第2話孤独の魔女と修行生活



「ししょー!おきてください!、もうあさです!おきてください!」


「うぅ…エリスか?」


微睡む私の体をユサユサと揺らし、この至高の惰眠から強制的に叩き起こされる…、不老の術を得て 老いることなく悠久を生きるこの私が 久しく感じる…朝の倦怠感 眠い


朝って、まだ霧もかかるような早朝じゃないか…私は頭の上に太陽が来るまで寝る生活を八千年間続けてきたんだ…が、くそっ弟子の前で格好悪いところは見せられん


「ああ、わかった 起きるよ…エリス…」


「レグルスししょー!」


私が この元奴隷の少女 エリスを弟子にとってより そろそろ七日の時が経とうとしていた


「……エリス、おはよう」


「はい!ししょー」



天涯孤独 そして奴隷故 まともな教育さえ受けてこれなかったこの小さな少女を生かした責任を取る為に 生きていてよかったと思えるようにする為に、この子を弟子にとったわけなのだが…


「ししょー、ごはん出来てます コーヒーもいれました、あ かみときます!」


「ああ、ありがとう いや髪はいいよ、自分でやる」


結論から言うとエリスは非常に勤勉だった、私の弟子として修業する傍ら ものぐさな私に代わって家事をしてくれている、お陰でゴミと埃に塗れていた我が家はあっという間に綺麗になった


本人曰く、奴隷として使われているときはもっと辛い仕事を一日中させられていたからこのくらいなんでもないようだが


「しかしこれじゃあ、奴隷として使われているのと変わらんだろう もう少し休んでも良いぞ」


「大丈夫です、ししょーにたすけていただいてるので、おれいのつもりです」


「…そうか」


だからってハイそうですがよろしくね、と全部任せるほど私も人でなしではない 午後の仕事は全部私がやってるから…まぁ半々?


そんな会話をしながらテーブルにつくと、既にホカホカに温められた豆スープとパンが置かれていた エリスが先んじて用意したものだ、私の分とエリスの分を…


これ…最初の方は私の分だけ用意してエリス自身は何も食べようとしない なんて一悶着があったんだが、進歩したものだ…ああ あと進歩と言うか変化というか、変わった部分がもう一つある


「ししょー、豆のスープ ホカホカです、エリス あたたかい食べものだいすきです」


「そりゃあ良かったよ…」


この子…どうやら エリス という名前をもらったのが余程嬉しかったのか、自分の事を『エリス』と呼ぶようになったことか、エリスはエリスは とここまで気に入ってもらえると、名付けの親として少し誇らしいものだ



「それじゃあいただくよ、エリス」


「はい、レグルスししょー エリスもいただきます…はむっ、むぎゅむぎゅおいしいです おいしいです 」


安いパンと即席の豆スープを口いっぱいに頬張りながら、美味しい美味しいと微笑むエリスを見ていると 私までこれが美味しく感じてくるのだから不思議だ、どうやら かつての食生活は悲惨なものだったらしく 柔らかく味がするものが食べられるだけで幸せらしい


「おいしいですね、ししょー」


「ああ、美味しいな…」


こうやって語り合いながら食卓を囲むなんて…いつ以来か、誰かとの食事とは こんなに楽しいものだったか と最近思い出したよ、しかし私はこうも無愛想だ エリスに話してやれる話の種など持ち合わせていない


「エリス、これを食べ終わったら 文字の読み書きの勉強だ、今日は地図も読む」


だから自然と会話は事務的なものになりやすい、ああ 面倒をみるといいながらなんだこの体たらくは…


「はい ししょー、エリス がんばります!」


「………」


それでもエリスは私に声をかけられたのが嬉しいのかニパニパ笑っている、健気な奴め…だがこの子が表情をコロコロと変えるのを見て 楽しんでいる自分が、いるような気がする


今日は文字の読み書きだ、これも立派な修行と言える この子は奴隷ゆえに一般教養さえ欠く程に何も知らない子だ。スプーンの持ち方から通貨の価値さえも、だから魔術を教える前に一般的なことを教えて やらねば話にならない


