではなかろうか



「他にも!争乱の魔女と二人で窮地を脱した話とか!探求の魔女と沢山の術を極めたとか、友愛の魔女と一緒にポーションを普及させたとか!無双の魔女と親友だったとか!全部本当ですか!」


本当だ、全部全部本当だ…懐かしい 全て懐かしい、争乱の魔女と喧嘩してたらなんか敵に囲まれて 喧嘩ついで敵を全滅させたりもした 探求の魔女とイタズラ半分でアホみたいな魔術作ったりもした…友愛の魔女とポーション作って 失敗作売ってたらなんか普及してたし、無双の魔女が私を親友と呼んでいたのもまた事実


他にも色々やった、川の魚 誰が一番取れるかって八人で競争して、川を水源ごと干上がらせたり…腕立て伏せ大会で訳わかんないくらい盛り上がったり、料理対決やって無双が厨房吹っ飛ばしたり…、なんか私たちいつもなんかで競ってたな




……八千年前は 楽しかった、みんなと一緒にバカやって 騒いで、一緒に背中あわせて戦って…


「でもししょー、この本 大いなる厄災でししょーが戦った事は書かれているのに、大いなる厄災が何かは、全然書かれてないんです…作者も何があったかは漠然としないとしか書かれてなくて、…ししょー 大いなる厄災 って なんなんですか?」


「……」


大いなる厄災 それが何か、エリスの言葉を聞いて口が いや心臓の鼓動さえ止まりそうになるのを感じる、言えない 言える訳がない


厄災……それが正しく伝わっていないのは、魔女全員が口を閉じ、その根幹となる事実を隠蔽しているからだ、私も含めて 誰も当時の事は話さないんだ



ただ一つ言えるのは 私たち八人全員、『あの時の選択』を悔いていると言う事だ、私がここで身を隠しながら生きているのだって…あの選択を誤ったから


「大いなる厄災について、お前に教える事は何もない 、第一 八千年も前に終わった出来事を知る必要なんてないだろう」


「え、でもエリスししょーの事をもっと…」


「知る必要がない と言っている、もう夜も遅い 寝る支度を始めなさい」


「……は はい…」


有無を言わさぬ威圧に 何も言えなくなり、本を閉じパタパタと寝巻きに着替え始めるエリス、悪いな だがもうあの時の出来事は思い出したくないんだ、それに 終わった事…もう誰も 、あんな凄惨な地獄を知る必要なんか ないんだ


本と目を閉じ…暫しの無想の後、私も服を脱ぎ 寝巻きを用意する



………………………………………………




『れ レグルスさんまたそんなに傷だらけになって、死んじゃったら私でも治せないんですよぉーっ!』


悪いなスピカ、でもこのくらい傷がないと落ち着かないんだ…私は


『レグルス!テメェ…自己犠牲なんてくだらねぇ事考えてんなら、オレ様がここで二度と変なこと考えられねぇように叩き潰すぞ…おい!聞いてんのか!』


分かってるよ、大きな声を出すな…お前はいつも騒がしいな



『レグルス…分かってるでしょう?、わたくし達八人が力を合わせねば 勝利は難しいんですのよ?、アレの力は絶大極まりない 、このままにすれば いずれこの星を砕くでしょう』


分かってるよ、だから私はここにいる


『レグルスさぁんまたですか?…まぁ別に貴方が一人で敵に突っ込んで傷だらけになろうがどうしようが私に関係ないんですけどそれで迷惑を被る側の身にもなって欲しいというかその顔やめてください私を憐れまないでください死ねェーっ!!!』


お前は相変わらず愉快な奴だな…


『レグルス君…また殺したんだね、いや何も言うまい こんな血生臭い世界になってしまったんだから、…だけどその罪を君独りで被ろうとはしないでくれ、僕達は常に八人一緒 あの時そう誓ったじゃないか、僕達八人の友情は不滅 だろう?』


お前達の優しさが 胸に刺さって痛い、蔑まれ 距離を置かれた方が幾分楽だったよ


『レグルスさん?懺悔や告解ならば幾らでも聞きます、死んだ目で泣かないで…また昔のように笑ってください、』


無理だ、もう笑えない…涙も流れない、いくら血を流しても 、もはや熱の一つさえ 感じないのだから


『レグルス…おお我が無二の親友レグルスよ何故君は一人戦おうとする…君は我が守り 我の背中は君が守る…共に在り友と在れば、我々は負けない …それなのになぜ君は そこまで我を信じられぬ』


