第4話 初めての友達
図書室で、シェリル様が本を読んでいる。声をかけようかどうか、少し迷ったけれど。私は勇気を出して、話しかけた。
「……あの。先日は、ありがとうございました」
シェリル様が私の方を見て、本を閉じる。
「いえ、あの程度、大したことではありません」
「ええと……それで、その……」
「娯楽小説以外の本を、読んでみたいのですよね? 語学、算術、歴史、地理学、哲学、天文学……他にも様々な学問がありますが、何を学んでみたいのですか?」
「いえ、それもそうなのですけれど、実は……お名前を、お聞きしていなかったので。私は、オルラウド国の第五王女で、ソフィアと申します。よろしければ、あなたのお名前を教えていただけますか?」
ジルから聞いて、知ってはいる。けれど、仲良くなりたいのなら、遠回りでも名乗ることから始めなければならない。シェリル様は、驚いたように目を開いて、その後に笑ってくれた。
「そういえば、名乗っていませんでしたね。初めまして、ソフィア様。私はミルワード伯爵の娘、シェリルです。以後、よろしくお願い致します」
「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します。その……私は、こちらに来たばかり、なので……色々と、教えてくださいますか?」
「ええ、勿論」
シェリル様が笑ってくれて、私は内心安堵した。同じ国王の妻ではあるが、立場の違いは明らかだ。邪険にされるかとも思ったけれど、そういえば。最初にあった時から、この人は、ずっと優しかった。仲良く、なれるだろうか。少し不安、だけど。
「そうですね、ここでは人目もありますし……私の部屋に、来てくださいますか?」
シェリル様がそう言って、誘ってくれたから。私はようやく、笑うことができた。
――――
シェリル様の部屋は、私の部屋と似た調度品もあったけれど、それ以上に本が多かった。小さな子どもたちが、ベッドの上で寝転んで、分厚い本を開いている。
「申し訳ありません、散らかってしまっているので、お茶は出せそうにありません」
机の上に積んである本を棚に戻して、シェリル様が苦笑する。私は首を横に振って、用意された椅子に座った。
「いえ! お気になさらないでください。私は、田舎の小国の娘ですから。ミルワード伯爵家の方にお招きいただけるというだけで、光栄なことなのです」
「まあ。とても謙虚な方なのですね。ジルヴェスト陛下が毎晩通われているのも、そういったところを気に入られたから、なのかしら? でも、私は家のことも地位のことも気にしません。お互いに、対等な……そう、友達と呼べるような関係になれればと、思っているのですよ?」
シェリル様からそう言っていただけるとは思わなくて、驚いてしまったけれど、同時にとても嬉しくて。
「……私も、お友達になりたいと思っておりました」
思わず、笑顔になる。やっぱりシェリル様は、思った通りの優しい人だ。
「そうなのね。……ねえ、ソフィア様。
「はい。教えていただけるのですか?」
「私が知っていることだけだけれど。まずは、アドレイド様のことね。彼女は跡継ぎの王子様をお育てになっているから、滅多に部屋から出てこないの」
「そうなんですね。お会いになったことは?」
「あるけれど、遠くから見ただけだから、お人柄については詳しくないわ。噂では、厳しい方だということだけど……」
「なるほど……他のお二方は、どのような方々なのですか?」
「ディアナ様は美しいものが好きで、自分を磨くことを欠かさない努力家な方。レイラ様は、気が強い方で、ディアナ様と仲が良いわ」
「レイラ様は気が強い方なのですね。それにしては、後宮内で、その……辛く当たられることは、初日以外では無かったのですけれど」
「それはそうよ。ジルヴェスト陛下は、争いごとを好まない優しいお方でしょう?」
そう言われてみれば、初日はそんな感じだった、かもしれない。ソフィア以外には、ずっと人の良い王としての側面しか、見せていないのだろうか。そんな風に思いながら、シェリルの話の続きを聞く。
「だから皆、表向きには揉め事を起こさないようにしているの。ただ、その……ソフィア様が来てから、後宮内が騒がしいのよね」
「私が来てから、ですか?」
「そうよ。陛下が毎晩、ソフィア様の部屋にお行きになっているでしょう?」
「そっ……そう、ですね。確かに。でも、ええと、そういう関係ではなくて……いえ、夫婦ではあるのですが、その」
何を否定すればいいのかも分からなくて、それでも何かを否定しようとして、慌てている。そんな自分に向けて、シェリル様は安心させるように微笑みかけてくれた。
「分かっているわ。ジル様は、女性に興味が無い人ですからね。まあ、だからこそ、お二人にも靡かなかったのでしょうけど。ソフィア様のお部屋に通われるのも、そういったことが理由でないのは、理解しています」
「そ、そう、なんです。良かった、シェリル様が分かってくださる方で。でも、その……シェリル様は、あの方のことを、どう思っているのですか?」
「私? 私は元々、ミルワード家に生まれた者の定めとして、王家を見守るために嫁いだようなものですから。陛下に対して特別な感情を持っているなんてことはありません」
シェリル様は、笑顔で言いきった。そうして、呆れたような口調で続ける。
「陛下は、昔から優しくて、穏やかで……その上に、あの美貌でしょう? 女性たちが放っておくわけがなくて。私は興味が無かったけれど、幼なじみだという理由だけで、敵視されたものです」
「それは……大変でしたわね……」
幼なじみ。確かにミルワード家は代々、王族の教育係となる者を輩出している。シェリル様も小さな頃から、ジルのことを見てきたのだろう。
「……ジル様は昔から、あのように穏やかな方だったのですか?」
「はい。私は先代の王様や王妃様といるところもよく見ましたが、穏やかで暖かな笑みを見せる方であることは、変わりませんでした」
嘘ではないと、思った。根拠があるわけではない。ただの直感だ。でも、もしもそれが正しいのだとしたら。ジルは幼い頃から、理想の王として振る舞い続けていたのだろう。
(……どうして、私にだけ、あんな風に接するのかしら)
考えても、答えは出ない。それは、今夜来るであろう本人に聞くしかないと。私は、そう結論づけた。
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