「ちず ってせかいのことが 書いてあるのですよね、たのしみです」


「ああ、目が回るほど色々なことが書かれている、覚えておいて損はない」


今エリスはスタートラインにすら立っていない…言ってみれば何もない無どころから負からのスタート、だが さっきも言ったがエリスは勤勉かつ非常に物覚えが良い、私が言った事を熱心に聞き 分からないことがあれば質問し、翌日までにはちゃんと理解してくる、そのおかげもあり まだ読み書きを始めて七日しかたっていないにも関わらず 簡単な音読と書き込み程度なら出来るようなっていた


本当に 出来の良い子だ、このような子が奴隷として飼い潰されていたかと思うと、流石の私もゾッとする


いや、しかしエリスは 私のことをどう思っているんだろう、無愛想で一緒に遊んでやることもせずただただ勉強を教える私は 煩わしい存在に見られているのではなかろうか、私は真にエリスを幸せにしてやれるんだろうか


ああ 他人の視線が気になってしょうがない。昔からの悪い癖だが八千年来のものゆえ今更直せん


私は怖い師匠と思われていないだろうか…


…………………………………………



エリスのししょーは、すごい人です!



あの日、崖から落ちて 死にかけていたエリスのけがをなおし ひろってくれた命のおんじん、なまえはレグルスししょー、どうやらこの人は 魔女 とよばれるすごい人みたいで、エリスはこの人に でしいり して、いちにんまえになれるようしゅぎょう中だ


「ししょー!おきてください!もうあさです おきてください!」


「うぅ…エリスか?」


レグルスししょーは、エリスに エリスってなまえもくれた、エリスはもう『おまえ』でも『ごみ』でもない、ししょーがくれたエリスという なまえ 、エリスはだいすきだ


「……エリス、おはよう」


「はい!ししょー!」


…ししょーはなんでも知ってて なんでも出来て ただちょっとだらしないところがあるけれど、けどそれもきっとわたしがきんちょー しないよう、わざとやってるんだと思う



「ししょー、ご飯出来てます コーヒーもいれました、あ かみときます!」


「ああ、ありがとう いや髪はいいよ、自分でやる」



エリスは ししょーの声も髪もだいすきだ、やさしい声で エリス と呼んでもらえると嬉しくてついにやけてしまう


「しかし、これじゃあ、奴隷として使われているのと変わらんだろう もう少し休んでも良いぞエリス」


「大丈夫です、ししょーにたすけていただいてるので、おれいのつもりです」


「…そうか」


ししょーいつもしずかで しゃべらないけれど、ししょーは いつもエリスを気にしてくれているのをかんじる、いつも どなって怒っていたごしゅじんさまとはぜんぜん違う



「…それじゃあいただくよ エリス?」


そう言うとししょーはエリスの作った豆のスープをしずかに飲み始めた、スプーンを使って 音を立てずに キレイな食べ方だ…エリスもマネしてスプーンを使うけれど、上手くいかない いつもは手で…ごしゅじんさまを怒らせないようあわてて食べてたから、ちょっとなれない


でも、ししょーは怒らない。なぐらないし けらないし 気にいらないからと、あつい水もつめたい水もかけてこない、首輪もしないしごはんだって食べさせてくれるし、なによりいろいろな事をおしえてくれる


スプーンのつかい方 字のよみ方、いろいろ やさしく ゆっくりおしえてくれる


「おいしいですね、ししょー」


「……ああ、美味しいな」


やさしい ししょーに ほめられると、エリスはとびあがりそうになるくらいうれしくなる、最初にししょーにたべさせてもらった 豆のスープが、あんまりにもおいしかったから マネしてつくったんだ、上手くいって よかった、むへへ



「エリス?これを食べ終わったら 文字の読み書きの勉強だ、今日は地図も読む」


ししょーがこちら見ずにそれだけ伝える、ししょーが だまってエリスのことを考えてくれていた、そのことを思うとしぜんと口がにやけてきてしまう


「はいししょー、エリス がんばります!」


「…フッ……」


エリスの変な顔を見てか、ししょーの顔が少しだけ ほぐれる…かっこよくて すごいししょーだけど、エリスはこうした ししょーのやさしい顔もだいすきだ


「ちずってせかいのことが書いてあるのですよね、楽しみです」


「ああ、目が回るほど色々なことが書かれている、覚えておいて損はない」


わたしは ししょーがおしえてくれるべんきょうがだいすきだ、ししょーがおしえてくれる物ぜんぶ、ごしゅじんさまの館にいては 一生わからなかったものばかりで、いろんなものが新しくて 毎日がキラキラしてる