信じられないんじゃない、信じるに値しないのさ…私がね…、並び立つ者のいない無双たる君とただ独り在る私…似ているようで、やっぱり本質は違ったのさ





『いやいや…無理さ 無理だろう 無理だね、お前は殺さぬ お前には殺せぬ お前にだけは殺されぬ、この期に及んで足を震わせ迷い惑うお前にはね』


いいや殺すさ、お前は お前だけは私が、だからもう 話しかけてくるな、その声で その顔で…私に語りかけるなッ…!





「ッ!…はぁ はぁ…ッ」


激しく打ち鳴らされる鼓動の騒がしさに 微睡みを破られ、思わず上体を上げる…、額にはじっとりと脂汗が滲んでおり、乱れた呼吸がいつまで経っても治らない、最悪の気分だ…、エリスが 昔の話をしたせいだろう…それでこんな夢を


「悪夢に魘され 起きるとは、何年ぶりだろうか」


窓から差し込む月明かりを見て、気持ちの良い目覚めではなかったことを悟る…、悪夢 と言うよりはさっきの夢は八千年前の厄災の時の記憶だ、人々は私達八人が大いなる力で厄災を払ったと伝えているが…実際はもっと血生臭かった


大勢殺し 大勢殺され、壊し 壊され続けた、世界を救い元の姿に戻す為と言い訳をしながら私自身それはもう 数えられないくらいの人間を手にかけたし、その時の感覚を思い出しては吐き 嗚咽し頭を抱える日もあった


「エリス…キミは 厄災の真相を知ったら、私を蔑むかい?」


私の腕の中で穏やかに眠るエリスの髪を撫でる、不老の魔術の影響で子供を作れぬ私の元へ現れた 小さな奇跡のような命 …我が教え子よ


キミの望み通り あの日在った地獄を正直に話したら どんな顔をする?、我々魔女の真実を打ち明けたら キミはここを離れるかい?…、厄災を引き起こしたのが、私自身だと 告白したら…キミは…



「はぁ、私は エリスに余計なものを背負わせてしまうかもしれないな…、この子の背中には 余る程、大きな物を…」


冴えてしまった頭とこのベタベタの脂汗では、もはや寝付けぬと諦めて エリスを起こさないようにベッドから這い出る、未だ激しく脈打つこの鼓動も夜風に当たって月でも見れば 幾分落ち着くだろう


スヤスヤと可愛らしく寝息を立てるエリスの隣を抜き足差し足で移動し外へ出る、もし起きた時私が隣にいなければ …エリスがどんな反応をするかは何となくわかる、彼女が起きる前に すぐに帰ろう




扉をそっと閉め、外へ出れば…ざわざわと静かに歌う夜の木々と共に、撫でるように首元を冷やす涼しげな夜風、もう季節も冬に近づいていることもあり 若干寒いが…火照り切った今の私には丁度いい


「月と星は 何年経っても変わらないな、ふむ 月と私 一体どちらが先にくたばるんだろうな…」


大きく仰ぐように息を吸えば、見えるのは満開の星々と中心に輝く宝石の如き 月光、幼い頃から 嫌なことがあれば ずっと月を見てきた、この八千年間も 自己嫌悪に押しつぶされそうになる都度 星を見てきた…、嫌なことがある都度 空へ想いを馳せる…きっと変わらないのは星空だけでなく 私自身もなのだろう


「む?、こんな夜更けに 気配がする…」


ふと、感じ慣れない魔力の気配を察知し眉をひそめる、と言っても気配はアニクス山の向こう側の大体麓くらいで結構距離がある、普段なら山の向こうの気配など気にも止めないが…なんだか気配の数が妙に多い気がする


村の人間は山の恐ろしさをよく理解しているから、この山には近づかない つまり余所者だ…また王国の探検団が無謀な冒険にでも来たか?、この山を越えたって 特に何があるわけでもなし、あるのは孤独の魔女の小さな居宅くらいだ


