第4話「線香花火の夜」
4. 線香花火の夜
夜の帳が完全に落ちきった頃、僕らは花火を始めた。お互いに火を渡しあったり、二本同時に持って振り回したりしてふざけたり。二人とも小学生に戻ったように遊んだ。暗闇の中、人のいない静かに波打つ海を背景に、僕らは時間を忘れて遊んだ。
そしてついに、残る花火の本数は線香花火二本だけとなった。
「碧人、どっちの方が長く落とさずに保ってられるか勝負ね」
「いいよ。今回も負けないから」
「私だって本気で行くから!」
カチッと小気味良い音をたててライターに火が付く。そこから二人同時に火をうつし、勝負が始まった。
さっきまでの花火とは違い、パチパチと小さく、しかし激しく弾け続ける線香花火。その中心でだんだんと大きくなっていく火の雫。
「線香花火やるとさ、夏の終わりっていう感じがするよね」
僕の向かい側にしゃがんでいる紬が言った。
「なんか、ちょっと寂しくなる」
線香花火が口元を照らし出す。紬の瞳の中で弾けるオレンジの光。
まるで魔法だ。線香花火という一本の手持ち花火で、こんなにも変わるなんて。たった二本の花火が、あっという間にここを幻想的で少し寂しさの漂う空間に変えた。
紬の言葉もあり、僕はなんだか感傷的な気分になった。
「実際、もう夏も終わるしね」
僕の線香花火はまだ落ちそうにない。パチパチと元気に弾けている。
反対に、紬のほうはもう少ししたら落ちそうだ。
「でも、まだあと一週間ある。残りの日々も思いっきり楽しもう。夏が終わることの寂しさなんて、忘れられるくらいに」
僕が言い終わると同時に、ぼとっという音がした。
「あ」
どうやら紬のほうの火の玉が落ちた音だったらしい。
僕らがそれを見ていると、ちょうど僕のほうの火の玉もぐらぐらと揺れ始め、そして落ちた。
光を失った僕らを、闇が覆った。
「あーあ、あとちょっとだったのにな。また負けたよ、残念」
そう言いながら紬は立ち上がり、懐中電灯をつけた。
「ちょっと感傷的な気分になったりもしたけど、それ含めて楽しかった」
「だね」
「花火やると夏っていう感じするよね」
僕は花火と水の入ったバケツを持ち、花火の空き袋を持った紬が懐中電灯で前を照らしながら夜道を歩く。もう蝉の声もほとんど聞こえない。その代わりに、秋の虫が鳴いていた。
「もう結構、夏休みっぽい事やりつくしたよね」
「たしかに。だけど紬、一番大事なことがまだ残ってるよ」
「え、何!?」
期待の目を向けてくる紬に向かって僕はにやりと笑って言った。
「宿題」
「……あ」
最初の方で三分の二ぐらいをやったあと、ずっと手をつけていなかったのだ。
絶望したような顔をして固まる紬の手から懐中電灯をすっと抜きとり、先を照らしながらさっさと歩く。
「ほら早く。それで帰ったら残りの分やるよ」
「はーい……」
いつもの調子で先を歩く僕と、ため息をつきながらとぼとぼ後ろをついてくる紬。
そんな僕らに、雲の合間から覗く月が優しく、光を落としていた。
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