エリスに…わたしに…こんな幸せな日がやってくるなんて 思ってもみなかった、これもししょーに出会えたおかげだ


わたしは、ししょーが だいすきだ




………………………………………………





「さて、エリス これがディオスクロア大陸間地図…、私達の住まう世界だ」


食器を一通り片付け、空いたテーブルの上に 地図を広げる、文字の読み書きや算術もいいが このディオスクロア文明圏という世界を生きていくならば、国 ひいては魔女のことを知らねば絶対に生きていけない… 絶対にな


「これがちず…ですか、二つ おおきな島がかいてありますね」


初めて見る地図に目を輝かせ、テーブルに乗り上げ端から端まで凝視するエリス


「ああ、この二つの大きな島を…大陸と呼ぶ、この右側の一回り大きい島を『カストリア大陸』、小さい方を『ポルデューク大陸』、私たちが住んでいるのは こちらの大陸 カストリア大陸の方だ」


「かすとりあ こっちが…ぽるでゅーく、たいりく…」


「そうだ」


東西に分かれた巨双大陸 カストリア大陸とポルデューク大陸、この世界において陸地の七割を有すると言われる巨大な大陸であり、二つの大陸を魔女達が分割統治している事から 二大魔女大陸 なんて呼ばれ方もする地だ


「…このちずには かいてないですけど、他にたいりくはないんですか?」


「いい質問だな、この二つの大陸以外の大陸は あるにはあるが、栄えていない上に人口も少ない、土地も ポルデュークの半分もない小さなものばかりで…、あーー…まぁ今は気にしなくとも良い、非常に遠い上に貿易もしていないからな」


「なるほど、わかりました エリスがもっとかしこくなってから、またおしえてください」


この子は…年齢の割に鋭い所を突いてくるな、一応 カストリアとポルデューク以外の大陸もあるが、大いなる厄災に際し 人類は滅亡しかけた、その時魔女の庇護 加護を受けることができたのはこの二つの大陸だけなのだ…魔女の加護が全くない状態での繁栄は難しい


私も実は一千年前だか二千年前だかに散歩に赴いたことはあったが、まぁ いいところだったが栄えてはいなかった


「ああ、…そしてエリス、今回お前に覚えて欲しいのは 七つの魔女大国についてだ…、今は理解できずとも良い 一先ず覚えておけ」


「まじょたいこく?」


「ああ…魔女大国とはな…」




魔女大国… 古の伝説に語られる私以外の七人の魔女が 滅びかけた世界を元の形に戻す為、世界を7つに分け 分割して統治した、それが八千年という長い時を経て国となり、国王の上に魔女が君臨し その国の全てを各々の魔女が取り仕切る、その様から付いた名前が魔女大国



カストリア大陸には四つ ポルデューク大陸には三つ存在する、勿論魔女大国以外の国も大陸内には存在するが、魔女の加護なしでの繁栄など微々たる物 非魔女国の面々は皆 魔女の影響に怯えながら日々細々とやっているらしい


カストリア大陸には…


友愛の魔女が魔術導皇と共同統治を行う『魔術導国アジメク』


争乱の魔女が大元帥として国と軍事の全てを握る『軍事大国アルクカース』


栄光の魔女が同盟議長を務める世界一の商業大国『デルセクト国家同盟群』


探求の魔女が代表として国のあり方を決める『学術国家コルスコルピ』


他 非魔女国家が56ほど



ポルデューク大陸には


閃光の魔女が総騎士長として国王と肩を並べる『美しき国エトワール』


夢見の魔女がテシュタル教の教皇として支配する『教国オライオン』


無双の魔女が自ら大皇帝として君臨する最強最大の国『アガスティヤ帝国』


他 非魔女国家が34ほどだ



「うう?、なまえがいっぱい出てきました、覚えるのがのがたいへんです…けど、エリスがんばります」


「いいさ、この世界には魔女大国が七つ存在する。七つの魔女大国はただならぬ影響力を持つ ということを覚えておけば良い、名前はこの世界で生きていれば嫌でも覚えるさ」


私の説明を受け、クラクラと頭を回すエリスの頭を撫でてやる、この子は生半に覚えがいい為 名前が頭の中で飛び交っているんだろう、だがこの世界を生きるならば 多かれ少なかれ魔女と魔女大国からの影響を受けるし それからは逃げられない、今のうちに慣れておく必要があるだろう


