012 『セララ』
その後の話をしよう。キメラを倒した俺達はダンジョンから脱出した。道中は俺がモンスターをブッ殺し、ゼノンがレトを背負ったらしい。
らしい、というのも俺はそこら辺の記憶が
なんでも、ダンジョンから出てすぐ。待ち構えていた担任教師――レイレイに殴りかかる直前で力尽きたのだとか。
そのままゼノンは事情聴取。俺とレトは病院送り。
そして、元凶のレイレイはしこたま怒られたようだ。
今回の件。キメラは上層に出現するとはいえ一層よりもっと下の層に出るのが普通であり、今回は完全なイレギュラーとの事。
そんなイレギュラーの討伐依頼をレイレイが受け、俺達に任せたというのが真相らしい。
レイレイの言い分は『別にサボってたわけじゃなくてー? あの子達の訓練にちょうど良いのがキメラくらいしか居なかったんだよー。実際ちゃんと倒してこれたじゃんー?』とのこと。ふざけるな。ぶん殴ってやる。
――そんな話を俺は担当の医者から聞いていた。
「と、まあこんな感じかな。いやぁ新人にキメラ討伐とか狂ってんねぇ君の担任さん」
「次会ったら張り倒してやるよ」
「まあ、狂ってるのは君の身体もだけどね」
は? お前も張り倒すぞ。
「医療系魔術込みで、全治一週間は最低でも必要だと見たんだけど……一日で回復するなんてねー。人体の神秘ってヤツだ」
「あー、体は鍛えてるからな」
「それだけで治るんなら私も体鍛えようかなぁ」
昔から体だけは鍛えてきてるからな。山育ちなめんな。
「……そんで、レトはどんな感じだ?」
「あーね。レト・ラ・セララか。」
レト。キメラをたった一人で追い込んだクラスメイト。俺のミスが無ければあんな展開にはならなかった。
全部、俺のせいだ。
「とりあえず命に別状はないよ。キメラ戦での傷もほとんどが彼女自身の自傷行為って訳だし。なんなら君よりも怪我は軽いまであるよ」
「……でも、傷は残んだろ」
「残らないよ。火傷の痕を残すなんてヘマ、それこそする訳ないじゃないか。そんな低レベルな医療の時代はとっくに過ぎ去ってるんだよ」
「そ、そうか」
レトの命が無事だと分かって、次に心配だったのはソレだ。幼馴染――リリアは傷は勲章みたいな事言ってたが、傷が残るのはダメだと思う。しかも火傷痕だしな。
「そんなに心配なら会ってくれば?」
「え?」
「もう意識は回復してるし、最低限の治療も終えてるよ。病室は――――」
***
医者に聞いた病室の扉の前に立っている。
こういう時どうすれば良いのだろうか。傷ついた奴に会う経験なんてない。孤児院では俺がボコされる側だったし。
『気づいてるから、入ってきなさい。鍵は開いてるわ』
うだうだと悩んでたら部屋の中から声をかけられた。
――行くか。
「入るぞ、レト」
扉を開け、病室の中に入る。白い部屋に、甘ったるい匂いが充満していた。
入り口の奥、ベッドに腰掛ける少女がいた。包帯を巻いた少女――レトの長髪を窓から差し込む光が紅色に照らしている。
「久しぶりね……といっても一日かそこら辺かしら。この匂いが気になる? ダンジョンから採れた資源で作った薬みたいね。魔術とかで治すよりも、傷痕が残らないそうよ」
話しかけてくるレト。その様子は初めて会った時と変わりな……くはない。なんか、初めて会った時よりも優しく感じる。角が取れて丸くなった感じだ。
色々と気になる事があったが、とりあえず俺は頭を下げた。
「……悪い。俺のせいだ。俺のミスでキメラにやられちまった。俺のミスが無ければもっと楽に倒せたかもしれないのに……」
――英雄になるなんて言っといて、情けねぇ。
「……顔を上げなさい」
顔を上げる。レトは俺の方を、吊り目を下げ、申し訳なさそうに見ていた。
「あなたに思う所が無いと言えば嘘になるわ。でも、私もあなたも、ゼノンも無事だったのだから。それに……」
「それに?」
「私も、悪かったわ」
「は?」
「ゴブリン戦も、キメラ戦もあなたの負担が一番大きかった。本来なら後衛二人がもっとサポートするべきだったのよ」
――いや、俺は……。
「……俺は前衛だし」
「前衛だから何なの? 私たちは三人1組のパーティなのよ。負担は分けるべきだし、協力してダンジョンに挑むべきじゃないの?」
お、おう。
「でもなぁ、俺がやっぱり前に出てモンスターとやり合った方が……」
「あなたねぇ……あなたはちゃんと強いのだと思うわ。でも、私からするとゴブリン相手に無双できて、あの担任教師には手も足もでない、そんな強さなのよ」
まじか? でも、側から見れば俺が勝ってるのゴブリンとか一層目の弱いモンスターくらいな気がする。
「あなた、傲慢なんじゃないの? 傲慢というか自惚れ? 私を助けた時も『後で罵ってくれ〜』って気取りすぎよ。そもそもあなた一人でキメラを倒せるなんて私もゼノンも思ってなかったわ。だからどうするか考えてたところであなたが倒れて……分かるかしら? あなたにそんな期待している人なんかいないの。もっと気楽にやりなさい」
「は、はい」
なんていうか、グサっと来たぞ。俺のメンタルにヒビが入った音がする。
「……あーもう! さっきからナヨナヨしすぎなのよ! たった一度のミスがなんなのよ! 初めて会った時みたいに『英雄になるんだー』とかバカみたいに叫んどきなさいよ!」
――は?
