決戦に立ち会うことは許されず、命を懸けた私の勝負はマイアと神を欺いた時点で終戦していた。

 ユアンなら必ずやり遂げる。その点について疑う余地などないとはいえ、やはり神の死を自分の目で確かめられないと不安は残る。

 このまま先に進んでいいものかと迷うところ、人智とはある程度いい加減だからこそ細い体でも楽に構えていられるのだと、朧気ながらも都会の雑音を知る私からすれば無知も悪い事ばかりではないと納得した。

 とはいえ、見過ごすわけにはいかない問題がまだ残っている。何より私たち革命派はそこを目指して賭けに出たのだから、教会関係者全員が消耗しているのを承知の上でもまだ止まるわけにはいかなかった。

 知識がないのは別に良い。私だってこの様なのだし、あのユアンですら完璧ではないと自らを断定したのだから。

 ……だが、思考を放棄することだけはあってはならない。

 進歩を求めるか。停滞が望ましいのか。尚も偶像に心を委ねるのか。それとも、目を覚ますのか……。

 全ては個人の判断に委ねられるべきだ。私と相反する思想であったとしてもそこは尊重したい。

 しかし、メヘルブの民はその段階に至るより前、神に方向性を強制されてしまった哀れな羊そのものなのだ。

 だから、私が導かなければならない。各々の最適なやり方、人生とは何なのか、生きる意味は果たしてあるのかを……。『何か』を掌握した私にはそれを伝える能力があり、神の掟から人類を解放してしまったからには私が新たに『決まり』を布き、それに従う者と異を唱える者、双方を深く愛するために努めなければならない。

 もう一人の変革者、ヤエさんは私の部屋にマイアを残し、姉と男の子たちと共に街へ向かった。

 メヘルブに住まう全ての住民に召集をかけた。

 私たちも疲労が溜まっている上に空腹で、街全体がお開きムードというのも重々承知だが、悠長に構えてなどいられない。

 皆はまだ天罰の呪いが終わったことを知らない。すぐに伝えなければ元より必要のない朝・昼・夕の祈祷を明日も意義なく繰り広げ、私たちもそれを見せつけられることになる。

 まだ通用する神官権限を駆使。夜間であっても住民の大半は聖堂に集まってくれると判断した。呼びに行ったのがヤエさん、クウラさん、テオ、ロールということで、脅迫染みた印象は多少拭えるはず……。

 それに、来ないなら来ないで別にいい。これからは神の絶対ではなく、営みに参加するか否かを自由に決められる時代になる。断られたところでペナルティを与えるつもりもない。

 四人が出掛けてまだ間もない。自室には私とマイアとオルカさんが残っている。

 振り返ってみると、半ば男子としての告白に似たアプローチを二人にしたような気になり、独りで居心地が悪くなり、またしても自室がアウェーと化す。

 皆が集うより前に片付けなくてはならない事があるため、二人を残して逃亡する。

 それに、務めと気まずさだけでなく、私がマイアと話し合って進展したように、二人にもあらためて向き合う時間が用意されるべきだと思った。

 マイアへの謝罪は後回しにする。私たちには時間があるのだから。

 自室から内陣を挟んで真っ直ぐ倉庫を目指す。二人とも肌が白いから一見分かりにくいが、消耗が酷いのは乱れた髪から明らかだ。念のため、自室の扉は開けたままにしておく。バケツに水を汲むため浴室を中継するから、ついでに倉庫から新品のタオルを持ってこよう。

