第3話「夕暮れと幼なじみ」
3. 夕暮れと幼なじみ
八月十九日。夏休み二十四日目。
『ここで、夕方のニュースをお伝えします。先ほど、我が国の調査隊から地下の爆発エネルギーに関する最終調査の結果がとどきました。これによると、やはり一週間後の爆発を避けることは難しく、地球破壊をするほどの影響を及ぼすということも、以前と変わらないようです。進捗はない、逃げる人は速やかに国への申請を、というコメントが届きました』
クーラーをきかせて心地よい温度を保つ室内で、僕らはだらだらと過ごしていた。テレビの中で、淡々と文章を読み上げるキャスターの女性の表情はわからない。わざと感情をのせないようにしているのか、それとも何も感じていないのか。
『今日をもって、全てのテレビ局にて、放送を終わりにします。皆さん今までありがとうございました。皆さんも残りの日数をどうか自分で判断して悔いのないようお過ごしください。ロケットの申請は今日の二十時までとなっておりますので、申請をする方はお早めにやることを強くおすすめします。では、これで午後のニュースを終わります』
ニュースが終わると同時に、テレビの画面に巻き起こる砂嵐。どこのチャンネルの皆同じだった。
「紬、これから映画でもみる?」
「んー、いいや。今日は海に行こうよ。私やりたいことあるんだよね」
「いいよ。じゃあ準備しよっか」
「うん」
お盆も終わって、夏の暑さも少しだけ和らいできており、秋が少し顔を覗かせている。そのせいか、夕方になると少し肌寒くなってきた。
窓から外の様子をうかがったところ、海沿いを道行く人はほぼいなかった。
「そういえばさ、お母さんたちって今頃どうしてるんだろうね。きっとこの世界のどこかにはいるんだろうけど」
「さあ。わからない」
「……会いたいな」
少しだけ見えた紬の顔。瞳にはまつげの影が落ち、その表情は憂いを帯びていた。差し込んだ夕日をまとったその姿は、儚げで、脆くて、切なかった。
「……そうだね」
約半年前のある日、突然僕の両親と紬のお母さんが姿を消した。
僕らは同じアパートで、母さんのお腹の中にいるときからの付き合いだ。紬の家はシングルマザーだった。紬のお母さんと僕の両親の年齢が近く、お互い妊娠中だということもあって意気投合し、僕らが生まれる前から仲が良かったらしい。だから小さいころからよくお互いの家に行って遊んだり、お泊り会をしたり、一緒に旅行に行ったりしていた。
それが、僕らの日常だった。
ある日、学校から帰って家に入ると、いつもいるはずの母さんがいなかった。父さんはいつも夜七時くらいに帰ってくるため、その時間にいないのは当たり前のことだった。しかし、いつもいるはずの母さんもいない。まあ、どこか買い物にでも行っているのかもしれない。普通だったらそう考えるはずだ。だがしかし、そのとき僕はそうは思えなかった。とてつもなく嫌な予感がして、うまく息ができなかった。根拠のない大きな不安が僕の心を浸食していた。そしてその不安は的中した。
誰もいない家の中を進むと、キッチンに一枚のメモが置いてあった。
『ごめん、母さんたちは最期を一緒に迎えられない。本当にごめん。二人は自分の好きなように生きてね。愛してる』
意味が、わからなかった。最期? どういうこと? なんでこんな急に……?