「でもししょー、まじょたいこく…魔女大国…?、ししょーも魔女ですよね…ししょーは国を持ってないんですか、それともこの森が ししょーの国ですか?」


「いや、私は色々あって 国の統治はしてないんだ この森もアジメクの一部でな 、…私には 英雄ヅラして衆生を導くなんて、資格はないから…」


だって私は大いなる厄災の…………いや、今は関係ないか


ふと、エリスを見てみると テーブルの上の地図に張り付き、何かをじっと見ている…いや 何かを探しているのか?


「エリス?、どうした?そんなに張り付いて…何か気になるところでもあったかい?」


「……むむ、アジメクって このおっきな国ですよね、ししょーの森を探しているんです」


ほう、地図を読んで アジメクの場所を見つけたか…相変わらず柔軟な子だ、そうか やはり自分が今どこにいるのか知りたいのか…そうだな


「私の家がある星惑いの森はここだ、ほら アジメクの端の西方一帯が 緑で塗りつぶされているだろう?」


「ほんとうです、…でもししょーの家と かいてないです」


地図の一角を指差してやれば、そう 寂しそうにエリスが呟く、いや当たり前だろう そもそも星惑いの森は未だ開拓されぬ未開の地、名前があるだけの場所なのだから…



「そりゃあ、ここに私が住んでいること誰も知らんからな」


「なるほど…このちずって、なんでもかいてあるわけでは ないんですね」


「そうだ地図を見て 世界の全てを知った気になってはいけない、人に聞いて 分かった気になるのもよくない、結局のところ…理解するには自分の目と頭で 感じるしかないんだよ、本や地図はあくまで ヒントでしかないんだから」


ボーッと眺めるエリスの頭に軽く手を置き、地図を片付け始める、今 教えたいことは教えられた…詳しい地理やら国やらはこの子がもう少し大きくなってからにしよう


「んっ…、ししょー…」


「さて、地図での勉強は一旦終わりだ…次は いつものように読み書きの勉強に移るぞ」


「はい、あ エリスも用意するの手つだいます」


テーブルの上に並べられている地図を片していると、脇でエリスが ボロ紙の束を持って寄ってくる、あれは私が文字の読み書きの為に渡した紙か、紙にはディオスクロア文明圏の文字が書かれており…文字を見て どう読むかを理解する為に渡したものだ


だが、今日 エリスは私の前で地図の文字を読んでアジメクの場所を指差してみせた、今日はちょっと別のことをさせてみるか


「エリス、今日はその紙ではなく こちらの本を読んでみようか…」


「ほんですか?」


そう言って本棚から引き出すのは、挿絵が多く書き込まれた子供向けの御伽噺 書かれている言葉も難しいものはないはずだ、字が読めるのと字が理解できるのは 別の話


幸い我が家には一千年級の趣味で集めた本が山とある、ならこれを利用しない手はないだろう


「ああ、この本を読んで言葉の意味を理解するんだ、取り敢えず自分で読んで見て分からないところは私に聞いて…エリス?どうした?」


「え…あの…なにも」


「……なにも?」


私がエリスに本を一冊、手渡そうと本を近づけた所、その小さな体がカチコチに固まる…なんだこの反応は、初めてみる反応だ 少なくとも何にもありません ってことはないだろ、そう言外に語るように見つめていると 観念したのか、エリスの方から口を開く


「…あの、むかし ごしゅじんさまのほんを、さわって よごしてしまった事があって、すごく すごくおこられてしまって、それで ちょっと、ほんを持つのは ちょっとだけ 怖いです、で でもエリスは が…がんばります」


なるほど、以前の主人との生活がここまで影を落としていたか、まぁそうだな 嫌悪感 恐怖感というものはそう簡単には消えんし割り切れん、それが生まれながらに理不尽に刻み付けられたものならば尚更な


というか、この子 私が想像しているよりも悪辣な扱いを受けていたのではないか?、まぁ 今私がエリスのかつての扱いを考えたとて、解決することは出来ない、私にできることは一つ、その恐怖を 可能な限り和らげてやること…なら