 やることを決めて自室を後にするところ……。

「悪かった、オルカ」

「いいえ、マイアさんが最初に救ってくれたから、私はこうして皆さんの優しさを感じることができるのですよ」

「……そうか。それなら、良かったのかもしれないな……」

 シーツ一枚に身を包み、暖炉の前に座したままのオルカさんを涙声で抱き締めるマイアの姿があった。

 私もマイアの過去を全て知ったわけではない。印象通りしたたかなのか、邪推の通り本当は繊細な女性なのか。

 答えはどうせ分からないままだろう。印象だけで他者を断定してしまう私たちは、努力はできても正解を導き出すことなど永遠に叶わないのだから。

 悲嘆することでもない。とにかくマイアが等身大の『マイア』として涙を流すことが出来たのはこれが初めてで、私にとってそれは善いことに他ならない。


 流石、小さな街。先人のプライドにより『村』ではないとされてきた、規模の小さな人の営み。

 急ぐつもりはあってもまだ平気だろうと油断した途端に一人、二人、三人と住民が次々と押し寄せてきた。

 内陣は聖堂の最奥。いくらグリーンの血飛沫とはいえ、入口からは覗けないはず。……傀儡たちの散らした出血が跡形もなく消滅していて助かった。

 日中のこともある。皆にとって私は落ち着きがないように映っていることだろう。大量の濡れた雑巾で内陣の汚物を除き、グリーンに染まったバケツを倉庫へひた隠す姿は実情を知らなければ怪しく見えて当然。

 メヘルブの住民は神の媒体の真実をまだ知らない。これについてはもう終わった話だから、後日、聞かれたら答えればいい程度だ。それ以上の衝撃を用意しているのだから、この段階で全てを余すことなく説明しても主題を忘れられてしまう恐れがある。

 とにかくマイアとオルカさんが無実であることと、メヘルブは生まれ変わり、同時に私たちも変わっていかなければならないことを伝えるためにこの場を設けた。

 初日の挨拶時よりいくらか経過した時刻だが、あの時の景色とそう変わらない。

 違いがあるとすれば、私はシスターたちに導かれて『決まり』に乗じたのではなく、自らの意志で臨むということ。そして、あの日のメヘルブとは、もう存在しない過去の思い出になったということだ。

 段々と会衆席が埋まっていく。覚えのある顔がいくつか足りないことから全員揃っていないのは明らかだが、もう良い頃合いだろう。

 ……周りの目を気にしながら不審な足取りで入場する中年の男女がいた。確証はないが、おそらくあれがオルカさんの両親だろう。なるほど、マイアがあれだけ悪く言うだけのことはある。祭壇に用意した一本のワインボトルをブン投げそうになった。

 ちなみにワインボトルは箪笥の一番下を引いたら出てきた。驚き疲れて良いリアクションは取れなかったが、マイアに教えてもらわなければ知らず仕舞ったままになっていただろう。六本あり、そのうち二本は空だった。

 クウラさんがテオとロールを連れて最後列、食堂付近の席に座り、最後に戻ったヤエさんが大扉を開放したまま遠くの私を見て大きく頷いた。刻限としよう。

 二度目の説教台に立つ。ここから皆を見下ろすのはこれが最後になるだろう。

 照明の灯りが強く反射される説教台におもむろに触れると、不気味な粘液が指に付着した……。

 いつも通り万全なスタートは切れなかったが、いつも通りだからこそ緊張が紛れた。一度だけ深呼吸してから『演説』を開始した。

「集まっていただき感謝します。一刻も早く伝えなければならない事があるため、躊躇していられなかったのです。申し訳ありませんが、少しだけ私に時間をください」

 私が語り始めると、いくつか話し声のあった聖堂一帯が一瞬で静まり返った。

 これが神の調教を受けた者たちの習性か……。新たなる神の声とは、そのままの意味だったのだ。

 私の機嫌を損ねれば死んでしまう恐怖への屈服。既にその悪魔も、悪魔の呪いも、この世に存在していないというのに……。

「まず、メヘルブの神は死にました。つまりマイアはもう神の媒体ではありません。皆さんと同じ普通の人間で、同じ被害者です。神にトドメを刺したのは私ではありませんが、私は皆さんの知らぬ間にメヘルブの神を殺す意向を固め、つい先程それを完遂しました。神官たる私には神殺しの資格が備わっていたのです。興味があれば後日お話しします。既にこの街から呪いは完全に無くなり、冤罪のシスター・オルカも一命を取り留めました。私の話が終わった後で試しに今までの不満を口にしてみてください。ちゃんと自分で片付けをしてくれるのなら聖堂で暴れてもらっても構いませんよ」

