二十四時と幻想少女

一畳半

第1話 二十四時と幻想少女・上

 7月31日の23時半。

 小雨降る夜。


 良い子はベッドの上で夢の世界に行くべき時間だが、僕は机に向かいノートパソコンとにらめっこをしている。


 どうにも小説のプロットのアイデアが出てこない。

 今まで、短編というか長い詩のようなものを書いたりしてきたが、今回は初めてしっかりした長目のものを書きたい、と思っている。


 方向性はすでに決まっている。中世風の世界で剣が活躍するラノベを書きたい。

 なおタイトルは未定。

 それでもって、次にやるべきことはプロットを作ること、らしい。ネットで調べたらそう出てきた。


 プロットというのはストーリーの要約のこと。起承転結だとか、序破急だとかいうやつ。小学生風に言えばサンドイッチとかハンバーガー。

 

 僕は今、具材を構成するイベントの不足に悩んでいる。感情をこうやって変えよう、とかの流れを妄想してもそれを表すイベントがなければ意味がない。


 いくらライトノベルと言えども見切り発車で書き出していけるほど甘くないことは分かる。おおまかな流れもろくに書けないやつが細かく書けるわけがないんだよね、そりゃあ。


 序盤をなんとかひねり出したが、伏線をどう貼るかとか、最後をどうするかとかが出ない。何よりイベントのネタがが足りなくてどうすればいいのか分からない。


 ということでそのプロットを考えているのだが、深夜ということで眠気による脳の機能制限も相まってまったくと言っていいくらいに何も思い浮かばない。この二時間、パソコンをいじっているだけだったわけだ。ワードを開いて、ネットを開いて、たまにスマホをいじるだけ。

 どうにか夏休み中には完成させたいのに、もう7月が終わる。


「ぁあああああああ」


 分からん。思いつかん。何をどうしたらいいんだ。眼鏡を何度クイッと直してみてもアイデアはいっこうに浮かんでこない。


 よし、一度休憩しよう。コーヒーでも飲むか。

 机の上に置かれていたスマホをズボンのポケットに入れる。

 回転式の椅子を回し、とりあえず電源はつけたままのノートパソコンに背を向ける。


 雨水が叩きつけられている窓。本や雑貨の置かれた棚。布団の乗ったベッド。そして壁。まったくつまらない、ありきたりな自室。

 きっと僕の脳内もこの部屋みたいにつまらないのだろう。何の面白みもない。だからプロットが浮かばないのだ。そう思うと溜息が出る。


 ラノベ作家に憧れるのは簡単だが、ラノベを書くというのは思っていた何倍も難しいものだ。


 立ち上がり、伸びをする。首、手、背、足。全身の筋肉が伸びる。

 伸びたばかりの体に活を入れて台所に向かう。

 我が家の住人は割と寝るのが早い。父、母に妹。そして犬。みんな23時には寝てしまう。まぁ、寝てはいないのかもしれないが、そこら辺はプライバシーというやつだ。


 とにかく、家の共有部分はこの時間電気がついていない。

 いちいちパチパチ電気をつけて消すのは面倒なので、電気をつけないで歩いた。真っ暗な廊下を歩くのは幼い頃は恐怖でしかなかったが、今となっては特殊部隊気分を味わえてワクワクすらする。


 ただ台所はさすがに点けた。歩くだけなら夜目でいけるが、作業をするのには文明の光が必要だ。


 戸棚から白い無地のマグカップとインスタントコーヒーを取り出す。

 なぜ白の無地がいいか。黒いコーヒーには白がお似合いという一点に尽きる。


 カップ一杯分の水を電気ケトルに入れる。そしてボタンを押して後は放置。

 沸かしている間にスプーンを取り出してインスタントコーヒーをカップへ適当にスプーン二杯ほどぶち込む。


 湯は沸いたらば、それを黒い粉の入ったカップに注ぐ。

 無色透明なお湯が少しづつ茶色へ、茶色から黒へ変わっていった。スプーンでかき混ぜるとより完全な黒に染まる。

 湯気が立ち上っていて、とても熱そうだ。

 使った道具をもとの場所に戻して、コーヒーを持って台所を出る。もちろん電気も消した。


 雨は先ほどの微かな勢いから変わり、はっきりと雨音が聞こえるほどに強くなっていた。

 暗い廊下を転ばないように気を付けて歩き、自室まで戻る。

 コーヒーを持っていない方の手で部屋の扉を開けたその時だった。


 僕は一瞬、理解ができなかった。


 僕の部屋に、女がいた。妹ではない。

 セーラー服を着た女が。

 ポニーテールの女が。


 顔も知らない不審者が椅子に座っていた。まるで俺が扉を開けるのをあらかじめ知っていたかのように、こちらの方を向き僕の瞳を見つめている。


「どうも、こんばんわ」

 

 女は俺を見て一言、そう言った。

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