010 sideレト・ラ・セララ
ダンジョンなんて簡単だと思ってた。
――私は同年代の誰よりも異能の扱いが上手かったから。
一層、二層と、層を重ねる毎に強力になる
私なら簡単に攻略出来ると思ってた。
――私には特別な才能があると言われたから。
結果はどうだ?
「「「あ」」」
誰のミスかと言われれば、全員のミスだ。ゴブリン戦以降、ほとんど彼が一人で戦って来た。連携はなってないし、負担の度合いは彼がダントツ。
あぁ、彼が居なければキメラなんて戦う事にはならなかっただろうに。
彼が
その事実に、彼への恨みが
そんな彼がキメラにやられたのだ。少しだけ、恨みが晴れた気がする。そして、そんな事を考える私自身への自己嫌悪が膨れ上がる。
彼の戦闘力は異常だ。まるで、歴戦の英雄かのような戦い方をしている。
彼の身体能力も異常だ。もし私と彼が向かい合って戦う事になったら、私が異能を行使する前に殺されるだろう。
そんな彼――ラスカがやられてしまった。やられ――――
「
――あのキメラ、動ける私達よりもラスカを優先する気だ!
「で、でも、キメラが……」
――なんだ、この役立たずは。
キメラは強力なモンスターだ。少なくとも、監獄都市に入ったばかりの、ダンジョン初心者三人で挑む相手では断じてない。
だから、怖気つくのは当然とも言える。彼の前世は後衛である前に、戦闘職ですらないのだろう。発明家という奴だ。でも――――
「彼を見殺しにするの!? キメラは――私が惹きつけるわ!! あなたがラスカを回収、そのままダンジョンから脱出を目指すのよ!」
――会ったばかりの、ラスカの言動に魅せられた。
「レ、レトは……」
「私はっ……、」
――その選択がどういう意味かは、私が一番分かってる。
「……私は、ここに残ってキメラと戦うわ」
「そ、それじゃ!」
「私とあなただけじゃ、どうせキメラから逃げ切れない。殿が必要なのよ。それは、私が最適なの」
そう、それが一番。ほら、キメラがこっちを見た。私の炎を鬱陶しく思ってる。
――もう、後には引けない。
「私が惹きつけてるうちに、早く!」
火力を上げる。いつも無意識のうちに掛けているセーフティをぶっ壊す。離れてる私にも熱さが伝わってくる。キメラはどれだけの熱を感じてるのか。
「……絶対、生きて帰ってくるんだよ!」
ゼノンがラスカを背負って広場から出ていく。ゴブリンくらいなら彼の爆弾でも倒せるだろう。
火力を更に上げる。もう、誰にも遠慮する必要は無い。
「さぁ、楽しむわよ。私の、一世一代の火葬場を!」
周囲に炎は十分。全て私の支配下。何処までやれるかは分からない。けど、負ける気は――無い。
――今、炎が踊り出す。
***
どれだけの時間が経ったのだろう。
私は広場を駆け巡っていた。私の背中には炎で出来た翼が生え、キメラは炎で出来た鎖に
もう、限界は超えていた。肌も焼けて赤くなっている。ここまでの火力が私に出せるなんて知らなかった。火事場の馬鹿力という奴だろう。私の場合は火事場で火を起こしてる訳だけど。
私の異能である《オーラキネシス》には制限がある。昔、私の異能を調べた時に判明した事。この、念力と属性付与の複合型異能は、精神力によって、能力が左右されるらしい。例えば――――
「グガァァアア」
パリンと、鎖が砕ける音が鳴った気がした。キメラは無事だ。多少焼けている気もするが、命に関わるほどではない。
――もう、十分じゃないの?
悪魔が囁く。
――あの二人ならダンジョンからもう出れてるかも。
キメラの周囲の炎が鎮火していく。
――疲れたんでしょ?
身を包む炎が消えてゆく。
――あれ?
足が動かない。一度折れてしまえば、私の異能は沈黙する。
たまたま座り込んだ、すぐ近くに、彼――ラスカの剣が落ちていた。
あのキメラとやり合って、刃が欠けている。こんな剣でも、私の首くらいなら斬れるだろうか。
――何を考えてるんだろうか。
――でも、あのキメラに喰われるくらいなら……。
震える両手で剣を掴み、目を
走馬灯というヤツだろう、私は昔の事を思い出していた。
私には姉と兄が居た事。
――とても,優しかったのに。
二人とも英雄認定されて、私も期待されてた事。
――私の異能の腕も含めて、その期待は大きかった。
私も英雄になりたかった事。
――物語に出てくるヒーロー達に憧れた。
仲の良かった同年代の子達と遊んだ事。
――英雄ごっこで、私はいつも英雄役だった。
どうしてだろう。どうして私は罪人なんだろう。
私が罪人だと分かった幼馴染たちは私を拒絶した。
私が罪人だと分かった姉と兄は私を冷たい目で見た。
私が罪人だと分かった両親は何も反応してくれなかった。
――どうして私が英雄じゃないのか。今なら分かるかもしれない。
彼を救った時の情熱は既に冷めていた。
キメラが近づいてくる音が聞こえる。
――だって私は、誰かを救う為に賭けると決めたこの命が、こんなにも。
――――惜しいのだから。
ああ、すぐ側にいる。私の炎で熱された、熱い鼻息が両側から襲ってくる。
もう、どうなろうといい。
ただ一つだけ、私は何処で間違ったのだろうか?
キメラと戦おうとした事?
英雄に憧れた事?
それとも――前世が罪人な事?
もう、何も分からない。分からなくていい。すぐに解放されるのだから。
キメラの鼻息が、私の耳をこだまする。
――だから気づかなかった。
――その足音に。
――英雄は、その手を掴み、決して離さない事を。
「グゥルァァ」
キメラの鳴き声と共に轟音が響く。
思わず目を開ける。
そばに居たはずのキメラは後方に吹っ飛んでいた。
目の前に居る、片足を振り上げて、赤く染まった男のせいだろう。汗で濡れた黒灰色の髪。全てを飲み込む黒い瞳。綺麗に整った悪人ヅラ。まさに、罪人のお手本といった風貌の男は語る。
「……悪りぃな。遅れちまった。全部俺のせいだ。ここを出たら幾らでも罵倒してくれ。けど、今は先に――――
血塗れの男――ラスカはバツの悪そうに目を逸らし、キメラの方へ体を向けた。
――そうだ。だから私は気づけなかった。
――その英雄の産声に。
――その姿に、憧れてしまったから。
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