「仕方なし、遭難されても面倒だ…変に登らないよう追い返すか」


エリスを置いていくのは忍びないが、まぁ そんなすぐには起きないだろうし、ちゃちゃっと行って終わらせるか


音を立てないよう静かに魔術を用いて跳躍する、エリスをおぶっていない分 無茶な動きができる為、即座に森を超え 激しい山肌を超え 吹雪荒ぶ頂上をくるりと一回転し飛び越え、滑るように山を下る…下り下り 下り続けていると山の中腹あたりに焚き火の煙が目に入る


「焚き火の煙の規模や数からして、結構な人数がいそうだな…」


もくもくと夜空に紛れるような黒い煙が 山の中腹に存在する森の中から溢れてきている、山火事じゃないことを祈るが


しかし、さっき頂上を通って思い出したんだか…今山の頂上は吹雪が吹き荒れている 冬だからだ、冬の季節は アニクス山の吹雪や積雪が酷く登るのには適していない、そんな事 理解してない探検団が一体どこにいるんだ?


もしかしたら あの焚き火…探検団なんて可愛らしいものじゃないのかもしれんな


「ここか…というか、こんな森の中で焚き火をいくつも焚くな 山火事になったらえらい事だぞ」


そう思考している間に、焚き火のある場所へと降り立つ…山の中腹とはいえまだまだ木々も鬱蒼と生えており月明かりを遮るこの場所は なんとも見通しが悪く、闇の中 ほんのりと焚き火が放つ光以外 何も見えん


「…あれ?誰もいない?」


森の中には焚き火がいくつか置いてあるが、肝心の人間の姿がない…いや 焚き火の周囲の様子を見れば、つい先程まで人間がいたことが何となくだか伝わってくる、見通しが悪くても周りに人間がいないことくらいは分かる …一体どこへ


「…ん?」


気になって焚き火の周りを調べようとした瞬間、我がこめかみ目掛け一条の鈍い光芒が、空気を裂きながら放たれる


「んっと、なんだこれは…矢か?、人の頭目掛けてぶっ放しておいて間違って撃ってしまいました…は通用せんぞ」


寸前で矢を握り、受け止める…魔術ではなく鋭く研がれた鉄の矢だ、殺す気満々なのが刃先から伝わってくる、木の材質鉄の練度 …かなり上質な矢だが まぁ 普通の人間ならともかく魔女を殺すには些か威力が足りん 受け止めずとも良かったが、こうやって止めた方が格好もつくだろう


「テメェ、いきなり現れて …何もんだ」


闇の中からぬるりと現れたのは 無精髭を生やし狼の毛皮を着込み特徴的なエンブレムを首から下げた…、っていや山賊だな この感じ、猟師にしては人血の匂いが濃すぎる 一人二人 殺した程度じゃあこの匂いは出ん


「気が合うね、ちょうど私も同じ事を聞こうかと思っていたんだ…、ていうかそれは矢を撃つ前に聞くもんじゃないかね?」


「へっ、名乗れねぇから殺そうとしてんだよ…それに、結局んとこ 死んでもらうことに変わりもねぇからよ」


そりゃあそうだ、大手を振って名乗れる人間のすることじゃないよな、男は再び 矢を弓につがえ キリキリと音を立て弦を引きしぼる、ここは穏便に事を なんて言葉は一欠片も出ないらしい


やる気か…


「腕に多少 覚えがあるようだが、こんな夜更けに森を出歩くなんざ バカな奴だねぇ…こういう人気のない所は、悪人の巣窟って相場で決まってんだろうが!やっちまえ野郎共!」


男のお手本のような掛け声と共に、闇に潜んでいた他の山賊達が姿を現わす、数は凡そ…うーん 二十人はいよう大所帯…手には全員、男と同じ弓を持っており…、全員 鉄の弓とは随分武装の質が高い山賊達だな


「いけェーッ!殺せ殺せ!」


「串刺しにしちまえ!、オレ達を見られたからには生かしておけねぇ!」


「勿体ねぇ、特上の美人だってのによ!運がねぇこった!」


なんて 考えていると次々と雨のように矢が打ち込まれる、私をぐるりと囲んで矢を打てば 仲間に当たるリスクもあるが、この山賊団 どうやら森での戦闘にかなり慣れているらしく誤射しないよう 対角線に仲間がいる際は片方が木に隠れるようにして交互に撃っている