「エリス…、こちらに来なさい」


「ししょー?」


「本が怖いならば 私と一緒に読もう、怖い思い出は 私と一緒に忘れてしまおう」


椅子に座り、私の膝に エリスを乗せる 一人で本を触るのが怖いというのなら、私も付き合うまでさ それでも怖いというのなら無理強いさせるつもりはなかったが、どうやらエリスも体の力は抜けたようで 少々嬉しそうに体を揺らしている


「どうだろうか、エリス まだ怖いか?」


「もうこわくありません、ししょーがいっしょなので!」


膝の上に乗せ、エリスを抱きしめながら 本を開けば ビッシリと詰まった文字の羅列を興味深そうにじっくり見つめるエリス


「ししょー、これ なんのほんですか?」


「これはな、魔女の昔の活躍を描いた御伽噺だ」


表紙に書かれているのは『ゆうあいのまじょのぼうけん』、つまり八人の魔女の一人 友愛の魔女の活躍を描いた本だ、むかしチラッと読んだ事があるが…


まぁ脚色がひどい。まるで友愛の魔女が 我々八人のリーダーみたいに勇ましく書かれていた…あいつは気が弱く優しく甘ったるくて 怪我人を見る都度『可哀想だよぅ助けようよぅ』と涙ながらに我々の服の裾を引っ張っていたものだ


「魔女!ししょーも出てきますか!?」


「いや、私はちょっとしか出てこない」


「そんなぁ…」


一応、八千年前の戦いの一部をモチーフにしているから、私も一応登場するが、友愛の魔女の行いにちょこっと文句言って それ以降セリフがない…というか いつのまにか消えてるし…、別にいいけどさ 本にして欲しくて戦ったわけじゃないけどさ、もうちょっと敬って欲しいな


「エリスはししょーがいっぱい出てくる本がいいです…」


ない 残念ながら、いやこの世にはあるにはあるんだが…私の書斎にはない。いや確かに敬っては欲しいが本にして欲しいわけじゃない というのは本当にワガママな話だが…


でも想像してほしい 自分が適当にやった行いが後世では歴史家や研究者が


『実はこうだったんじゃないか』『この時の行動にはこういう意図があったんじゃないか』


とかバカ真面目に考察されるの…恥ずかしいんだぞ、凄く!


無いわ!意図とか、人間全部の行動に意味や意図があると思ったら大間違いだ。ただなんとなーく散歩しただけで『仲間に内緒で斥候してた説』『実は敵と繋がってた説』とかもう…


一応その手の本は買って読みはするが、すぐに恥ずかしくなって燃やしてしまうので 家にはありません


「まぁ、いいじゃないか 本を読むというのはとても楽しい事。さ 一緒に読もうか、エリス」


「はいししょー」


ニッコリ笑顔でいい返事だ、軽く頭を撫でて…本を開き読み聞かせる、時にはエリスに読ませ、読めないところは私が教え、時折エリスの質問が挟まり…エリスが微笑みエリスが笑い 、いつしか物語を純粋に楽しみ…怯えて引っ込ませてた、その小さな手も 気がつけば私と一緒に本を握って目を輝かせていた……








「ししょー、ほんって おもしろいですね」


「だろう、本とは自分の目では見ることが出来ない 他人の視点という名の別世界を、垣間見ることが出来る窓のような物、全てが新鮮で 全てが新しい…この本一冊一冊にそんな世界が広がっていると思うとワクワクするだろう」


私もいつしかエリスと一緒になって笑い 楽しんでいたようだ、こんなに笑って本を読むのは久しぶりだ


「ししょー、次のページを見せてください 」


「いやダメだ、今日はここまでだ…外も暗くなってきた、完全に陽が沈む前に 夕食を食べて、床についてしまおう」


ふと外を見れば、いつのまにか太陽が山の方へと沈んでいるのが見える、もうこんな時間か、エリスが次のページ次のページと囃し立てるせいで私も楽しくなって つい一日中読み耽ってしまった…まぁこんな日があってもいいか


ここらは山に囲まれてるから陽が沈むと本当に暗くなる、何をするにもランタンが手放せない程に そうなる前に、とっとと夕食を食べ寝るに限る


「はいししょー、でしたら エリスがごはんのじゅんびを…」


「夜くらいは私に支度させなさい」


と言いつつも、豆を塩で炒るくらいしかすることはないのだが…それでもあの硬い豆を生で食うよりはマシだろう


本をエリスに任せて食糧庫から豆とパンを取り出し調理にかかる、しかし豆もパンもあんなにあったのに もうほとんど残っていないな、これは近いうちに買い足しに行かないと…

