009 その英雄は己の為に

『よおじっちゃん。なんかねーのかよ』

『なんかって、なんだよぉ』

『かーっ、言わねーと分からねーか。ほら、英雄譚だよ。カッコいいヤツがいいな』


 ――ちっちゃい俺がじっちゃんに英雄譚を強請ってた。

 

 ――夢だ。すぐに気づいた。俺は今、ダンジョンでキメラと戦ってたはず。


『たく、仕方ねーなぁおい。今日はアレにすっか』

『アレ?』

『八の頭を持つ怪物みたいにデカい蛇、ヤマタノオロチを倒した英雄の話さ』

『おおー! 凄そうだな!』


 ――なんか、俺、馬鹿っぽくね。こんなだっけ。


『この蛇が曲者でなぁ。火を吹くし嵐を呼べるし、何より頭が回る。しかもその頭を斬り落としても直ぐに生えてくるんだよ。だからヤマタなんて言ってるが十にも二十にも頭が増えたって話だぜぇ?』


 ――何だその超生物。強すぎだろ。


『何だそれ。強すぎだろ』

『だろぉ?』


 ――しかし、ヤマタノオロチなんて出て来る英雄譚、そんなのあったっけな。


『その蛇は悪いヤツでなぁ? 村を壊して街を崩す。人も大勢食われちまった。そんな時に立ち上がったのがこの英雄譚の主役英雄だよ』


 ――キメラと戦ってたのは覚えてるけど、その後どうなったんだっけ。


『おお! そんな怪物に勝てるヤツがいんのか!?』

『いいや、ソイツは悪知恵が働いてなぁ。蛇野郎に毒を仕込んでやろうって思いついたんだよ。毒で弱ってるなら倒せるだろうってなぁ』


 ――おお。毒か。頭良いなー。


『毒ぅ? そんなの英雄のやり方じゃねーだろ』


 ――小さい俺は分かってねーな。英雄ってのはな。


『ハハッ分かってねーなぁ。英雄ってのはな、どんな手段を選ぼうとも、自分の願いを傲慢に叶えちまった奴のことを呼ぶんだよ。その点、コイツは紛れもなく英雄だよ、英雄』

『そうかー?』

『おう。そしてなぁ? 真正面から毒を仕込むのは無理だと考えたコイツはな、蛇野郎に世界中から集めて来た食べ物や宝物を捧げて言ったんだよ。『世界は貴方に服従しました』ってな。勿論、蛇野郎も信じた訳じゃねーぜ? でも、世界中から集められた食べ物に目がなくてな。グルメってやつだよ』

『ぐるめな怪物……』

『蛇野郎はなぁ、服従の真偽は置いといて、まずは世界中から集められた食べ物を楽しもうと考えたんだ。けどその食べ物には――――』

『はいはいはい! 分かったぞ俺。食べ物に毒を仕込んでソレを食べて弱った蛇をぶん殴ったんだろ? かーっ、俺くらいになると英雄が何したか分かっちまうんだ。英雄と同じ思考回路を持ってんだよな』


 ――思い出した。俺はキメラと戦ってたんだ。まだ決着はついてない。

 

『ハハッちげぇよ』

『はっ?』

『確かに蛇は毒を仕込まれた食べ物を食べた。が、それは一つの頭だけでなぁ? 苦しみ出した一頭を見た他の頭は急いでソイツを切り離した。

 そして、八の頭を生え揃えた蛇は怒った。食べ物を粗末にするなと。

 英雄も怒った。人間を粗末にすんなと。

 三日三晩にわたる戦いの始まりだ。まあ内容は飛ばすが勝ったのは英雄。蛇野郎は八枚下ろしにされちまった』

『えぇ……』

『こうして、後に伝説となる八頭斬りの英雄が生まれたってわけさ』


 ――英雄譚は終わったようだ。俺も戻らねーと。


『なんだそのオチ。最初から戦った方が速かったんじゃね』

『さあなぁ? 毒の影響が一頭だけとは限らないし、全く意味がなかった訳じゃねーだろぉ』

『むむ。……俺、アイツと剣の練習してくるわ。じゃあな』

『おう、頑張れよ』


 ――俺の願いが通じたのか、景色が白く薄れていく。全てが白に染まる前、じっちゃんと目が合った気がした。その口が小さく動く。『う、ま、く、や、れ、よ』?

 意識が戻――――


 ***


「……スカ…………カ・テリオン! ラスカ・テリオン!!!」


 ハッと目が覚める。

 ――状況はどうなった?


「ラスカ君! 良かった!!」


 ゼノンが肩を揺すってくる。イテェ。場所はさっきの広場じゃ無い。狭い洞窟の中だ。


「あーキメラは、どうなった……? あと、レトは何処だ」


 レトが居ない。俺の意識が戻ったのに何処行きやがった。

 ゼノンは顔を歪め、ゆっくりと言葉を吐き出した。


「セラ……じゃなくてレトさんは、一人――――」


 ――一人で殿しんがりになっている。


 全てを聞く前に、俺の足は駆けていた。痛む身体に無理やり、切れていた魔術をかける。身体能力の向上だ。


「――待って! ラスカ君!」


 ――ふざけるなよ。俺の英雄譚で、俺のミスで人が死ぬなんて許さない。全てを救う気はない。でも、俺の手の届く範囲では絶対に許さない。コレは俺が最高の英雄になる物語なんだ。

 その邪魔は――――


「――――誰にもさせない」


  

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