 現実をそのまま伝えると、神聖な空間が一斉に騒がしくなった。早速ストレスを発散しているのではなく、誰もが変化に戸惑っているのだ。

 やかましい神を除けば、聖堂がこれほど賑やかになるのは初めてのことだ。私の話はまだ始まったばかりだが、偉い人の演説を遮ることもまた自由になった証のため、すぐに静粛を求めることはしなかった。

 教会の入口だけでなく、自室の扉も開けっ放し。マイアは持ってきた椅子にオルカさんを座らせてから扉に寄りかかり、腕組みして私に注目した。

 一人の『カイル』として一人の『マイア』と暫し見つめ合い、私を試すような彼女の無表情に尻を叩かれた気になり、小さく口角を上げてから騙りを再開した。

「私はまだ四日しかこの街で息をしていませんから、皆さんの苦悩は私などとは比べ物にならないはずです。……それでも、私はずっとこの街に不快と狂気を感じていました。特に、神を否定しても罰を受けない世界しか知らなかった私にとって、神を否定するだけであれほど残酷な目に遭うなど異常だった。私はあくまで司教役であり、心からの神官ではないため、個人として皆さんを醜悪だと批評し、時には敬虔でいられる同業に憤ることもあったのです」

 暖炉の前に座り、炎を見つめているオルカさん……ではなく、その両親と思われる二人組を睨んで続ける。

「私はメヘルブの神が滅ぶ最後の瞬間まで……いえ、今もこの先も聖職者ではいられません。今後も似たような立場で新しいメヘルブを導いていく所存ですが、それは指導者か為政者と呼ばれるものであり、私に与えられた本来の役割からは縁遠いものです。文明の更新を望む聖職者など外でも稀有ですから。皆さんの中には神官でない私がこれからもメヘルブの代表として振る舞うことを良しとしない者もいるはずです。しかし、私も引き下がるつもりはありません。何故なら私が最適だからです。……たとえ掟や決まりで魂を束縛されていたとしても、各々に個性や譲れないものがあり、そのプライドがエスカレートして私たちは他者を欺くようになった。裏切られるのは嫌だから、先に裏切ることで優位に立ちたかったのです。神を否定しただけで生きていられなくなる世界です。異端や無関心でも祈りを捧げる必要があったのは理解できますし、その者はまだ自己を失っていないわけですから好感が持てます。今後、私と対立する立場に回るとしても、自己を確立した者が相手であれば私としても大歓迎です」

 私の話を黙って聞いてくれる人々だが、その反応は全てバラバラで、それぞれ顔に書いてある。

 私がメヘルブの神が死んだと断言した時点で涙を流し、崇めるように祈りを捧げている者すらいるのだから、周りの顔色を窺う者、以前より私を見る目付きが悪くなった者も当然いる。

 私はこれから彼らと競い、貶し合うことになるのだろうか?

 神なる共通の悪が滅び、それを皮切りに我こそ新時代のリーダーだと騙る私は、一体どれだけ胡散臭く見えているだろうか?

 そう……。全てが思い通りに行く時代は終わった。権限を失くした私は皆と同列。私の言動を真っ向から否定できる世界になってしまったのだ。

 この先に果たして幸福なエンディングがあるのだろうか?

 扉に背中を預けるマイアと、暖炉前のオルカさん。最後列のクウラさんにテオとロール。そして、入口のヤエさん……は、外側にいる何者かに話し掛けられて夜に消えていった。

 私が庇護するのはみんなの未来。みんなを優先するのであれば簡単だと思えて、それも非常に難しい。長く語り合ったマイアすらもよく知らないのだから、人を愛するというのは反射的に思えて意外と長丁場のようだ。

 私の理想を阻む恐れがあるのが教会外の人々。私も今後は皆と関わる時間を増やすつもりでいるが、今夜の聖堂に集った者たちのうち何人が始めから私に協力してくれるのか。私を快く思ってくれるのか……。

