第8話 友人

「お話は、よく分かりました」


シェリル様は、そう言って笑みを浮かべた。


「そういうことでしたら、お力になれるかと思います」


「本当ですか?!」


思わず、叫んでしまった。私を刺した人すら、まだ捕まっていない、この状況。シェリル様は、どうするつもりなのだろう。


「どうすればいいのでしょうか。私に、何か出来ることはありますか?」


「いいえ。ソフィア様が動いてしまっては、危険な目に遭うだけですわ。ご安心くださいませ、私には心当たりがございます」


「……心当たり? それは、もしかして……」


「ええ。ソフィア様に危害を加えるような愚か者の、心当たりです」


シェリル様は、いつもと変わらない表情で言いきった。私は息を呑んで、彼女の言葉に耳を傾けた。


「まず、レイラ様から差し向けられた刺客でないことだけは、確定しています」


「……それは、何故?」


「あの方は、王都で最も美しい方であり、その美しさだけを武器として後宮に入られました。ご両親も、商人として成功してはおりますが、貴族ではありません。お分かりですか、ソフィア様。小国であろうと、王家の出であるあなた様の方が、有力な後ろ盾を持っているのです。レイラ様が雇える程度の殺し屋が、今も捕まっていないなどということは、あり得ません」


それは本当に、考えもしていなかったことだった。自分は、他の奥方を殺すための人間を雇うなどという選択をすることはないからだろう。けれど、言われてみれば当然のことだ。王宮の最奥にある後宮まで入り込んで、ソフィアを刺して、衛兵に捕まらない。そんな殺し屋を雇える人間は、そう居ない。


「……それでも、レイラ様が送りこんだ刺客でないことが、分かるだけでは……?」


コンドレンも、クラムも。どちらも古い名家だ。首を傾げた私の言葉に頷いて、シェリル様は話し続けた。


「ディアナ様は、このような手段で寵愛を得ようとすることを、許す方ではありません。クラム家の誇りを、汚すことになりますから。アドレイド様は、私と同様、陛下のことを特別に思っているわけではありません。もしも特別な感情があるのなら、コンドレンは別の方を正室として選ぶはずです。コンドレンとミルワードは、帝国を支える柱であり続けなければならないのですから」


「で、では、どなたが? 今のシェリル様のお話が全て正しいのであれば、このような事は、起きるはずがないと思います。ですが、実際には……」


「ええ、あなた様の仰るとおりです。実際には起きるはずのない事が起きた。つまりは、外部の者の犯行だということです」


「それこそ、あり得ないことでは? ここは王宮の最奥、陛下以外の者が入ることのできない場所のはずです」


「そうですね。ですが、ソフィア様。最初に私がお話したことを、覚えていらっしゃいますか?」


「勿論です。レイラ様では、腕の立つ刺客を雇うことは出来ないとのお話ですよね?」


「レイラ様ではありません、アドラム家の話です」


そこまで聞けば、シェリル様が何を言いたいのか、私にも理解できた。けれど、それは。


「それは、つまり……このようなことをしたのは、クラム家の方だということ、ですか?」


腕の立つ刺客を雇うことができて、雇う理由もある家。その名を聞いたシェリル様は、真剣な表情を浮かべて頷いた。


「そうとしか考えられません。そして、先ほども申しましたが……ディアナ様は、加担していないはずです。万が一があった時に、言い逃れが出来ませんから」


後宮とは、そういうところなのだと。シェリル様の話を聞いたことで、私は改めて思い知った。


――――


「……だからディアナ様に、ジルの名前で命令すればいいんだって。国王からの命であれば、クラム家は従わざるを得ない。それに、そういう命令を出すことで牽制にもなる……って、シェリル様は仰ったの」


夜になって、公務を終えたジルに。私はシェリル様が話してくれたことを、全て伝えた。


「なるほど。……その程度のことも、分からなかったとは。どうやら、俺は相当に動揺していたらしい」


もうすっかり定位置になった、彼の腕の中で。私は、自嘲するような彼の声を聞いた。


「……そんなに気にすること、ないと思う。こういうのって、外から見たほうが分かりやすいものだし」


励ましたくて、言葉をかける。彼は笑って、私の額にキスをした。


「ソフィが言うなら、そうなのかもしれないな」


最初は恥ずかしかったけれど、毎日、繰り返されて。キスされることが、普通になっている、ような気がする。


(……と、いうか)


唇にされなかったのが、少し、寂しいような。そんな気持ちを持った自分に、自分が1番驚いていた。

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