そのときドンドンとドアを叩く音と、紬の叫び声が聞こえた。
紬の家も同じく、家のなかには誰もいなくて似たような内容が書かれたメモが一枚置いてあったらしい。
「ねえ、どういうこと。なんで急にいなくなったの……?」
「……っ、わからない。とりあえず一日待っても帰ってこなかったら捜索願を出そう。とりあえず今日は僕の家か紬の家に二人で泊まろう。そのほうがきっと安全だし、安心できるから」
「……そうだね。じゃあ私今日こっちに泊まる。服とか持ってくるね」
「うん」
その日はお互い、いつも通りに話しながら夕食を一緒に食べた。明るく学校の事を話す紬、その顔はこわばっていて、無理しているのが一目でわかった。でも、それに相槌やツッコミをいれる僕の顔もきっと、同じくらいこわばっていた。「無理しないで」なんて言えなかった。この行為は、お互い自分の心を正常に保つために必要なことだった。
しかしその翌日、地球が崩壊する危機にあることが報道された。
地球があと三か月で終わることが明らかになったその日、世界は騒然とした。捜索願を受け入れてもらえる余裕もなかったらしく、僕らは自力で探そうとした。
しかし、あちこちでパンデミックや暴動などが起こり、外は危険だった。世界が終わるときより、この状況の方がよっぽど地獄だと、僕も紬も思った。そして悟った。僕たちが母さんたちを探すのは無理だと。
そして、母さんたちはこうなることを知っていたのではないかと思った。母さんたちは自分の仕事についてあまり深く教えてはくれなかったし、きっとそういうことなんだと割り切った。
だから決めた。あのメモにあったように、僕たちは最期まで好きに生きようと。
「私さ、あのとき碧人がいて本当によかったと思う」
「それは僕もだ」
血はつながってない。戸籍も違う。だけどお互いが家族のように想ってる。これはもう、家族といっていいだろうと僕は勝手に思っている。
「一人だけじゃ絶対生活できなかった」
「たしかに」
「いや、そこは否定してよ」
サンダルを履いて外に出る。後からつけた二つの鍵も含め、三つの鍵の戸締りをする。二人だけになった僕らは今、同じ部屋で暮らしている。暴動もそんなに起こらなかったとはいえ、この街が安全であるとは言い切れない。色んな所で強盗殺人の事件も起きている。この世界は物騒だ。一人より二人の方が安全だし、安心できる。
「綺麗な夕焼け……」
太陽が、海の向こう側に沈んでいく途中だった。海も砂浜もオレンジ色に染まっている。空は、まるで燃えているようだった。だけど降り注ぐ光はやわらかくて、淡く燃えている、という感じだった。
また、今日が終わる。残る日数はあと七日。こうして紬と夕焼けを見る度に思ってしまう。
この日常が、これからもずっと続いたら良かったのに、と。
叶わない願いだっていうことは知ってる。だけど、だけど、どうしても考えてしまう。なんでこんなことになったんだろうって。
この三か月が全部、悪い夢だったら良かったのにな。
「……痛い」
頬をつねってもただ痛いだけ。何回寝たって変わらない。これは現実だということを、毎朝目を覚ます度に思い知る。
だからといって、ロケットに乗って他の惑星に逃げたいというわけではない。申請書を出した人たちは、他の惑星に行くためのロケットの搭乗チケットを手に入れることができる。だけど、そこで生きていけるとは限らない。実際に、食料を巡って醜い争いが起こっているという話も聞く。そんなところで終わるのはなんか嫌だ。それに、生きるとか死ぬとか関係なしに、夏休みを満喫したかった。この地球から離れたくなかった。
まあ、一週間後に地球と夏休みが終わるという事実はどう足掻いたって変わらない。それなら、僕らがすることはただ一つ。残りの夏休みを楽しむこと。それだけだ。
「碧人ー! こっちこっちー!」
顔をあげた先には、夕焼けをバックに満面の笑みで手を振る紬の姿。
「わかってる、行くよ。そんなにあわてなくてもいいじゃないか」
紬に駆け寄り、少し呆れたように僕は言う。
「だって、花火とかいつぶり? テンションあがるのも無理ないって」
僕の右手にはライター、そして右手には青いバケツ。紬が抱えているのは、手持ち花火の一番量の多いセットだ。
「じゃあ私は海で場所とりしてるから、碧人は水いれてきてね」
花火用の場所取りって、と思ったが紬があまりにも楽しそうだったので「了解」とだけ返した。
いつも通りだけど、いつも通りじゃないこの夏休みの日々。
色々考えてしまう時もあるけれど、最期までずっとこれが続くと考えたら、そんなに悪くないと思えるんだ。むしろいい。僕たちはひとりじゃないんだ。
だから、最期までこの日常を守り切ろう。
バケツに水を汲み終えて、夜が段々濃くなってきた夕空を眺めながら、僕はそう誓った。
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