相談CASE6
―――こちら退魔課です。どうされましたか?
「すいません!電車のホームで異種族の方と肩ががぶつかってしまし追いかけられてます!」
―――どこの駅ですか?
「『機密のため開示不可』です!」
―――余裕がありましたら現在の状況、そして相手のことについて教えてください」
「たぶん相当高位な方です!気品とかあって、なんか露出も多かったし…………あと鱗が服の隙間から見えてました!」
―――ありがとうございます。で、現在は全力で逃げていると。
「はいっ!今は町中を全力疾走して逃げてます!」
―――後ろに追手は見えますか?
「見えないんですけど、視線だけはずっと感じるんです!」
―――分かりました。できるだけ人目の多いところを通ってください。こちらから避難する場所の指示もするので通話は切らないでください。
「分かりましたっ!でも…………」
―――どうしました?
「気配が、近くなってきている気がします!いくら『身体強化』を施してもキツそうです…………!」
―――今、なんと?
「え?『身体強化』ですけど!念のために身につけている対魔関係の代物がミシミシ言ってます何個かもう既に壊れました!」
―――今すぐ『身体強化』を解除して、それらをすべて放棄してください。
「な、ど、どうしてですか!?」
―――相手はその『退魔関係の代物』と『身体強化』で追跡を行っている可能性があります。そもそも、『身体強化』は一般の人が行えるはずがないんですが。
「え、でも家族に教えてもらって…………」
―――事情は後で聞きます。とにかく、指示に従って動いてください。安全な場所まで誘導します。
「こんにちは、今日はいい天気ですね?」
「今ちょっと急いでるので」
声を掛けられてナンパかと思った女性。嬉しいとはいえ今はそれどころではないと先を急ごうとした。
しかし、腕を掴まれ先を急ぐことは出来なさそうだった。
力任せに振りほどこうとしたが、相手の力が思ったよりも強く、振りほどけないことに彼女は驚きを隠せなかったようだ。
そう、彼女は竜の異種族。人間に一部以外を擬態して社会に溶け込んでいるのだ。
「悪い話ではありません。どうも、退魔課の者です」
退魔課という単語に彼女は顔をしかめた。
悪名高き、というほどではないが一部界隈では人間を簡単に襲うことが出来なくなった大きな原因だ。彼女も襲う側の種族であり、それを我慢して溶け込んでいるのだ。
「先ほど、通報がありましてね。私たちの目星では追手は貴方だと判別しています」
「…………だったらどうして確保しない?」
全身からプレッシャーを放ちながら彼女は威圧する。されど退魔課を名乗る男は動じていない。
「まだ話が出来そうな可能性があったからです。高位の竜族の方とお見受けします。なぜ彼を追おうとしたのか、ゆっくりと話をしませんか?」
そう言って男が指さしたのはコーヒーをメインとして提供する有名なチェーン店。ここで彼女も話を途切れさせることは不味いと判断したのか、無言でにらみながらも大人しく男についていった。
「注文をどうぞ。私が払います」
「何故そこまでする?」
「こちらにも疑問が生じましてね。なに、経費で落ちますので好きなものをどうぞ」
疑いの目を掛けるも、どこ吹く風と言った表情で男は注文を促す。
「ふぅん、では…………
トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノを一つ」
「なんて?」
一息吸って出てきた突然の詠唱に男は表情を崩して困惑した。
「かしこまりました。少々お待ちください」
「通じるんだ…………」
店員には通じちゃったのである。
「最近私たちの種族で流行っている頼み方だ」
「それ全乗せの間違いでは?」
「これくらいボリュームがないと足りんのだ」
先ほどの飄々とした態度はどこへ行ったのやら。どうやら胡散臭さは残るものの血の通った生物であるのは間違いないらしい。
数分後、注文した品が届き二人は席に着く。
「では、改めて…………退魔課の『ニシムラ』と言います。お名前は結構です。もうすぐ調べがつきますので」
調べがつくという言葉に、彼女は眉間にしわを寄せた。
「個人情報を調べたというのか。無許可で」
「こちらも仕事ですので。身元不明も多々あって取り締まるのも退魔課の役目ですからね」
「ふん…………」
ずぞぞ、と彼女はストローからコーヒーを啜った。
「で、貴女が追っていた彼について何ですが…………竜の血を引いてらっしゃいますね?」
「…………何のことだ?」
「とぼけても無駄です。そちらの調べは最短で済ませました。まず前提として、普通の人間は『身体強化』なんて単語が出ない」
そう、『この世界』の人間に『身体強化』なんてものはない。
人間とは気功のような命のエネルギーはあっても魔力に関する事柄は極一部を除いてさっぱりなのである。
その極一部というのが、例を挙げると安倍晴明という過去に誕生した人間のバグが残した子孫に値するが、そういう者は政府にて血筋を監視されている。
故に、一般の者から魔法のような単語が出ることはまずない。
そして、対魔族の道具も基本的に流通しておらず、管理は退魔課に一任されている。
「そこから判断しました。竜にまつわる話はイギリスのアーサー王伝説に繋がって色々と問題になりますから…………と失礼。どうやら彼の保護が出来たようです」
男が胸で震えた端末を取り出し、画面を確認してのちに言う。
「貴方の血縁者ですね?」
「…………そうだ。全く、退魔課と言うのは厄介な人材がいるのだな」
「恐縮です」
隠し事は無しだ、と言わんばかりの雰囲気に彼女はため息を吐いた。
「あれは二百年前のことだ。家出した妹が行方不明になっていたのだ。理想の王子様を見つけたと言ってな。一応令嬢の身であるから捜索はしたのだ」
「で、見つからず時間が経って血縁者が見つかったと」
「そうなのだよ。恐らく妹の孫だろう」
「何故そこまで必死になって探していたんですか?貴方ほどの者なら後で見つけられるでしょう」
「…………先日に爺様が亡くなったのだ。遺産の関係で調査中のところに」
「彼を見つけてしまったと」
はぁ、と彼女は再びため息を吐いた。
「もしかしたら妹も芋づる式に見つかるのではないかと思ったから逃したくなかったのだ」
「せめて無理矢理捕らえようとしなければ話し合いはスムーズにできたと思いますが?」
「下手に逃せば見つからなくなると思ったのだ。二百年間逃げ切った妹だからな…………」
そう言ってからコーヒーをストローで啜り始める。
稀にある話だ。人間との間にハーフが増えてきた昨今、遺産問題や跡継ぎの問題に発展する。
その際にハーフである事が迫害の理由となり不当な扱いなったり、逆に優遇され過ぎて意図せず連れ帰られたりと退魔課と縁があったりする。
「とりあえず、話はさせてもらえないだろうか?私も少々焦りすぎた」
「それは相手の方によりますが、期待はしないでくださいよ?」
「やらかしてしまった手前、期待はしていないさ」
二人の緊張した空気(周りから見た感想)は、再び『ニシムラ』の端末が鳴るまで続くのであった。
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