かなりの練度だ、王国の騎士団でさえ森の中でこいつらに囲まれれば命はないだろう



まぁ、どれだけ高めようと鉄の矢はどこまでいっても鉄の矢 通じないものは通じない、まとわりつく羽虫でも落とすかのように 手先で当たりそうな矢だけ適当にはたき落す、高々鉄の刃程度じゃあ魔女の柔肌には傷一つつけられんよ


「なっ!?マジかよ 全部素手ではたき落としてるぜあの女!?」


「おい!、アルクカースから仕入れた特上の弓じゃねぇのかよ!なんで素手で防がれんだよ!偽物つかまされたんじゃ…」


喧々囂々…矢が空を劈く音に紛れて男達の言い争う声が聞こえる、なるほどこの矢 軍事国家アルクカースの品か、あそこは年がら年中戦争してるから武器の質だけは高いんだ…私には関係ないが


「くそっ、なんだこの女…聞いてねぇぞこんなのがいるなんて!、そ そうだ!鏃に毒を塗れ!そうすりゃあの女だって」


「もう塗ってるよ!!、傷がつかねぇから毒も回らねぇんだ畜生!」


何者か知らんが、問答無用で暴力を振るうような悪漢を放置しては魔女の名も泣く…軽く捻って追い返すとしよう


「ふぅ…轟く雷 はたたく稲妻、荒れて乱れ 怒りて狂う天の叫びを代弁せしその光を以って、全てを焼き尽し 無碍光と共に寂静を齎せ 『雷霆鳴弦 方円陣』


軽く息を吐き 詠唱を紡ぐ、歌うように流れるように 何千何万と繰り返した詠唱だ 例え目の前の攻撃を捌きながらでも 間違えることは決してない、内に秘める魔力が隆起し爛然とした雷光の鏃となり、荒れ狂うように四方へ八方へ射ち放たれ蜘蛛の子散らすように逃げる山賊達の背中へと追い縋る


「ちょっ!?なんだよあの魔術 見た事ねぇ!?というかなんなんだよあの長ったらしいえいしょ…ギャッ!?」


山賊達が撃つ 十や二十の矢の雨など 可愛らしく見える程の雷の矢による弾幕は、山賊達の身を隠す闇を打ち払い 木を伝い、的確に無粋者だけ穿ち 内側から焼き焦がす


「ああ、何度聞いても悲鳴というのは慣れないな…もっと静かな魔術にすればよかった」


私に向け 矢をつがえていた山賊達は一人残らずその身を雷鳴に巻かれ、振り絞らんばかりの絶叫をあげ転げ回る…、命を取ろうとする者にまで優しくしてやる義理はないが あんな夢を見た後だと 、男達の悲鳴で ちょっと嫌な思い出を想起させる


「がはっ……」


最後の一人が気絶したところで、我が雷は消え去り 後には黒煙を上げて気絶する山賊達だけが取り残される、当然ながら殺してない 意識を奪うギリギリの電流で気絶させた…殺しては尚のこと後味も悪いしな、こいつらは全員まとめて領主館に引き渡す


「とは言え、このままじゃそのうち眼が覚めるだろうしな…、拘束しておくのが吉か、ふぅ意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』」


軽い詠唱と共に地面を いや影を引っ叩けば、ヌルヌルと蛇のような黒い鎖が這い出て、気絶し転がる山賊達を巻き取っていく、こいつに任せておけば 適当に纏めて捕まえておいてくれるだろう


それよりも、気になることが一つある… さっき号令を出してた、山賊達のリーダーに当たるであろう男が胸に下げていたエンブレムだ、こちらを攻撃している際チラチラ見えててとても気になったんだがこれは…


「狼のエンブレムか…」


狼のシルエットを象った鉄のエンブレム、これは所謂願掛けに使われるお守りのようなもので魔術的意味合いは何も持たない物、まぁ こういう危ない仕事をしている者 例えば猟師や冒険者 兵士や山賊といった面々は この手の物を身につけていたりすることは多い、かくいう私も若い頃はこういうエンブレムをつけて森で狩りをしていたものだ


