010 sideレト・ラ・セララ

 ダンジョンなんて簡単だと思ってた。

 ――私は同年代の誰よりも異能の扱いが上手かったから。

 一層、二層と、層を重ねる毎に強力になる敵対者モンスターに、希少な異界の資源。

 私なら簡単に攻略出来ると思ってた。

 ――私には特別な才能があると言われたから。

 

 結果はどうだ?


「「「あ」」」


 英雄バカラスカが倒れた。致命傷とまでは見えない、気絶してるのだろう。

 誰のミスかと言われれば、全員のミスだ。ゴブリン戦以降、ほとんど彼が一人で戦って来た。連携はなってないし、負担の度合いは彼がダントツ。

 

 あぁ、彼が居なければキメラなんて戦う事にはならなかっただろうに。

 彼が三人私達の平均を底上げしてる。あの教師もソコを考慮してキメラ討伐を私達に言い渡したに違いない。

 

 その事実に、彼への恨みがつのると共に、私の実力のなさに悔しくなる。

 そんな彼がキメラにやられたのだ。少しだけ、恨みが晴れた気がする。そして、そんな事を考える私自身への自己嫌悪が膨れ上がる。


 ラスカの実力は本物だった。冗談で『英雄になりたい』なんて言ってる訳ではないのだと思う。彼という前衛のお陰で私達はダンジョン攻略を進められていた。


 彼の戦闘力は異常だ。まるで、歴戦の英雄かのような戦い方をしている。

 彼の身体能力も異常だ。もし私と彼が向かい合って戦う事になったら、私が異能を行使する前に殺されるだろう。


 そんな彼――ラスカがやられてしまった。やられ――――


爆弾男ゼノン! ラスカを回収しなさい!」


 ――あのキメラ、動ける私達よりもラスカを優先する気だ! も、気絶しているラスカを脅威に見ている!


「で、でも、キメラが……」


 ――なんだ、この役立たずは。

 キメラは強力なモンスターだ。少なくとも、監獄都市に入ったばかりの、ダンジョン初心者三人で挑む相手では断じてない。

 だから、怖気つくのは当然とも言える。彼の前世は後衛である前に、戦闘職ですらないのだろう。発明家という奴だ。でも――――


「彼を見殺しにするの!? キメラは――私が惹きつけるわ!! あなたがラスカを回収、そのままダンジョンから脱出を目指すのよ!」


 ――会ったばかりの、ラスカの言動に魅せられた。


「レ、レトは……」


「私はっ……、」


 ――その選択がどういう意味かは、私が一番分かってる。


「……私は、ここに残ってキメラと戦うわ」


「そ、それじゃ!」


「私とあなただけじゃ、どうせキメラから逃げ切れない。殿が必要なのよ。それは、私が最適なの」


 そう、それが一番。ほら、キメラがこっちを見た。私の炎を鬱陶しく思ってる。

 ――もう、後には引けない。


「私が惹きつけてるうちに、早く!」


 火力を上げる。いつも無意識のうちに掛けているセーフティをぶっ壊す。離れてる私にも熱さが伝わってくる。キメラはどれだけの熱を感じてるのか。


「……絶対、生きて帰ってくるんだよ!」


 ゼノンがラスカを背負って広場から出ていく。ゴブリンくらいなら彼の爆弾でも倒せるだろう。

 

 火力を更に上げる。もう、誰にも遠慮する必要は無い。


「さぁ、楽しむわよ。私の、一世一代の火葬場を!」


 周囲に炎は十分。全て私の支配下。何処までやれるかは分からない。けど、負ける気は――無い。

 

 ――今、炎が踊り出す。



 

 ***

 

 どれだけの時間が経ったのだろう。

 私は広場を駆け巡っていた。私の背中には炎で出来た翼が生え、キメラは炎で出来た鎖に雁字搦がんじがらめにされていた。


 もう、限界は超えていた。肌も焼けて赤くなっている。ここまでの火力が私に出せるなんて知らなかった。火事場の馬鹿力という奴だろう。私の場合は火事場で火を起こしてる訳だけど。


 私の異能である《オーラキネシス》には制限がある。昔、私の異能を調べた時に判明した事。この、念力と属性付与の複合型異能は、精神力によって、能力が左右されるらしい。例えば――――


「グガァァアア」


 パリンと、鎖が砕ける音が鳴った気がした。キメラは無事だ。多少焼けている気もするが、命に関わるほどではない。

 

 ――もう、十分じゃないの?


 悪魔が囁く。


 ――あの二人ならダンジョンからもう出れてるかも。


 キメラの周囲の炎が鎮火していく。


 ――疲れたんでしょ?


 身を包む炎が消えてゆく。


 ――あれ?


 足が動かない。一度折れてしまえば、私の異能は沈黙する。

 

 たまたま座り込んだ、すぐ近くに、彼――ラスカの剣が落ちていた。


 あのキメラとやり合って、刃が欠けている。こんな剣でも、私の首くらいなら斬れるだろうか。


 ――何を考えてるんだろうか。

 ――でも、あのキメラに喰われるくらいなら……。


 震える両手で剣を掴み、目をつむる。

 走馬灯というヤツだろう、私は昔の事を思い出していた。


 私には姉と兄が居た事。

 ――とても,優しかったのに。

 

 二人とも英雄認定されて、私も期待されてた事。

 ――私の異能の腕も含めて、その期待は大きかった。


 私も英雄になりたかった事。

 ――物語に出てくるヒーロー達に憧れた。


 仲の良かった同年代の子達と遊んだ事。

 ――英雄ごっこで、私はいつも英雄役だった。


 どうしてだろう。どうして私は罪人なんだろう。

 

 私が罪人だと分かった幼馴染たちは私を拒絶した。

 

 私が罪人だと分かった姉と兄は私を冷たい目で見た。

 

 私が罪人だと分かった両親は何も反応してくれなかった。


 ――どうして私が英雄じゃないのか。今なら分かるかもしれない。


 彼を救った時の情熱は既に冷めていた。

 キメラが近づいてくる音が聞こえる。


 ――だって私は、誰かを救う為に賭けると決めたこの命が、こんなにも。

 


 ――――惜しいのだから。


 


 ああ、すぐ側にいる。私の炎で熱された、熱い鼻息が両側から襲ってくる。


 もう、どうなろうといい。


 ただ一つだけ、私は何処で間違ったのだろうか?

 キメラと戦おうとした事?

 英雄に憧れた事?

 それとも――前世が罪人な事?


 もう、何も分からない。分からなくていい。すぐに解放されるのだから。

 

 キメラの鼻息が、私の耳をこだまする。



 

 

 ――だから気づかなかった。

 ――その足音に。

 ――英雄は、その手を掴み、決して離さない事を。


「グゥルァァ」


 キメラの鳴き声と共に轟音が響く。

 思わず目を開ける。

 そばに居たはずのキメラは後方に吹っ飛んでいた。


 目の前に居る、片足を振り上げて、赤く染まった男のせいだろう。汗で濡れた黒灰色の髪。全てを飲み込む黒い瞳。綺麗に整った悪人ヅラ。まさに、罪人のお手本といった風貌の男は語る。


「……悪りぃな。遅れちまった。全部俺のせいだ。ここを出たら幾らでも罵倒してくれ。けど、今は先に――――キメラコイツをブッ飛ばす」


 血塗れの男――ラスカはバツの悪そうに目を逸らし、キメラの方へ体を向けた。

 


 ――そうだ。だから私は気づけなかった。

 

 ――その英雄の産声に。

 

 ――その姿に、憧れてしまったから。

 

 

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