013 愛すべき罪人共

「鍛え上げるとか宣言しといて、何も思いつかねー」


 病院から出て、街を一人歩く。見慣れない風景だ。

 

「……そうか、この監獄都市に来てまだ数日しか経ってないのか」


 今は昼間。街は活気だっていた。多くの露店が出ていてよく分からん食べ物だとか商品を売っている。匂いを嗅いでるだけで腹が減ってくる。


 

「まいどありー」


 美味い。よく分からん肉の串焼きを買った。甘辛いタレがかかってる。ここ最近食べたので一番の味かもしれない。


 そう言えば、よく分からないのはこの生徒手帳も同じか。今の支払いは全部生徒手帳で行われた訳なんだが……いつ俺は取り出したんだ? というか、俺は何処にコレをやってた? ダンジョンに入る時、俺はどこにしまってたんだ?

 

 んー、思い出せない。ただ、今分かる事は、俺が必要としたら勝手に手元へ戻ってくるよく分からん機械、それがこの生徒手帳という事だけだ。なんだソレ、普通に怖いんだが?


 肉を食いながら考える。よく分からん繋がりで言うとこの街も変だ。

 田舎という訳じゃない。俺の住んでた所に比べれば活気は何倍も上、人も多い。けど、そうじゃない。なんていうか、そう、文明が遅れてる。

 

 五大都市の一つ、統天都市リオネルを思い出す。あそこで使われてた技術は訳が分からなかった。話を聞くに、監獄都市ラライバも五大都市の一つらしい。同じ五大都市でこうまで差があるのか? リオネルがずば抜けてるなら良い――良くも無いけど――が、もし逆だったら?

 

 罪人認定者の暮らしているこの監獄都市だけ、技術が遅れていたら?

 

 この街には高層の建物がない。

 ――あっても三階くらいが限度。

 受付によく分からん機械が浮いてる訳じゃない。

 ――全部人がやってる。


 ここにあるのは、俺の知ってるような技術で生み出されたモノばっかだ。もちろん、生徒手帳のように俺の知らないヤツもあるが。

 まるで、技術の進化を制限されてるかのような――――


「あー、今日の俺はダメかもな。やな事ばっか考えちまう」


 何か無いかなー。お、そうだ。ダンジョンなら鍛えられるんじゃね? キメラみたいなイレギュラーはもういないらしいし。らしい、というか、俺達が押し付けられて倒したんだし。ゴブリンとかなら素手でもやり合えるだろ。


「んじゃあ、二回目のダンジョンアタックといたしますかあ」


 いやぁ楽しみだな。


 ***


「は? 入れない?」


「そうですよ?」


 意気揚々いきようようとダンジョンに入ろうとしたら、受付に止められた。

 受付ってのはアレだ。誰がダンジョンに入ってるのかとかを管理する役目の人だ。キメラの時はコッソリとレイレイに入れられた訳だが、普通はダンジョンに入るという事を知らせる必要があるらしい。あの担任は俺達にそう教えた上で放り込みやがった。


 ちなみに、ココはダンジョンの出入り口の上に建てられた巨大な建物――通称、ダンジョン協会だ。ここ近辺で一番のデカさ。中はダンジョンの出入り受付とか、換金所とか、酒場とか、ダンジョン攻略する人々に味方する施設が揃っている。


「まだあなたは学園の上層ダンジョン講義、訓練すら受けて無いので」


「いや、そんなの無くても行けるって。キメラ討伐できたし」


「規則ですので。あなたの担任教師が怒られた主な理由も、訓練前の生徒をダンジョンに送った事ですから」


 マジかよ。アイツの怒られてる理由ソレかよ。


「少しだけ! ほら、先っちょだけ入るのは!?」


「ダメです」


 粘ったがダメだった。これ以上ゴネても無理っぽいので俺は諦めた。

 


 かー、話が通じねぇ。俺の英雄ふれあい計画がとおのいちまった。


 どう鍛えようか。そう言えば寮の近くに空き地があったよな。木剣でも買って素振りでもするか? 空き地なら筋トレも出来るよな。よし、そうし――――


「ガッ」


 痛。人にぶつかった。鎧が硬い。


「あん?」


「……悪いな、じゃ」


 幸先が悪いな。いやまあ、考え事してた俺が悪いんだが。


「おい、待てよ」


 肩を掴まれる。

 ――マジかよ。

 仕方なく振り返る。


「……見ねぇ顔だな。新入りか?」


「あ? 俺もお前なんか知らねーよ」


 俺がぶつかったおっちゃんが、ニヤリと笑いながら俺を見てくる。悪どい笑みだ。


「そうかそうか。先輩を敬えねーってのか」


 ――おいおいおい。これ、知ってるぞ! じっちゃんの英雄譚に出てきた! 確かこの後こう言うんだ!


