第2話 二十四時と幻想少女・中

「どうも、こんばんわ」


 俺はコーヒーがこぼれるんじゃないか、というくらいびくっと驚いた。目も見開いた。

 反射で扉をしめた。


 なんだ。なんなんだ、あいつ。

 なんで俺の部屋に知らない女がいるんだ。

 

 不安と恐怖で脈が上がる。

 泥棒?いや、それならもっと泥棒って恰好してるだろう。さすがにセーラー服では入るまい。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。

 あれはきっと、そう幻覚。幻覚だ。

 気持ちを落ち着けるためにコーヒーを少しすする。

 コーヒーにはリラックス効果があるというのは有名な話だ。


「あち」


 湯気は消えていたが、まだ熱かった。舌の先がヒリヒリと痛む。

 深呼吸をして呼吸を整える。


 よし、開けよう。

 ドアノブに手をかけて、俺は扉を開けた。


 女は、まだいた。さっき俺に挨拶をしたときと同じように、椅子に座っている。


「今夜は月が綺麗ですね、少年」

「ッっ?」


 誰だ。誰だよ、こいつ。


「少年より青年呼びの方がよかったですか?」

「いや、おま……だれだよ……」


 俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。スマホを点けて緊急通報画面を出す。


「あ、怪しいものじゃないですよ」


 いや、勝手に俺の家に入って、しかも部屋まで上がってるなら十分怪しいだろ。


「私は幻想です」

「なんだって?」

「あなたの幻想です」


 幻想だと。こいつは何を言っているんだ。


「あなたが私を想ったから生まれた幻想なんですよ、私は。丸眼鏡さん」


 俺が丸眼鏡をしているからそう呼んだのだろう。見た目であだ名付けるとか、小学生か中学生なのか。それにしても少年と青年どちらで呼べばよいか分からないからあだ名とは。フランクなやつだ。


「いや……幻想?幻想。そう……なのか?なわけ……」


 口に出してみても理解できない。


「こんな言葉を知っていますか。人間は考える葦だ。でもね丸眼鏡さん。いくら考えても無駄なこともあるんですよ。しょせん葦ですから、限界はあります」

「そう、だな。無駄か……」


 確かにいくら考えても分からないことはある。漢字の問題とか、社会の人名とか。

 なんとなく納得できそうな、できないような。


「ということで私はあなたが思ったから生まれて、ここにいる幻想なんです」

「そういうことに……しておこうか」


俺は、とりあえず納得することにした。もうこいつの言う通り考えても無駄なんだろう。

俺は通報用にと握っていたスマホをズボンのポケットに納めた。


「ところで丸眼鏡さん。そのコーヒーは来客である私のために作ってくれたのですか」


 女は微笑みながら俺に尋ねた。困惑で今まで気が付かなかったが、女というか少女は割と可愛かった。


「え、あ、いや。これは俺のだ。もう口もつけたし」

「そうですか。じゃあ10分待ちますよ」


 なんだこいつ。図々しいな。俺はあんたを招いたつもりはないぞ。

 ほんの少しだけ顔が引きつりそうになったが、まぁせっかくだ。いいかと思い作ることにした。


 俺はコーヒー片手に、もう一度暗い廊下を通り、台所に向かう。

 台所の電気をもう一度点けて、戸棚からマグカップとスプーン、それとインスタントコーヒーを取り出す。

 カップは白の無地がなかったので、水色の無地のものにしておいた。

 ちなみにコーヒーは作業に邪魔なのでとりあえず台所の台に置いた。

 

カップを使って水を電気ケトルにぶち込み、沸かしている間に、カップにスプーンでインスタントコーヒーの粉を入れる。


 湯が沸くのには少しかかるだろう。俺は台の上に置いていたコーヒーをすすった。

 温度がちょうどよくなっている。さっき火傷した舌の先は傷むが、それなりに美味しかった。


 「幻想……か」


 幻想。幻想、少女。幻想少女。なんとなくしっくりきた。

 これからはあいつのことを幻想少女と呼ぶことにしよう。

 

 それにしても不思議なものだと思う。今まで16年生きたがこんなこと初めてだ。

 というか本当にあいつが幻想なら俺は一度病院に行く必要があるかもしれない。

 それにあいつ、「今夜は月が綺麗ですね」なんて、今日は雨だぞ。まったく。

 

 湯が沸いたので粉の入ったカップに湯を注ぎ、粉を入れるのに使ったスプーンでかきまぜる。

 透明だった湯が茶色に、そして黒色になっていった。

 道具を片づけて電気を消し、俺のと幻想少女ので2つのコーヒーカップを持って台所を出る。


 暗い廊下を歩いて自室に戻る。

 ドアの前まで来て両手がふさがっていて開けられないことに気が付いた。


 「すまん、開けてほしい」


 中から「はーい」という声が聞こえ、扉が開いたので部屋に入る。


 「どうぞ。ブラックだけど」

 「ありがとうございます」


 コーヒーを渡すと少女は少し微笑んでそう言った。

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