相談CASE4


―――こちら退魔課です。どうされましたか?


「私だ。隊員ナンバー021。至急応援を求む」


―――かしこまりました。場所は?


「『場所は伏す』だ。見回りの際に発見、一人では対応できない」


―――了解。相手は?


「鬼族の雌。様子からするとたまたま通りがかった男性に目をつけた模様」


―――相手の男性の状況は?


「どうやら実力は拮抗している模様」


―――えぇ…………


「俺も目を疑った。発情している鬼族に対して拮抗する人間は数少ない」


―――発情しているというのは確定しているんですか?


「ああ、今は拮抗しているとはいえ、じりじりと草むらの方へ押し込まれている。意図的に動いているのは目に見える」


―――ほかの通行人は居ませんか?


「人除けが貼ってある。俺が気づけなければ誰も気づかなかったかもしれない」


―――分かりました。直ちに応援を送ります。
























「うおおおおお!」


「いいねぇ!人間なのにその力、惚れ惚れするよ!」


 彼はただ散歩をしていただけだった。


 日々肉体を鍛えていた彼にとって、こうして体を休ませ景色をゆったりと眺めるのが日課だった。


 だが、今日は肉体を鍛えていてよかったと本気で思う。


「なんなんだあんた一体!?」


「あんたの肉体に惚れたんだよ!ストイックに鍛えた躰しやがって!」


「それ褒めてるのか!?」


「ほめてんだよ!」


 赤肌で自分と同等、いや、それ以上の筋肉と驚異のおっぱいを持つ角の生えた女性と取っ組み合いをしていた。


 たまたま目の前を歩いていたと思っていたら、ふと目が合って数秒固まったと思ったらこの状況である。


 何を言っているか分からないだろう。そんな突発的にこの状況が起きるとは思いもしないのがふつうである。


 たまに押し付けられるおっぱいの柔らかさに気を取られそうになり、徐々に都合よくあった背の高い草むらの中へ押し込まれそうになっていく。


 もし押し込まれたらどうなるのか?流石に食べられはしないだろうが、嫌な予感だけが頭をよぎる。


 もはや言葉は通じないだろう。「フーッ、フーッ!」と荒く熱い息が顔にかかる、体格も身長も徐々に大きくなっている鬼族に対してもはや勝てる見込みがない。


 そう思っていた時だった。


「ふへへ…………優しくするからぐえっ!?」


「かかった!うおおおお!」


 後ろから投げ縄が飛んできて鬼族の首に引っかかり、息が一瞬できなくなった鬼族は彼との取っ組み合いをやめて首の縄に手をかける。


「そこの人っ!足を掬え!」


「な、何が…………そうか!」


 今、首の縄をほどこうとしていても、後ろから可能な限り引っ張られて若干のけぞっている状態の鬼族の足がタガ目に移り、聞こえた声の言うとおりに、力の限り鬼族の両足を持ちあげる。


「うわっ!?」


 そうなると、のけぞっていた体に合わせて鬼族の女が後ろに倒れこむ。


「君っ!逃げるんだ!あとは俺たちに任せろ!」


「あ、あんたは…………」


「荒事対処を生業としてる、公共の人間だ!暴行罪でお縄につけ!」


「うえっ!?もしかして噂の退魔課かよ!?」


「そうだ、応援もすぐ駆けつけるぞ!」


「い、いやだ!まだ実家に帰りたくない!」


「帰って大人しく反省するんだな!」


 ギリギリと縄を引っ張って引きずり出そうとする退魔課の隊員(見回りのため私服姿)が言う。


 無論、そんなこと彼女が認めるはずもない。じたばたと暴荒れ始め首を縛る部分ではなく、伸びている方の縄を掴みグイっと引っ張る。


 鬼族のパワーは人間とは比べ物にならない。ましてや、がむしゃらになった彼女の力は隊員の力をはるかに上回る。


 つまり何が起こるかと言いうと、縄を絶対に放すまいとしていた隊員がロープに引っ張られて宙を舞い、重力に従って地面に落下した。


「ぐあぁっ!」


 隊員の口から出る苦悶の声、それを聞いた彼と、そして鬼族の女はサッと顔を青ざめさせた。


 高さはそれほどなかったにせよ勢いだけはあったのだ。多少の怪我は当然しているだろう。


 鬼族の女も、まさか怪我をさせてしまうだなんて思いもしなかった。


 人間は弱い。だからこそめでて、愛していかねばならない。彼女らの考える人間に対する価値観から鬼族の女も血の気が引いてしまったのだ。


 だが、隊員は手を離さなかった。


「だっ、だいじょうぶぐえええ!?」


「ぐっ、うおおおおおお!」


 縄を力づくで引っ張り、鬼族の女の首を絞める。


 思わぬ応戦に彼女も首の縄をほどこうと手を当てる。


「発見!確保ーーー!」


「間に合った!」


「怪我人がいる!治療を!」


 その隙に、時間稼ぎが間に合い白装束が鬼族の女へ群がっていく。


 何が行われるかというと、無論リンチ(比喩)である。


 幸いにも首が締まっているため全身を縛り上げるのは時間がかからなかった。ついでに炒られた豆を投げつけている白装束もいた。


「大丈夫ですか?見たところけがは無さそうですが、貴方が襲われているという通報がありまして」


「え、あ、はい!ありがとうございます!」


 完全に鬼族の女が沈黙したところで白装束が彼に怪我がないか問いかけた。


 白装束が言う通り、彼にはけがは一つもない。汗はかいたが特に被害らしい被害は手に着いた痣くらいである。


「それよりも、あの人は大丈夫なんですか?」


「彼のことか、あの感じだとまだ大丈夫と言ったところです。こういう時の訓練は常にしていますから」


「訓練って、そんなに過酷なんですか?」


「ええ、もっと酷い時もありますよ。今回はまだ楽な方です」


「ら、楽な方って…………」


 彼は困惑した、これでもマシな方なのかと。


「もし、あの人が来てくれなかったら…………」


「大変な目にあっていたと思います。それも、二度と戻れなくなるような酷い目に」


 彼は背筋が凍る思いをした。事実、鬼族は目をつけた雄を力づくで持ち帰り婿にする習性があったりする。


 そうなると色んな意味で二度と人間社会に帰れなくなるのは間違いないので本当に大変な目に遭うのだろう。


「知らないうちに被害が出てるのです。その被害を減らすために、我々がいるのです」


 白装束はそう語った。布で顔は見えなかったが、引き摺られて行く鬼族の女を見ている顔が、少し悲しそうにしていると、彼は思った。

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