小悪魔風女子の苦悩
うたた寝
第1話
「シクシク……」
「………………」
待ち合わせたカフェへと向かい、席に座ってみると、呼び出した張本人であるハズの彼女が分かりやすくシクシク泣いていた。
恐らくこちらから触れてほしいのだろうが、そうはいかない。友人だって長い付き合いだ。これに触れたら話が長くなることなど分かっている。こういうのは無視が一番なのだ。
「シクシク!!」
「………………」
音量を上げてきた。しかし負けてはいけない。迂闊に相談に乗るとオールのカラオケだ何だに連れ回される危険性さえある。頑なに無視をしなければいけないのである。
「シークシクシクシクシクシクシクシクシクシクッ!!」
「うっるせぇなっ! セミかてめぇはっ!? 分かったよっ! もう聞くよっ! 何があったんだよっ!?」
友人の問いに、よくぞ聞いてくれたとばかりに彼女は顔を上げると、
「実はね……?」
自慢でも何でもないが、彼女には恋愛経験がまだ一度も無い。いや、正確に言うと、好きな人ができた経験、つまり、片想いの経験はあるわけなので、そういう意味では恋愛経験自体は人並みにあるのかもしれないが、誰かと交際した経験も無ければ、誰かに告白された経験も無い。
にも関わらず、彼女は非常にモテそうに見えるらしい。
モテなそうな人がモテてないのは言っちゃあなんだがイメージ通り、という感じがするが、モテそうなのにモテてないって何かとても非常に致命的な問題を彼女自身が抱えているような気がしないでもないが、それでも、モテそう、と言われてそんなに悪い気もしない。
多分、モテそう、という印象は単純に、男性とよく話しているからそういう印象を持たれるのだろうな、とは思う。
変な話ではなく、彼女は男性が好きなのである。……いや、まぁ、全く変な意味が入ってないか、と言われると首を縦には触れないが、恋愛感情を一切無しにしても、男性と話すのが結構楽しくて好きだったりもする。
おかげで男友達も結構増えた。休日に男性と二人で出掛けることも少なくは無い。これを言うと絶対『デート?』と聞かれるが、単純に遊びに行っているだけで、そういう感覚は無いのだが、男女二人が休日に一緒に出掛けていると、世間一般的にはやはりデートと見なされるらしい。こちらの話など聞きもしない。
彼女としては友達と遊びに行っているだけなので、当然、違う男友達と一緒に遊びに行くことだってあるのだが、それを外野が見ると面白おかしく騒ぎたくなるものらしく、男遊びをしている、という風に言われることが増えた。
まぁ、確かに男と遊んではいるか、ガハハハハー、とさして気にも留めなかったので、特に行動を改めたりもしなかった。そのせいか、生粋の男好き、なんて揶揄されたりもする。生粋、かはともかく、女が男を好きで何が悪い、とこれも開き直っている。
男女の友情なんて成立しない。だってどっちかはどっちかを異性として見てる。なんて言われたりもするが、この男友達に異性として見られる瞬間が、彼女としてはちょっと面白かったりした。急に照れたような反応をするのがちょっと可愛くて楽しかったのである。
スマホで動画を見せる時、あえてちょっと肩が触れるくらいの距離に近付いたり、ツッコむ時にそれとなく相手の肩や膝に触れてみたり。その時々で相手が照れたような反応をするのがちょっと快感だったのだろう。私も女として見られるくらいには色っぽいんだなー、なんて変な自信に繋がっていたりもした。
この男性をちょっとからかう、という性癖の始まりは恐らくもんのすごいちっちゃい時に、お風呂上がりのすっぽんぽんの裸を男友達に見せて、相手がもの凄く照れて面白かったのが始まりであった。これに関しては流石に、お前一体何してくれている、と彼女は過去の自分の頭をひっぱたきたいくらいであった。会う度に未だに痴女扱いされる。ド正論ではあるのだが、何も言い返せないのも悔しいので、その度に『お前だっていつまで私の裸覚えてんだよ』って言い返したりしている。
彼女としては単純に相手を照れさせたいだけの行為で、誰彼構わずやっているわけではない。
仲の良い、そういう冗談が通じそうな相手にだけ面白おかしくやっているだけなのだが、どうにも世間はそういうことをしている女性に何か言いたいものであるらしい。
男の気持ちを弄ぶ小悪魔、なんていう風に呼ばれ始めてしまった。
