003 輪廻転罪

 ――この日の衝撃はよく覚えている。

 なにせ、数日前の事だ。確か、あの日は――――


 ***


 命名式当日だ。神サマの前で自分の名前を宣言する日。

 俺達はじっちゃんに連れられて、朝早くから近くの街へと向かっていた。街に着いたら今度は魔動列車とかいう、もっと速い乗り物に乗り換えて、もっと大きい街に行くのだとか。

 

 俺は楽しみだった。初めての大きな街。じっちゃんは都会の方は摩天楼とかいう建物が並んでて、昼も夜も関係なく光が灯っていると教えてくれていた。俺にはよく理解出来なかったけど、なんか凄そうってのは分かってた。幼馴染――リリアも心なしかワクワクしているのを見てとれた。珍しい。

 

 魔動車の中で、俺達はじっちゃんから命名式について聞かされていた。なんでも、自分の名前を宣誓する事で、前世との決別を意味する? とか何とか教えられた。

 あと、俺達の前世が何だったかも調べるらしい。中には英雄の前世保持者として、英雄学園に通う事になる事例もあるのだとか。


 俺の前世は何なんだろうか。幼馴染のリリアはまず間違いなく英雄とかだろう。コイツが英雄じゃなかったら何なんだという話だ。


「なあ。俺の前世は何だと思う?」


「む、そうだな。お前は……」


 リリアの顔が百面相している。そんなに悩む事かよ。ちなみに俺達が名前で呼び合わないのはじっちゃんの為だ。

 今日の命名式が終わったら秘蔵の酒を出すとかなんとか、そこで名前を打ち明けようって決めてるんだ。

 俺達の名前だけじゃない、じっちゃんの名前もだ。俺達はじっちゃんの名前を知らない。気にもしてなかった。


「うん、お前は普通の凡人かもな。剣の上達は早い気もするが、それくらいだしな」


「いやぁ、お前は罪人かも知れんぞぉ? 猿みたいに襲いかかってきやがって」


 そう。前世の認定には三種類あるらしいのだ。英雄と、凡人。そして罪人の三つが。

 

「サル? 罪人なんて嫌だぜ、俺は。んー、やっぱり英雄じゃねーかな。ほら、努力の天才とか言うじゃん? 俺にぴったしだと思うんだよな。そんでさ、色んな事身に付けて万能の英雄サマって呼ばれんだ。カッー、最高じゃねーか。そしたらやっぱりモテるのかな、モテるよな――」


「……また始まった」


「お前は努力の天才じゃなくて、妄想の天才だろぉ。ハハッ」


 あーでも無い、こーでも無いと、他愛無い話をしながら俺達は目的地へ目指して行った。

 魔動列車はデカかった。俺が千人くらい乗り込めそうなデカさだった。後、滅茶苦茶速かった。

 じっちゃんの魔動車より何百倍も速いぞって言ったら、『俺の車は旧型のロマン全振りだからなぁ。流石に魔動列車には勝てねーよ』と返された。だから街に降りるのに何時間もかかってるのかと気付いた。あとロマンってなんだよ。


