005 監獄都市ラライバ

 ――夢を見ていた気がする。じっちゃんとリリアと、おいしい物を食べて、名前を打ち明ける夢。俺の前世が英雄だって大喜びすんだ。

 そんで――――――


「んぁ?」


 意識が覚醒する。体は問題なく動く。

 ここは何処だろうか。何か、フカフカした物に背中を預けている。

 あと、意識を失う前の状況を思い出した。

 ――あの運転手め。次会ったらぶん殴ってやる。


「今度はどこだ?」


 監獄都市に着いたら起こしてくれんじゃなかったのかよ。

 身を預けていたソファから立ち上がる。孤児院にあったのよりも上等なヤツだ。

 ちなみに、さっきまでと違ってコレといった拘束具は付いていない。


 場所はどこかの部屋らしい。机が一つと、それを挟んでソファが置かれている。家具の高級感に比べてとても味気ない部屋だ。


「あ、起きましたかぁ〜?」


 部屋のドアを開けて入ってきた人物がいた。


「意識の方は大丈夫ですかぁ? 命名式で暴れて〜って人が多いんですよぉ」


 甘ったるい、耳を這う様な声を持つ女。翡翠色の長髪は緩くカーブしている。なんていうか、おっとりとした印象を受ける。おそらく、あの髪と同じ色合いのタレ目がそうさせるのだろう。

 あと――――胸デッカ。デカすぎだろ。爪先見えてねーんじゃね。リリアはスターンって感じだったけど、この人はドデーンって感じだ。スターンドデーン、スターンドデーン。


「あ、今私の胸を見ましたねぇ〜。コレ、邪魔なんですよぉ〜」


 バレてーら。

 お相手さんはお胸を持ち上げては落としてる。デカい。俺が今まで会ってきた奴の中で一番デカい。


「あー、あんたは誰なんだ? てか、ここ何処よ」


 このままだと、永遠に巨乳について語る事になってしまいそうなので話を戻す。


「そうでしたぁ。私はぁ、この監獄都市にきた初めてさんにぃ色々説明する係なんですよ〜」


「やっぱり、ココが監獄都市なのか」


 今日一日でどこまで来たんだか。朝一で孤児院を出て、監獄都市とやらにまで来ちまった。てか、今何時だよ。


「いえいえ〜、ここはまだ監獄都市の中じゃないですよ〜」


「おん?」


「ここは監獄都市と、外界を繋ぐぅ関所の様なところ何ですよ〜」


 どうやら、まだ監獄都市とやらの中じゃないらしい。まあ、監獄っぽさないもんなこの部屋に。強いていえばこの部屋の入り口が一つで、窓が無いことくらいか。


「つまりぃ、今ならまだ逃げれますよぉ? ここに居るのは私だけですしぃ」


 ニヤニヤとしながらこちらを見てくる巨乳女。


「ご家族がいるんでしたかぁ。監獄都市に入ったら出るまで会えませんよぉ?」


 ――なるほどなぁ。


「……俺を試してんのか?」


「と、いうとぉ?」


 耳に残る喋り方しやがって。俺のタイプはもっとお淑やかな女の子なんだよ。


「俺はお前に勝てねぇ。何となく分かるんだよ」


 肌で感じる相手の力量。たぶん、リリアよりも強い。底が見えない不気味な感じ。

 じっちゃんとはまた異なる意味で格の違いを感じる。


「あら〜分かるんですか? ここで暴れて監獄都市について身体で教え込まれるのがテンプレなのですがぁ。なら普通にぃ説明しますねぇ」


「どうせお前から逃げれても、なんかあんだろ」


「ふひ、ここに送られた時点でぇ、あなの身体にはナノマシンが打ち込まれてるのですよぉ。だから、どこに逃げようと分かっちゃうわけですね〜」


「ナノマシン?」


「あら、知らないんですかぁ? まぁ、魔法みたいな技術ですよぉ。害は特に有りませんしぃ」


 えぇ。なんかよく分からないモンが俺の体に打ち込まれてるらしい。気持ち悪。


「それはともかくぅ、監獄都市の説明をします〜。パチパチ〜」


 女は手を叩いて場を盛り上げようとしてくる。盛り上がるわけないだろ。じっちゃんとリリアに会えないって話もまだ納得してねーんだぞ。


「あら、テンション低めですかぁ。それもそうですね〜」


「いいから、監獄都市とやらについて説明しろよ。それとも何か? 俺をココからすぐに出してくれんのか? おん?」


「監獄都市からの出方ですかぁ? それはぁ刑期をゼロにすれば出れるんですよぉ」


 刑期。あの運転手も言ってた気がする。刑期って言うくらいだから、何年とか決まってんのか?