弄んだ記憶なんて無いんだがなぁ……、と思いつつ、小悪魔、と呼ばれるのはちょっと面白かったため、以来、ちょっと小悪魔っぽく振舞い始めた。こっちのことを小悪魔な女子、だと思って向こうも接して来るから、イメージを崩さないようにちょっとしたサービスのつもりだった。
小悪魔、というキャラが浸透して来ると、何でか恋愛相談されることが異様に増えた。小悪魔=恋愛経験豊富そう=いい恋愛のアドバイスが貰えそう、なのだろう。
しかし、さっきも触れたが、彼女には交際経験など無い。男女の交際などフィクションの世界でしか知らないのだが、小悪魔キャラを維持したい彼女は本屋で恋愛の本、みたいなものを買ったり、ネット動画で恋愛の駆け引きみたいな動画を見まくった。途中、何してるんだろう? 私、とふと我に返ることもあったが、とりあえず一通り知識を得た後、相談相手に自分なりのアドバイスを伝えたりもした。
何か上手くいかなかったら本の作者か動画投稿者を恨め、と責任の一切からは逃れるハズだったのだが、意外や意外、得た知識は中々に的を得ていたらしく、全部とまではいかないが、大半の相談者の恋愛は上手くいったらしい。
自分の交際経験はまだ0なのに、人の恋愛が自分のアドバイスで上手くいくことに釈然としない思いはありつつも、まぁ上手くいって良かった、くらいに思ってたのだが、その相談に対する回答の実績も相まって、彼女への恋愛相談件数はどんどん増えていった。しまいには散々彼女は揶揄してたハズの女性陣までどのツラ下げてかアドバイスを求めにきた。
彼女に相談すれば好きな人と付き合える、なんていう都市伝説まで流れ始めていたのだが、その当の本人は未だに好きな人とは距離を縮められずにいた。
恋愛感情を抱いていない男性とは普通に話せるのに、何で恋愛感情を持った男性とは話せなくなるのか、同じ男性なのに不思議なものである。人には偉そうなにアドバイスしつつ、自分の恋愛には活かせないのである。
いや、何となくは分かるのだ。こういう時にこういうことをすればいいんだろうな、とは頭では分かっているのだ。伊達に恋愛の本を山積みにして、恋愛動画を見漁ってはいない。だが、行動に移そうとした直前、恥ずかしくなってその一歩を踏み出せないのである。
何が小悪魔だ。と思わんでもない。まぁ、自分で言い出したわけでもないのだが。
しかし、小悪魔風女子にも意地があり、この前どうにかこうにか、意中の男性と一緒に帰ることに成功した。まぁ、頑張った風に言ってはいるが、実際はたまたま一緒になった、というだけなのだが。
帰り道、よく浴衣を着ている人とすれ違った。お祭りでもあるのかな? と思っていると、案の定、設置されている掲示板の張り紙に『夏祭り』の文字があった。それも『集え! 夏の恋人たち!!』の文字と一緒に。
恋人以外行っちゃいけないのか、とやや顰蹙を買いそうな文言ではあるが、彼女としてはちょっと都合のいい文字だったため、彼女はポスターを指差して、
『一緒に行きませんか……?』
彼女としては勇気を振り絞って聞いてみた言葉だった。相手の反応をビクビク伺っていると、彼はようやく口を開き、
『あっぶねー……』
『へっ?』
あっぶねー、とはこれ如何に? と彼女が思っていると、
『危うく真に受けるところだった……』
『へっ? へっ?』
『本気にするから止めろよなー』
『へっ? へっ? へっ?』
…………へぇぇぇぇぇっっっっっ!?
そう。どうやら、小悪魔キャラが浸透し過ぎたせいで、何を言っても本気にしてもらえなくなってしまったみたいなのであった。
なるほどな。一連の話を聞いた友人はコーヒーに口を付けてから、
「お前の日頃の行いが悪いんじゃね?」
「何でさぁっ!?」
涙目で訴えかけてくる彼女。まぁ同情の余地はある。発端は勝手に周りに作られたイメージである。だが、その後イメージを死守するために色々やってたんだから、結果やはり自業自得な気がする。
「私は本気で誘ったのにぃ……っ」
めそめそと机に突っ伏す彼女。一回のデートの失敗でこんなめそめそしているようじゃ、小悪魔への道はまだまだ遠いな、と友人は思ってコーヒーを飲んだ。
小悪魔風女子の苦悩 うたた寝 @utatanenap
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