しかし、いや故に気になるのがこの狼 というチョイス これは不自然極まる物だ


エンブレムの中に描かれる動物により効果が違うとされており 兎なら繁栄 鳥なら幸運 魚なら食事に困らない 的な感じでな、それで その中でも狼は最も不吉と言われており…確か意味するのは 虐殺とか破滅とか…良い意味ではない


「気取ってつけるには 不気味さが勝つ代物だろうに、こんな物身につけるから 私なんかと鉢合わせするんだ 没収!」


首から下げているエンブレムを引きちぎり握り潰す、それとも 最近の若い奴の間では こういう嫌な趣味が流行っているのか?、だとしたらエリスには見せられんな 教育に悪すぎる


あのいい子のエリスが不良になってしまったら私は泣いてしまうかもしれない


「さて、全員捕縛も終わったようだし 領主館に引き渡しに行くか、エドヴィンなら憲兵へのツテもあろう」


黒鎖により纏めて簀巻きにされた山賊達を引っ張り山を下る、こいつらがこんな僻地で何をしていたか なんて詳しい話は私が聞くより憲兵が聞いた方が良いだろう…あ そうだ、引き渡す前に私に出会った記憶を消しておかないと、私がどういう魔術を使って とか詳しい情報が出回ると面倒だしな


でも忘却魔術 加減を間違えると息の仕方まで忘れるから、使うの怖いんだよなぁ




その後 山賊の簀巻きを抱えたまま山を降り、領主館の扉を叩きエドヴィンに山賊達の後始末をお願いしておいた、まぁ いの一番に転がるように現れたクレアに『何時だと思ってるんですか!こんな真夜中に山賊なんて捕まえないでください!』と怒鳴られた 、というかあいつ 寝ていた様子がなかったが、こんな夜中まで起きて何やってたんだ


兎も角 山賊を引き渡し帰路に着く頃にはもう既に太陽が顔を覗かせていた、…睡眠を行わずとも万全に動ける魔術とかもあるから別に寝れなかったのは構わない、何がマズいってこの時間 そろそろエリスが起きる時間なんだ、あいつはかなり早起きだからこんな早朝でも平気で起きている筈だ


「ってやばいやばい、本当にすぐ終わらせるつもりだったのに、まさか山賊なんて誰も思わないじゃないか!」


このアニクス山で山賊なんてかれこれ4000年は見ていないんだ、まさかとは思うまいよ!あのまま放置するわけにもいかないし 村の真っ只中で魔術使って高速移動するわけにもいかないし…というわけで、もう未だ嘗てないくらいの勢いで走り山を駆けずり回っている、頼むエリス…!今日だけなんかこう…奇跡が起きて まだ寝ててくれ…!









「あ ゙ぁぁぁあぁあああ!じぃぃじょぉぉおおおお!びぇぇぇえぇえええん!!」


「ダメだったか…」


急いで家の前まで戻って来れば、外からでも分かるぐらい泣き噦るエリスの声が聞こえる、そーっと窓から中を伺えば ベッドの上で毛布に包まりながら私の温もりを探しわんわん泣いてるエリスが見える、朝起きたら居なくなってたんだ、そりゃあびっくりするよなぁ


「じじょぉぉぉぉぉ!、エリズをっ!エリスを捨てないでくださいぃぃぃぃぃ!」


あまりに気が動転しているのか、私の本を抱えバタバタと家中を走り回り始めた…いや私を探しているのか、ぐっ…そうだ よく出来た子とは言えまだ幼子 一人にしたら不安にもなる


慌ててドアを開け安心させようと声をかけると…


「す …すまんエリス、ちょっと出かけてい…」


「じじょーっっっ!」


「もがっ!?」


私を目に入れるなりとんでもないスピードと跳躍で私の胸まですっ飛んでくる、それから『捨てないでください』とか『何処かへ行くならエリスも』とか、びえびえ泣くエリスを落ち着かせるのに1時間近くかかり 、朝ごはんをエリスを膝の上に乗せたまま食べる事でなんとか許してもらえた…


その後、エリスは今日一日 修行の間ぴったりと私のそばを離れる事はなかった…、別にいなくなったりしないと言い訳しても 、こんな短い期間に二回も孤独を味わったエリスは 聞く耳を持たないのだった

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