第10話 それから

シェリル様の部屋に向かって、その扉を叩く。


「どうぞ」


招かれたので、中に入った。シェリル様は私を見て、目を見開いた。けれど何も言わず、椅子に座るように促した。私はシェリル様と向かい合うように座って、口を開いた。


「突然来てしまって、すみません。迷惑ではありませんか?」


「いいえ、大丈夫です。子供たちも、今日は実家の両親が預かってくれていますから」


シェリル様は、以前と何も変わらない。穏やかで、優しそうな女性。でも本当は、ジルと同じくらいに生真面目で、誠実な人。


「シェリル様。私は今も、シェリル様のことを、お友達だと思っています。シェリル様は、どうですか?」


単刀直入に問いかける。シェリル様は困ったような表情になった。


「……お友達と言えるかどうか、私には分かりません」


「お嫌ですか?」


「そんなことは……」


「でしたら、お友達でいてください。絶対的な味方になってほしいなどとは、望みません。ただ、こうしてお話をしてくださるだけで、良いのです。お願いします」


お友達になりたいというのは、私の本心だ。シェリル様にはシェリル様の立場があって、ご実家の考えもある。それは変えられないことで、それを知っても、私はシェリル様とお友達になりたいと思った。だったら、それだけでいい。


「ええ。ソフィア様が、それで良いと仰ってくださるのなら、私達はお友達です」


シェリル様はそう言って、笑ってくれた。


「ありがとうございます、ソフィア様。お礼というわけでもありませんけれど、私は、あなたと陛下が仲睦まじくなさることを応援いたしますわ」


「仲睦まじい、なんて、そんな」


そんなことはないと否定しようとして、外から見たらそう見えるということに気がついた。私は、顔が一気に赤くなったことを感じた。シェリル様は、そんな私を見て、穏やかに笑っていた。


「以前にも、少し話したかもしれませんが。私は、ジルヴェストのことを恋愛対象として見たことは、一度もありません。ミルワード家も、王家の存続にしか興味がありません。ですから、陛下とソフィア様が親しくなさっているとしても、私は咎めるつもりなんて少しもありません。むしろ、応援したいと思っているほどです。いつも涼しい顔をして、女の子たちの告白を『申し訳ありませんが、私には心に決めた婚約者がおりますので』の一言で流してきた男の初恋ですもの。面白……失礼、生暖かい目で見守るべきだと、思いませんこと?」


シェリル様は、とても楽しそうで。その言葉はきっと、彼女の本心からのものだった。


「そんなに沢山の女の子から告白されていたんですか、ジルは」


「ええ、それはもう。次期皇帝で、顔も性格も良い男でしたからね」


「……それが不思議なのですが、誰も本当の彼の姿に、気づかなかったのですか?」


「本当も何も、その顔はソフィア様にしか見せない……いえ、見せられないのだと思います。良き王であれと願われて、自分からそうでありたいと望んだ人ですから。おそらく自分でも、それが本当の自分だと思っていたのでしょう。むしろ今でも、どちらが本当の自分なのか、よく分かっていないのかもしれませんね」


意外すぎる話だった。それが本当なら、ジルは思ったよりもずっと、不器用な人だということになる。


「……シェリル様は、どうしてそのように思われるのですか?」


「ソフィア様は、いつも自然体でいらっしゃいますから。陛下と最初にお会いした時も、そうだったのでしょう? 家の思惑も、国を揺るがす企みも。陛下が何も気にせずに振る舞えるのは、ソフィア様と2人きりで居られる時だけでしょうから」


納得した。それと同時に、なんとも言えない、居心地の悪さを感じた。


「……確かに、ジルはとても楽しそうに見えます。でも、私はどうしても、素直なだけの女の子にはなれなくて。ジルが大事にしてくれるのに、うまく甘えられないんです」


「別に、構わないと思いますよ。素直な、甘え上手の女の子なんて、ジルヴェストの側にはいくらでも居ましたから。でも、そうですね。ソフィア様が、心から甘えたいと思った時には、遠慮せずに甘えていいと思います。その時は出来るだけ、ジルヴェストの表情がよく見える場所で。言葉で表せないだけで、彼にとってあなたはもう、特別な女の子になっているのですからね」


シェリル様の言葉に背中を押されて、私は少しだけ前向きになれた。

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