 特殊な才能を持たぬまま皆より一段高い所に立ち、説教台なんて偉そうな呼ばれ方をしている置き物に両手を乗せて民衆を見下している。

 ……これでは駄目だ。私は私の納得するやり方を取ると決めたじゃないか。

 そんな我儘な私を許してくれるみんながいる。それで俯くようなら腰抜けもいいところ。テオとロールにまでこれ以上の嘘は吐けない。

 だから、これで最後にしよう。お説教なんて私らしくもないから……あえて、自分の思うままに。


 ――私が好きな人、私を好きでいてくれる人たちの期待に応えたい。深い愛情を育みたい。

 上手く付き合えるか不安な相手とは緩い繋がりでいい。

 不明だった『何か』とはつまり、意味ではなく『感情』なんだ。


 私が始めたことだ。

 今までの不満を曝け出す。明日は休日にする予定だし、そういえば私の方こそ皆のことを快く思っていないのだから、まずは私から先陣を切るのが筋だ。

 顔を上げて、皆の胸を撃つような鋭い眼差しで。より善い明日を迎えるため、余った『怒り』は全てここに吐き捨てる……!

「皆さん、皆さんはもう自由だ。神の掟により我慢してきた事があれば今すぐ表現できるようになってしまった。とても危険な状況だ。よって、犯罪率を下げるために私もいくつか『決まり』を布かせてもらう。だが、皆さんとは違い私は多忙だったため、具体的な施策はまだこれから。加えて明日は教会を閉鎖するので、少なくとも明後日までこの街は掟も決まりも無い無法地帯となる。無論、私と私の大事なものを迫害するつもりでいるなら問答無用だがな」

 胸元のリボルバーをキャソック越しに叩く。大半は何を隠しているのか見当もつかないだろうが、謎ほど手強いものはないと私もよく知っている。

「だが、あなたたちはそれでいいのか?神の掟がない世界で、自分と同じ人間が布いた決まりに従うばかりで、それで何かが変わるのか?……そうだ。あなたたちはまだ自分で考えていない。私は神を信じる者や私のやり方を否定する者が気に食わないのではない。独断できず思考停止した人間がクソだと言っているのだ!」

 やり過ぎの自覚があるから今回の静寂が一番堪えた……。オルカさんが悲痛に目蓋を閉じ、最後列のテオが「絶対マイアの影響だよ!」と愚痴っていた。

 皆も二十七年分のストレスを抱えているのだろが、今は私の時間だ。そろそろ腹の虫も目覚めそうなため、肝心な部分を伝えて逃げ切らせてもらう。

「皆は解放されたのです。もう理不尽な呪いに怯えることも、本音と建前を姑息に使い分ける必要もありません。メヘルブはこれからです。神の時代が始まるより前からあったものと、後から追加された利器の差をもって、この街にはまだ発展の余地があると感じたはずです。尊厳ある人の営みへ回復するには時間が掛かるかもしれませんが、人口が少なく、偽りでも平和を維持する方法を知っているのは大きな強みです。今後はもう虐めや脅迫もゼロにしますので、どうか正直に生きてください。もう嘘を吐く必要はないのです」

 説教台を離れて祭壇に供えたワインボトルを手に取る。それから十字架の前に立ち、会衆席に集う人々を左から右へ、余す部分なく一望した。

 野蛮だが、何も分からない皆の脳味噌に雷を落とすにはこれくらいやった方がいい。もし、マイアに読心術が残っていたらドン引きでは済まされない。彼女らしくない大人の対応で診療所へ案内されてしまいそうだ。

「神はもういない。更に言えば信徒たちが各々のおめでたい頭で妄想する神など私には全く理解できない。酔っ払っているのか、洗脳を受けているのかとツッコみたくなるくらいだ。しかし、信じるのは自由です。数分前まで神官だった私にここまで言われるのが悔しく、あらためて自分独りで考えて、それでも神は在ると信じるのであれば……私はあなたを笑いません」