「生意気なガキだな。よし、俺がこの街での正義ってヤツを叩き込んでやるよ。“強さ”って言う正義をな」


 ――うおおおー! マジかよ。感動した! 俺が生涯で聞きたかった名セリフ、ランキングTOP10が今日聞けるなんて!


「……いいぜおっちゃん。俺に教えてくれよ、その正義ってヤツをよ」


「ふっ、伸びた鼻を折るのも大人の役目、か」


 なんか、おっちゃんも楽しそうじゃね。あと、その鎧付けっぱなしなの?


「おぉ〜また『新人潰し』がやるってよ!」「ホントか〜?」「よーし俺は新人に賭けるぞ!」「んじゃ俺は連敗脱出に賭ける!」「賭けるバカはいねぇ〜か〜?」


 え。知らない罪人共が俺とおっちゃんを取り囲んで、即席のコロシアムが出来ちまった。一体感というか、連帯感半端ない。秒で場が整えられたぞ。


「ふふ、怖いかガキ?」


「あん? なわけねーだろ」


「そうか、その威勢がいつまで続くかな。フンッ!」


 ――なんだ、コレ。

 俺の背中をヒタリと冷汗が流れてるのを感じる。おっちゃんの雰囲気が一気に変化した。今までの草臥くたびれた小悪党といった感じから、百戦錬磨の英雄のような……!?


「おお〜」「カッケェな『新人潰し』!」「これでなぁ……」

「今日こそカマせ〜!」「新入りぃ〜、のまれるなよ〜」


 野次が五月蝿うるさい。

 ――これは、本気でやらないと負けるか……?


「きな、新入り。先手は譲ってやるよ」


 おっちゃんが挑発してくる。


「……お、おう」


 右手の拳を構える。魔術は使わない。コレは漢の一対一タイマン、無粋ってヤツだろう。


 俺は、全力で地面を蹴った。


 ――昔、じっちゃんが言っていた。


『鎧を着た相手ぇー?』


 ――おう、そうだよ。剣じゃ倒せねーじゃねーか。どうすれば良いと思う?

 

『……そうだなぁ、お、良いことを教えてやるよ――――』


「――――どんな敵も、力いっぱい殴れば倒せるッ!」


 ザ・ゴリ押し。おっちゃんの腹を、鎧含めてぶん殴る。


「グボァ!」


「イッテェ!」


 おっちゃんがぶっ飛んで、人混みの中に倒れる。殴った反動で手がイテェ。

 俺は反撃を警戒して構えを解かなかった。なにせ、あの覇気。たった一撃で倒せるなんて考えない。

 

 ……起き上がらねぇ。誘ってんのか?


 と、思ったら近くにいた知らない罪人がおっちゃんの頬をペチペチと叩いて叫んだ。


「『新人潰し』ダウン! 勝者、新入り〜!!」


「は?」


「あぁ」「ダメだったかぁ、五連敗だぞ」「前は爆弾でぶっ飛びやがって。今回は拳一発かぁ」「賭けの払い戻しこんだけかよ、お前らもっと『新人潰し』に賭けろよ」「どうせ見た目だけだからなぁ」


 知らない罪人共が俺の方を残念そうに見てくる。

 ――なんだよ。俺が悪いのかよ。あん?


「よお、新入り。よく勝ったな。だが、奴は新人潰し四天王最弱。次は……おい! 次は誰だ!?」


 知らない罪人が俺の肩を叩いてくる。

 なんか、俺の次の相手を探してるらしい。なんなん?


「お前いけよ」「えぇ、あのパンチ喰らったら無理だろ」「てか、普通に新入り強くね?」「知ってるぞ俺。アイツ、キメラ殺しだ」「「「「え?」」」」


 俺の肩を笑いながら叩いてた罪人が身を引きながらたずねてくる。


「新入り君。ちなみに君の名前は……?」


 ――なるほどなぁ。察したぞ。


「ハッ、俺の名前はラスカ・テリオン! 夢は英雄になる事! 特技は……キメラをブン殴る事だ!!」


「……ハハハハ。ようこそダンジョン協会へ。同じ罪人として頼もしい限りだよ! まさか、初のダンジョンアタックでキメラを倒してくるなんてね!」


「お、おお! よろしくな!」「いやぁお前のお陰で一層が安全になったからな!」「良くやった!!」「最高ー! よっ、未来の英雄ーー!!」


 俺は知らない罪人から喝采を浴びまくった。

 コイツら手の平クルックルじゃねーか。おもろ。

 

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