第1話 

「取り敢えずご飯食べよ」


私は終を連れて、1階へと降りた。


いつも夜ご飯を食べている長方形の机には、サランラップのされたお皿とお母さんが書いたであろうメモ1枚添えられていた。


「なになに、“仕事行ってくるから温めて食べておいてください”だって」


終が読み上げる。いつも通りのメモだ。特に変わった事はない。


「卵焼きと、ハムと、後これ何? 」


終は皿を上から覗いて、内容物に指を刺しながらそう言った。


「シュールストレミング」


「え、あれ食べるの? 」


酷く軽蔑したような目で終は私を見てきた。


「食べるよ。私の大好物」


終が覗いている皿を慣れた手つきで電子レンジへ運ぶと、500w20秒間に設定して温める。


「そういえば始の家初めて来たかも」


「そうだよ! おうちデートとか予定立ててたのに、先に居なくなっちゃうから……」


「ごめんごめん、許して? 」


電子レンジの温めが完了すると、私は皿を取り出してラップを剥がして机に置いた。


「はいこれ。半分こしよ。お腹空いてるだろうし」


「気持ちは嬉しいんだけど、シュールストレミング入ってるし……」


「ちょっと臭いだけだって」


「いや! 大丈夫。本当にお腹空いてないだけだから。それに、幽霊だから? 食べなくても平気だって」


「それもそうか」


私はまだ中心が冷たい目玉焼きを頬張りながら、これからどうするかを話し始めた。


「死んだ日の事、少しでも何か覚えてないの? 」


「覚えてないねえ。突然の事すぎて」


「そうかあ。やっぱ最初は警察の人とか事件に直接関わった人に情報を聞くのが定石だろうけど、そんな関わりないしなあ」


「始、私の親とかどう? 警察にも色々詳しい話聞いてるだろうし、何しろ今元気にしているのか見たい」


「そうだね。私もそれがいいと思う」


そうと決まれば話は早い。私は皿の内容物を平らげると、2階に戻って今着ている私服から外行きの服へと着替える。


黒のパラシュートパンツにロング丈の白シャツ。私が持っている服の中で唯一オシャレと言える服だ。


「それじゃあ行こっか」


「道案内は任せて」


私はスマホなど必要最低限の道具を黒のショルダーバッグに詰めて、これまた黒色のキャップを後ろ向きに被った。


下駄箱で灰色のスニーカーを履き、家のドアを完全に施錠して、家を出る。


「終、裸足だけど大丈夫? 」


外は太陽がギラギラと光っており、小学校の時屋外で行ったプールの地面くらい、今の道路は暑くなっている。


「大丈夫、そんな気がする」


最初は懐疑的だったが、日の当たっている道路の上を平気で歩いているのを見て、彼女は幽霊か、それに近い類なのだと改めて思い知らされる。


今目の前にいる終は本物で、本物ではないのだ。


私は先に外へ一歩踏み出した終の右手を握って、こう言った。


「手繋いで外歩くの、夢だったんだ! 」


「っ……いいから、早く行くよ」


彼女は恥ずかしそうに、終始私から顔を背けながら歩いた。


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