第9話 不器用な人々

『後宮に入り込み、王の妻を刺した者を捕縛しろ』


国王陛下が下した命令は、クラム家に伝えられた。そして、刺客は捕らえられた。クラム家に王命が下されてから、僅か1日のことである。


「その……こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、意外と簡単に解決するものだったのですね」


助言してくださったお礼も兼ねて。私は、自分の部屋にシェリル様を招いて、お茶を振る舞った。


「あら、何を仰られているのかしら。何も解決していませんよ、ソフィア様」


シェリル様はカップを片手に、とても素晴らしい笑顔で断言した。


「そうなのですか? でも、私を刺した方は捕まったと聞きましたが……」


「確かに、実行犯は捕まりました。ですが、お忘れですか? そもそも、この件はクラム家の者が裏にいたから、起こったことなのだと」


「……ええと。その方は、もしかして、まだ?」


「まだも何も、だと主張されれば終わりです。それ以上の追及は出来ません」


「……それでは、私はずっと、この部屋に閉じ籠もらなければならないのでしょうか」


シェリル様が、右手に持っていたカップを、机の上に置いた。


「ソフィア様。暗殺とは、後宮で生きるのであれぱ、避けきれるものではありません。部屋にいれば安全だと思うのは、間違いです。そのことは、ジルヴェストも理解しているはず。彼は、知らない感情に戸惑って、根本的なものが見えていないだけ。本当に、あんなに優秀で隙がない方だというのに……初恋というのは、厄介なものです」


「は、はつ……?!」


あり得ない言葉を聞いた気がする。私は慌てて、彼女の言葉を否定した。


「それは、その、違うのでは。確かに、あ、あ、愛……とかなんとか、言われましたけれど。陛下は、その意味が、お分かりでなかったようですし……これは、そういった事では、なくて……」


声が段々と小さくなる。顔から火が出そうだ。


「なるほど、お話は分かりました」


シェリル様は、全く動揺していない。年だってそう変わらないというのに、この落ち着きはどこから来るのだろうか。


「……それに、ジルはシェリル様が思っているような人ではありません。ワガママで、イジワルな人なんです。皆、騙されているのだと思いますよ」


なんだか、悔しかったのだ。シェリル様にだって、知らないこと、予想外のことはあるはずなのに。だから、自分しか知らないことを口にした。この人を、驚かせてみたくて。


「ジルヴェストが、イジワル……?」


だから、その反応は。予想していたものとは、少し違っていた。彼女は、本当に不思議そうに呟いて。


「……そのお話を、もっと詳しく、聞かせていただけますか?」


真剣そうな表情になって、そう言った。


――――


いつもと変わらない、夜の訪問。


「……ねえ、ジル。ジルとシェリル様って、仲が良いのね」


いつもと同じ、彼に抱えられた状態で、彼を見上げて口を開く。


「なんだ、シェリルから何か聞いたのか?」


彼は笑って、口を開いた。


「それなら、理由も知っているだろう。シェリルの父が、俺の教育係だった。幼い時から共に過ごしたというだけで、それ以上のことは、何もない」


「でも、ジルはシェリル様に、頼み事をしていたのでしょう? 私と仲良くなるために、シェリル様を利用していたなんて、本当に酷い人。理想の王様だなんて、嘘ばっかりね」


「利用していたわけではない。確かに定期的に連絡は取っていたし、お前のことも話しはした。だが、シェリルは話を聞いた上で、何もしなかった。シェリルは、そういう女だ。俺は、そうと知った上で、シェリルに手紙を送ったのだからな」


シェリル様と、同じことを言っている。


『ソフィア様。ここは、オルグレンのように穏やかでもなければ、満ち足りた場所でもありません。外から見れば華やかですが、中に入れば命すらも己の物ではなくなる。それが後宮、隣人だからという理由で、友人になれるなどと思うのは、間違っています』


シェリル様は、そう言った。多分、正しい。


「……ジルとシェリル様は、お友達なの?」


「どうだろうな。共に過ごした時間は長いが、俺もシェリルも、互いにそれほど踏みこまなかった。そもそも、シェリルの父に学問を教わっていた頃は、学問に関する話でなければ、する必要はないと思っていたからな。必要なことしか話さないが、信頼し合うことはできる。それが友人と呼ばれる関係であるか、俺は知らない」


ずっと、違和感があった。今、ジルと話していて、その違和感の理由が分かった気がする。


「別に、話すことが無くても、友達って言って良いと思う」


2人とも、自分たちが普通の育ち方をしていない事を知っている。だから気にしているのだろうが、そんなことを気にする必要はない。生まれた場所が違うとか、育ち方が違うとか、そんなことはどうでもいい。


「それが間違ってるとか言う人が居ても、気にしなくていいよ。だって、関係ない人だから。……私とシェリル様も、シェリル様とジルも、お友達。それだけで、良いんだと思う」


ジルは驚いていたけれど、最後には笑ってくれた。明日、シェリル様にも伝えよう。私はそれでも変わらずに、シェリル様のことを友人だと思っているのだと。

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