 ユアンの槍捌きを真似るようにワインボトルをひっくり返す。栓が抜ければ中身が零れる状態で、ボトルのボディでなく、ネックを握っている時点で察しのついた者もいるだろう。

 特に狂信者には劇薬となるはずだ。初めから酔っ払っている輩には、むしろこいつをくれてやる。

「大切なのは自分の『意思』で答えを求め、自分の『意志』で答えを決めること。正解か不正解かなんてどうでもいい。まずは試しに一歩進んでみましょう。少し歩いただけで景色はいくらでも色を変えるものです。皆にはまだ想像も儘ならないかもしれませんが、私は地獄の後に天国が待っていることを知っています」

 聖堂に集う全ての罪ある者たちへ。

 皆の思想はそれぞれ違う。なおも祈りを捧げている者たちも、それぞれ違う意図があるかもしれない。

 次の瞬間にも男たちが暴れ出すリスクもあれば、私の伝えたいことを明確に理解した賢者もいるかもしれない。

 何て恐るべき人の世界。誰かが敵に回ると、自動的に誰かが味方につく。

 ……それは、人類が一つになることなど絶対にあり得ないという意味だった。

 それでも、民衆の誰一人として目が死んでいないことが分かると、つい期待したくなるというもの……。

「あなたたちは聖なる者でしかなく、まだ生きる者になれていない。だから、私が手本を見せましょう」

 皆に背を向けて、自分より高い位置に掲げられたそれを狙って……!

 

 ――ガシャンッ!……ガラス瓶に詰め込んだワインレッドを殴りつけた。


 場内が騒然とすることはなかった。皆の表情を窺うことはできないが、驚きはあれど取り乱す者はいなかったようだ。

 それは特段、意外なことでもない。何故ならメヘルブの神とは違う神に縋る者たちでさえ、それぞれの『神』に対して半信半疑の状態にあると知っていたからだ。狂信者たちなど麻痺して動けなくなっていることだろう。

 ポトポト……と、十字架から垂れる赤い音だけが聖堂に鳴る。

 十字架全体に行き渡るよう豪快に振るったせいで下にいる私はびしょ濡れ。また雑巾がけすることになるが、祈りの象徴こそが火炙りの刑に処されたかのような様相が痛快で、しばらくこのまま放置したいくらいだった。

 濡れた髪を掻き上げて、最後にもう一度皆に振り返る。

 血塗れみたいな格好になったのは私の方。自爆も同然だが、私の無様を笑う者は一人もいなかった。

「明日は十二月二十五日。神の呪いから完全に解き放たれた最初の日として記念日の扱いにします。先程言ったように教会は閉じますので、信徒の皆さんもどうかこの記念日だけは信仰について考え直す日にしてもらえないでしょうか?勿論、私にそう言われたからではなく、自分で考えて決めてください。相談ならいつでも承りますよ。私は仕事で聖職者をやっているだけなのでね」

 手に残ったボトルネックを放り捨てて説教を終える。私の足元だけ地獄みたいになっている。

「諸君、神とは何か?私はもう答えを出したが、まだなら探してみるといい。時間はいくらでもある」

 定時で退勤するマイア並のルーズさで「メリークリスマース」と後付けしてから壇上を降りた。

 私より先に席を立つのに抵抗があるのか、皆の退場は遅い上に個人差があるが、それも個性の表れとしよう。

 納得がいかないのも承知している。それでも私と勝負したいならまず成長しろという分かりにくいメッセージを隠した手前、今のうちから手を差し伸べるのは避けた。

 ドヤ顔でアウェーの自室に帰ろうとすると、扉に寄りかかるマイアから「自分で片付けろ」と、真っ当な注意をいただいたので、平静を装って引き返した。

 倉庫を目指してUターンする。十字架の真下、ガラスの破片とワインレッドの水滴が混沌とする危ない地点にて……不意に全身の体温が無くなるような感覚に陥り、助けを乞うより先に喉が枯れて気絶した。

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