「それはアレか? 三年とか五年とかって話か?」


「ん〜、少なくとも数十年、普通は数百年くらいですよぉ?」


 ――は?


「おいおいおい、人間サマの寿命を勘違いしてねーか? 数百年ってもう死んでるぞ。おい」


「そうなのですよ。だからぁ、監獄都市では罪人さんの刑期を減らすお手伝いをしているのですよぉ」


 ほう?


「その一環としてぇはい。あなたには罪人学園に通ってもらいますぅ!」


「ふざけてんのかこのデカ乳女」


 ――おっと、本音が。


「は?」


「ひっ」


「あ、ふざけてなんていませんよぉ〜。来たばっかの罪人さんはぁ監獄都市についてよく分かってないのです。だからぁ、その理解を深めるために学園への所属を勧めてるのですよ〜」


「……す、勧めてるってことは入らなくても良いって事か?」


「それも良いですけど学園に入らないと刑期を減らす仕事の斡旋あっせんができませんよ? 監獄都市で一生を終える気ですかぁ?」


 って事は実質強制じゃねぇーか。一々鼻につく言い方しやがって。


「とまあ、重要なのはコレだけですねぇ」


「は? その刑期を減らす具体的な方法を教えろよ」


「そこらへんは学園のお仕事ですからぁ。はい、コレが学園の生徒手帳ですよぉ。監獄都市内での買い物とかぁコレ一つで全部出来るので無くさないでくださいねぇ」


 片手で持てるサイズ。平べったくて、黒い長方形の機械を手渡された。俺が触れた瞬間、そいつの画面が強く光った。


【生体リンク終了。持ち主固定、ラスカ・テリオン】


「うお、喋った」


「監獄都市内の地図とかぁ、あなたの寮の場所とかもソレで検索できますからねぇ〜」


 色々と弄ってみる。

 俺の名前、監獄都市の地図と思われるモノ。あとは幾らかの金が入っていた。じっちゃんもやっていたカード決済ってヤツだろうか。お、俺の前世も書かれている。やっぱり罪人Aってなんだよ。それに、これは俺の刑期――――――


「そういえば、外に出るのが目的なんでしたかぁ?」


「あん? そうだよ。家族がいるからな。それに、俺には夢があるんだよ」


「なら私から言えるのはぁ、『強くなってください』。監獄都市では強さが正義みたいな所がありますからぁ。いっぱい鍛えると良いですよぉ」


 ――へぇ、良いじゃねぇか。俺が英雄になる為の、最初の障害か。これくらい乗り越えられねーと、英雄になれねーからな。


「……いいぜ、俺は英雄になる男だ。もっと強くなって、監獄都市から飛び出してやるよ」


「その意気ですよぉ。じゃ、監獄都市に案内します〜」


 ***

 

 巨乳女の後をついて行く。長い道を淡々と進んでいく。

 道の果てにあったのは大きな門であった。


「ここを潜ると監獄都市の中ですよぉ〜。覚悟は良いですかぁ? 逃げるなら今ですよ」


「はっ、今更引くわけねーだろ。サッサと監獄都市なんて乗り越えてやるよ」


 悪いな、じっちゃんにリリア。こんな所、すぐに出てやる。

 ソレに、――楽しみなんだよ。罪人から成り上がる英雄譚。俺の、俺だけの物語が始まってんだ。

 

 俺は、女に続いて門を潜った。


「どんな所なんだろーな」

 

 数秒の暗闇を経て、新しい景色が浮かび上がる。先に潜った女がこちらに振り返ってニコリと笑う。


「ようこそ、監獄都市ラライバへ。歓迎しますよ、新入り罪人さん?」


 喧騒が耳に響く。夕暮れの中、多くの人が行き交っている。その中には剣や槍といった武器を持つ人、美味しそうな食べ物を抱えている人、様々な人がいた。

 

 生まれてから初めて見る景色だった。俺が住んでた孤児院の辺りは田舎だったから分からないけど、それは監獄都市ここ以外の都市でも見れる、ありふれた光景なのかもしれない。

 

 それでも、俺は心躍っていた。

 初めて見る景色だったからか? いいや、違う。この景色は、まるで、じっちゃんの言っていた英雄譚に出てくる異世界の風景そのものだったから。

 そうだ。門を潜った先で俺を出迎えたのは、――じっちゃんの言葉を借りて表現するなら――正に、ファンタジーな街並みだった。


 

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