それはそれとしてキッチンにて豆に油と塩をふりかけながら 一緒にフライパンで軽く熱して食卓に並べる


はっきり言おう、料理 と呼べるかも怪しい簡単な調理だ、少々の豆と塩の味しかしない こんなそれをスプーンですくい…


「おいしいです、さすがししょーです」


「いや、私は何も…」


美味しい美味しいと満面の笑みで食べられると 私料理が上手いんじゃないかと本当に錯覚してしまいそうだ、というか 私やっぱり料理上手なのでは?、でもこの豆 どう考えても味が薄いんだが


「んむぅ、おいしかったですししょー」


「ならよかった…うん、よかった」


そんなこんなでご飯を食べ終わる頃にはエリスも疲れたのか、うつらうつらと目を擦り初めて来た、私一人なら 夜は気力がなくなるまで読書タイムなのだがエリスが一緒ではそうも行かん、エリスが寝落ちする前に 急いで食器を片付け洗い終えて…


「んふぁ、ししょぉ…ねむいです」


「分かっている、少し待て」


若干蒸らし 濡らしたタオルでエリスの体を拭いていく、一日部屋にいても汚れるものは汚れるからな、こうして整容を終えれば、後は寝るだけだ…もはや動く気力すらなく うとうとしているエリスを抱えてベッドまで行く


当然ながらここは何千年も私一人で過ごしていた家、寝床など一つしかない なので


「ししょ…おや…す…みな…さ…」


「ああ、寝ろ 今日も一日勉強を頑張ったからな、疲れただろう」


二人一緒に一つのベッドで眠る、最初はエリスが床に寝ます!ししょーはベッドで!と言って聞かなかったが、こんな小さな子供を冷たい床で寝かせられるかと、こうやってエリスを抱きかかえて寝ることになったのだ、まぁ まだまだ小さいしベッドが手狭に感じる事はないからいいのだがな


「すぅ…ししょ…すぅ」


しかし、エリス一人で私の生活も大きく変わったものだ…窮屈に感じる事はない、寧ろ心地が良い、やはり この子を引き取って良かった


…この子と飯を食い このこと本を読み、修行というよりはまだ子育てみたいな段階だな、見る人間が見れば私達を師弟とは思うまい、うーんもう少し厳しくした方がいいか?

いやでも、こんな小さい子にビシビシ厳しくしたとて逆効果だろう


厳しくするのはもう少し大人になってからだ


さて、明日は何をエリスに教えようか…異様に覚えが良いから想定よりも、遥かにスムーズに進んでいるのが現状だ、この調子ならば 直ぐにでも魔術の修行に入れ…


む、私とした事が まだ夜も浅いというのに もう瞼が重い、ああ 最近早起きだし、このくらいの時間に眠るのも悪くな…ぃ…



鳥の囀りも聞こえなくなった森の奥地、優しげな暗闇の中 ただ二人の寝息だけが、聞こえていた、こうして二人の一日は幕を閉じ また新たな一日が幕を開けていくのだった






……………………………………


七つの魔女大国の一つ 、友愛の魔女と魔術導皇が治める 魔術導国アジメク


夜も深くなり 灯っていた街の光も徐々に消え 皇都も静かに眠りについた頃、その中心 天を貫くような白亜の城は、その荘厳たる出で立ちとは裏腹に 内部はかつてないどの喧騒に包まれていた


「す スピカ様!、魔術導皇様が…!」


普段は開けることさえ禁じられている城の最奥に位置する 友愛の間に、青い顔をし冷や汗と脂汗を滝のように流した男が飛び込んでくる


「如何されましたか?、このような夜更けに…騒がしく走っては、彼の子を起こしてしまいます」


薄暗い部屋の奥 ステンドグラスから差し込む月光 に照らされた美しい茶髪がキラキラと揺れ輝く、その身に纏うドレスには絢爛なる宝石が その錫杖には聖なる黄金が、その姿から溢れる権威と万物を震わせるような威圧感に 押しつぶされそうになりながら 青褪めた男は言葉を紡ぐ


