1:First scene -Side man- ②

 この後の予定は特に決めていない。横浜駅周辺をうろうろするという予定だった。

 ぼくたちは何かをするためにデートに行くというわけではなく、デートそのものが目的みたいになることが多かった。


「なんかちょうどいい映画やってないのー?」

 無邪気な笑顔でユズが聞いてくるので一応調べてみたけど、何かの続編ばかりで特に見やすそうな映画はやっていなかった。

 ――手詰まりだ。

「初手だけど!」

 ユズに突っ込まれる。

「全く。わたしだからいいものの、こんなグダグダデート、普通の女の子だったら怒ってるからね?」

「じゃあユズ以外とデートするつもりはないから大丈夫だね」

「っ……またそんなこと言って」

 ユズは意外と真正面からの言葉に弱かったりする。

 そのあたり含めてぼくは彼女のことが好きだった。

「あとちなみにいうけど、デートに三十分遅刻してくるのは普通の男だったら怒ってるからな?」

「うげぇ」

 踏みつぶされたカエルの断末魔、あるいはボディブローを食らったジャンヌダルクみたいな奇声をあげたユズはそのまま前方を指差した。


 その方向に目をやると、ダーツショップの看板が見えた。

「ダーツ? ユズダーツやるっけ」

「いや、やらないけどトモくん結構好きじゃん?」

 彼女の指摘通り、ぼくはそれなりの頻度でダーツに行く。

 ダーツはワンプレイ百円のところが多く、ちょっとした時間つぶしに最適なのだ。

 その上、うまくいった動きを再現し続けるゲームという性質上、上達がわかりやすい。

「好きな人の好きなことは体験したいよ」

 純粋無垢な笑顔でそう言ってくるので、ぼくは言葉を裏返しながら、「じゃ、じゃあはいろうか」と言った。

 ぼくも結構真正面からの言葉には弱いのだ。

 そしてなんだかんだ一時間くらいぼくたちはダーツをプレイした。

 初めてど真ん中、ブルに当てた時のユズの反応が可愛くてあんまり時間感覚がなかったけど。

 日常系アニメのオープニングみたいなジャンプをしていた。

「見てよ、ど真ん中入ったよ」

「そうだね、野球ならホームラン打たれてるね」

「ねえなんでそんな嫌なこと言うの?」

「ボウリングならスプリットだね」

「確かに非力な人が真ん中のピンにあてるとそうなっちゃうね」

「ストラックアウトなら五番だね」

「野球ネタが被るの早すぎない?」

「囲碁なら天元だ」

「五番から碁盤に飛んだね。そんなことよりわたしの初ナイスワンの喜びを分かち合おうよ!」

 多くのダーツの台では、ブルに当てた時「ナイスワン」という表示が出る。

「気持ちいいよね。ぼくも初めてブルにいれた時の喜びはまだ一昨日の晩御飯のように思い出せるよ」

「結構怪しいラインだよ~!」

 ぼくはなんとなく上機嫌そうな彼女の頭をぽんぽんと叩いてから矢を構え、ダーツのど真ん中、ブルの部分に三投とも突き刺した。

 

――――ハットトリック。


ぼくはどや顔で振り返る。

「さ、ユズの初ナイスワン記念を祝おっか」

「本当に! 性格が! 悪い!!」

 さて。

 大学生がお腹いっぱいご飯を食べて、ダーツで少し体を動かした後にやることと言えば一つしかない。


 単刀直入に言うと、エロいあれだ。


 特にぼくとユズのように、片方が実家暮らしであまり気軽に外泊ができないカップルはこのあたりの事情が少しシビアで、授業終わりにぼくの下宿先に誘うか、休日のデートでは夕方から夜にかけて“休憩”に誘うしかない。

「ねえ、ユズ……このあとさ」

「ん~? トモくんはなにかしたいことあるの?」

 ユズはだいたい察しているのだろう、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらぼくを肘で小突いてきた。

 くそう、なんでこういうのは男から誘わなきゃいけない流れなんだ。ユズだって本当はしたい癖に!

 って思う気持ちは横に置いて、ぼくは「ちょっと汗かいたからシャワー浴びたいな」と言った。

「汗かくほど動いたっけぇ~」

「......」

 ぼくはじっとりとした目線を送ったけれどユズはそれを涼しい顔で受け流した。

 ふん、もういい。

 いじけたぼくは伝家の宝刀を抜くことに決めた。

「まあ、昼間にんにくドバドバラーメン食べていた女の子を抱くのはちょっとやめておこうかな」

「!」

 ユズの顔が一気に赤面する。


**


 そんなこんなでぼくたちは仲良く付き合い続けて、気が付けば大学生活が終わった。

 数年間も、この透き通るような恋心を抱き続けることができたのは、奇跡に近かったのかもしれない。

 お互いに関東への就職が決まり、職場も近かったので卒業を機に同棲することになった。

 ユズは実家から通えなくもない距離だったため、同棲を打ち明けるタイミングでご両親への挨拶も済ませた。

 プロポーズはまだだったけれど、お互いに「一年くらい同棲してみて、仕事も落ち着いたら結婚しようね」という話もした。

 順風満帆な日常。ぼくらを言い表すにはそんな単語がぴったりだっただろう。



 ――でも、そんな日常も、ふとしたきっかけで壊れてしまうんだ。

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