「……おいおい、俺はな、申し訳なく思ってたんだぞ。たった一度のミス? その俺のミスのせいでお前は死にかけてんだ。気にするなって方が無理があんだろ」
「でも、そのミスで誰も死んで無いじゃ無い。私も一週間もすれば完全復活するのよ? そんな時に辛気臭い顔した悪人ヅラが見舞いに来て……あなたの暗いメンタルが私に感染ったらどうすんのよこの英雄バカ!」
「ハァー? さっきから英雄バカってなんだよ。俺はギャグで言ってるんじゃねーぞ、ガチで英雄になるんだよ。この、この……炎女!」
「はいぃ? 英雄バカを英雄バカって呼んで何が悪いのよ。ダンジョンにいる時も『未来の英雄のお通りだー』って、聞いてるこっちが恥ずかしいの! そんなカッコつけ、とっくに卒業しとくべきなのよ!」
「あん? 大体――――」
「なによ。そもそも――――」
「おい――――」
「は――――」
***
「ハァハァ」
「ふぅ……疲れたわ」
俺も疲れた。こんな言い争い初めてした。孤児院じゃ言い争う前に、先に手が出てたからな。そして俺がボコられるんだ。
「あー」
「何よ、英雄バカ」
「……もーいいや。とりあえず悪かったな」
「何よ? また言い争いでも始める気?」
「ちげぇよ。――次はねぇ。キメラだろうがあの担任だろうが、全員ぶちのめしてやる」
「……へぇ。調子は戻ったの?」
「戻す。いや、今まで以上に鍛え上げてやる。学園が始まるまで一週間もあんだからな」
そうだ。諸々の件で学園再開は一週間後らしい。その時間を使ってどこまでイケるか。
「んじゃ、じゃあなレト。一週間後、学園でな」
見舞いはこれくらいでいいだろ。新しい用事もできた事だし。
「あ、待ちなさい」
呼び止められた。なんだよ、まだ言い争う気か?
「おん?」
レトはもじもじとしながら俺を見上げてくる。
「その……レトっていうのやめない?」
「は? お前の名前だろ」
何言ってんだこいつ。やっぱ、火傷のせいで頭までイカれちまったのか?
「……私の名前はレト・ラ・セララ。『セララ』と呼ぶ事を許すわ」
「? そうか。じゃあなセララ」
「え、ちょっと!?」
なんだよ。まだなんかあんのか?
「なんか無いの!? ほら、『俺の名前はラスカ・テリオン。テリオンって呼んで良いぜ』みたいな!」
いや……
「テリオンはファミリーネームだし。ラスカが名前だよ」
「ふぁみりーねーむ? それより、ラスカが名前だったの??」
「当たり前だろ」
「えぇ!?」
レト――改めセララ曰く、テリオンが俺の名前だと勘違いしていたらしい。なんでだよ。
「たぶん、私とあなたで前世の価値観が全く違うのでしょうね」
「あん? 前世の価値観って、前世の記憶なんて無いんだからどうもこうも無いだろ」
「……本当に常識が無いのね。前世の才能や技術が引き継がれるのに、記憶が一切引き継がれないなんて、本気で思ってるの?」
――何?
「人によって個人差はあるらしいけど、前世での習慣とか価値観が一部引き継がれるのよ。あなたにも自覚が無いのかしら? 命名式でつける名前とかも前世に引っ張られやすいと聞くわ」
――まじかよ。ん、でも?
「特に無いな。俺は俺だぞ。名前も半分は幼馴染につけてもらったやつだし」
「えぇ。自分で考えなさいよ。……あ、なら『前世憑き』も知らないの?」
「なんだよ、それ」
「前世の記憶を完全に継承した人の事よ。自我の強い英雄や罪人に多いと聞くわ。それでも前世憑きになる確率は相当低いらしいけど……」
そんなのも居るのかよ。お、待てよ……?
「おい、前世の記憶を持ってるヤツが居るって事は、英雄譚に出てくるような英雄本人と触れ合えるって事か?」
「? そうじゃないの」
マジかマジかマジか!?
「セララ」
「ん、何かしら?」
「俺が
「……あぁ、あなたならそうなるわよね。英雄バカめ」
――好きに言ってろ。俺の目標が増えたんだ。気分が良いなぁ?
「じゃあな。メチャクチャ鍛え上げてサッサと脱獄してやるぜ!」
――こうして、俺はセララの病室をあとにした。
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