「あ…ご ご無礼を!、しかし 魔術導皇様が病に倒られました、我がアジメクに存在する如何なる薬も医療も通じず、このままでは 魔術導皇様の身が…!」


「存じています、彼の体が弱いのは 今に始まったことではないでしょう」


スピカ と呼ばれた存在は 男の訴えをピシャリと一言で遮る、その声色には 些かの感情の揺らぎも見られず、まるで 当たり前の事象を当たり前のように受け止めているかのように…


「しかし、スピカ様の 友愛の魔女様の治癒魔術であれば!どんな傷病であれ 立ち所に消え去り、忽ち 治ると…伝説で…」


「治癒魔術…そのようなことをして、何の意味があるのです?、傷は因果 病は運命、時と薬が癒しを与えぬと言うのなら それは彼と言う人間の辿る道なのですから、それを覆すなど 意味がありません」


友愛の魔女は、スピカと呼ばれた彼女は 残酷にも月光の中を歩み、男を見下ろす


その慈愛で その友愛で、世界を救い 民を導き この世に最強の魔術師として何千年も君臨する伝説の存在が一角、この大国アジメクを支配する友愛の魔女 スピカは一抹の動揺も見せず、尚も慈愛に満ちた顔で 運命を宣う


「そんな…!、今代の魔術導皇様は未だ若く お子様も生まれたばかりです!、それに スピカ様の治癒魔術であれば…」


「ここで助けても、長年の闘病を続けてきた彼の体はもう限界です…この病を跳ね除け弱った体で彼は何年責務と闘えると?、どれだけ生きても 後1年2年でしょう…そのような瞬きのような時間 壮絶な苦しみと共に生きたとて、それは結果の先延ばしにすぎません」


曰く 伝説によれば友愛の魔女スピカは、卓越した治癒魔術の使い手で 死人でなければどんな傷でも どんな病でも治し万人を守り、その伝説逸話は慈悲にまつわる物ばかり 相手の立場 出自 身分 事情問わず誰でも助けたと伝えられる


「であるならば、助ける必要などないでしょう…それよりも、次代の魔術導皇の引き継ぎを急ぎなさい、魔術導皇の座は 何が何でも存続させなければなりません、穴を空ける事など 断じて許されません」


「次代…というとまさかデティ様ですか!?、しかしデティ様はまだ5歳ですよ!、一年前 母を事故で失った心の傷も癒えておらず…、それに!魔術もまだ取得していません!」


「ええ、ですので異例ではありますが、私が 彼の子に魔術を教えましょう、…彼の子は 歴代でも類を見る才の持ち主です、教育は早い方が良いでしょう」


「しかし…しかし、今代の魔術導皇は かつてより 俺の…友で 彼の語る夢を多く聞いてきました、彼の語る未来を 誰よりも聞いてきました!あいつは病の只中 ただ一度たりとも苦しいと 弱音を吐いた事はありませんでした!、まだ娘のデティ様を抱いてもいません!、ここで死なせるにはあまりにも早すぎます!、私はどうなっても構いません!ですので…魔女様!慈悲を どうか お慈悲を!」


男は涙ながらにその場で跪き、全てを投げうち差し出す覚悟で 魔女に この国の神に向けて懇願する、がやはり 友愛の魔女の表情はカケラも動かず



「慈悲?、その場だけの優しさなど慈悲とはいいません 話は以上です、デティをここに呼びなさい、私自ら話をします」


「それは…それはあまりにも、残酷ではありませんか…ぐっ、くそっ …」


指が 白くなるほどに、その拳を握り締めた男は 涙を堪えながら踵を返す、悔しいと虚しいと胸の内を燃やす怒りを必死で押さえ込み、部屋を立ち去る たとえどれだけ人間が願っても、魔女が否と言えば 覆す術はない、どれだけ悔しくとも どれだけ悲しくとも…魔女は 絶対だ 、それがこの世界の掟なのだ




「時の流れは癒せません、死の運命は覆せません…そういうものなのです、この世は 」


男がいなくなり、再び訪れた静寂と宵闇の中、一人 月を見上げで静かに 囁くように、魔女の声が響く



「そうです…いくら傷を癒しても、いくら病を治しても…人はいずれ死ぬ ならばこの癒しに 何の意味がありましょうか、分かりません…分かりません もう 私には…、…レグルス」



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