 列車からの景色は面白くなかった。この列車は地下を走ってるらしく、外は真っ黒。

 朝早くから動いてたからか、リリアは眠っていた。俺も寝ることにした。おやすみ。


 ***


「おい、起きろ。着いたぞ」


 リリアに叩き起こされた。叩き返したら避けられてカウンターを喰らった。いてぇ。


「早く立て。降りるぞ」


 リリアに手を引かれながら歩く。まだ眠たい。ホワホワした頭の中、列車から降りたら度肝を抜かれた。眠気も一瞬で羽ばたいていった。なんだこれ。


「よぉし、ここが五大都市の一つ、統天都市リオネルだぞ」


 いっぱい空に伸びていた。細い棒みたいな建物が空へと向かって伸びていた。

 なんか、思っていたのと違った。

 どの建物にも窓はなく、あるのは入り口だけ。その入り口を通じて中に入っても、数人しか入れないだろう狭さが外観から見てとれた。


 俺とリリアは立ち尽くしていた。肩透かしを食らった感じだ。


「おいじっちゃん。俺はもっと凄いのを予想してたんだぞ。なんか光輝いてデッカい建物がだな――」


「まぁ、入ってみれば分かるぞぉ」


 じっちゃんに背を押されながら、細い棒の一つに入っていく。


「いや、だからだ、……な、……は?」


「え、これは……」


「どうだぁ? これがこの世界アルナの真骨頂、複数の前世異世界の才能を統合したが故に生まれた超技術の一つ。半永久的空間拡張技術だ。スゲェだろ? こんなよく分からん技術を生み出せた世界はココぐらいだろぉぜ」


 俺とリリアは圧倒されていた。建物の見た目と実際の中の広さが違うのだ。中では多くの人が行き交っていて、一種の街を形成していた。そして――――


「空……?」


 空がある。建物の中に空がある。自分で言っててよく理解してないけど、目の前に青空が広がっている。


「おいおい、そんなキョロキョロすんなよぉ。。おのぼりさんに見られるだろ? あ、実際そうだったな。ハハッ」


 じっちゃんの笑い声も気にならないくらい、俺達は呑まれていた。通常ではあり得ないその光景に。


「ほら行くぞ。別に観光しに来た訳じゃねーからな。用事はさっさと終わらせるに限るからな」


 半ば放心状態の俺とリリアはじっちゃんに手を引かれながら、ある建物に入っていった。たぶん、ここで命名式とやらをやるのだろう。他にも俺と同じくらいの歳のやつらが沢山いた。


「よし、お前らも成人なんだから、ここからは二人で行きな。あそこの受付のAIが案内してくれるはずだからよぉ」


「……じい様、とは何ですか?」


「おん? そりゃあ異世界の才能から生み出されたテクノロジーの一つだな。人間みたいに行動する機械なんだよ。何なら人間よりも頭が良いかもな」


「は? 人間よりも頭がいい奴を人間が作れるのかよ?」


 放心から回復した俺はツッコミを入れた。

 さっきから空間拡張やらAIやらよく分からん言葉の連続だ。最早、理解は諦めてる。


「お前は時々鋭いよなぁ。まあ、作れるとだけ言っとこうか」


「はえー」


 凄い馬鹿みたいな声がでた。


「そこら辺はどうでも良いから。おら、行ってこい」


 リリアと一緒に、恐る恐る受付に向かっていく。人間サマよりも賢いかもしれない存在とご対面だ。お相手は四角い箱だ。あと浮いてる。


【今日は何のご用ですか】


 喋った。喋ったぞコイツ。


「え、うえ、命名式を……」


【そうですか。命名式はこの地図にあるエレベーターに乗って、3階で行われます】


 なんか、目の前に光ってる絵が浮かび上がってきた。絵というか地図だ。地図のとある場所が点滅している。ここがエレベーターなのだろう。

 リリアは昔の無口さんに戻った様だ。こんな時だけズルい。でも、俺はコイツの兄みたいなもんだからな。うん。


【個別の案内は必要ですか】


「いや、大丈夫だ」


【そうですか。あ、言い忘れてました。成人、おめでとうございます】


 ……AIスゲェ。どうやってこんな気遣いのできる機械を作ったんだ。


 俺とリリアはテクテクとエレベーターに向かった。今日は驚きの連続だ。近くの街にはなかった空間拡張技術やらAIテクノロジーやらよく分からんモノばかりだな。

 というか、もしかしなくても俺たちが住んでた場所は相当な田舎だったのでは無いだろうか。マジでじっちゃんは何を考えてあんな場所に住んでいたのか。やっぱり頭おかしい。


「行くぞリリア」


 リリアはコクンと頷いた。コイツは黙ってるとすごく可愛い。惚れる奴が出てくるのも納得だ。

 

 ***

 

 命名式の会場も、おかしな場所だった。真っ白い広場に、多くの扉が点々と置かれている。位置的に繋がっている場所はないのに、扉だけがポツンと置かれている感じだ。


 そして、俺達の他にも人がいて各々の扉に入って行くのが見てとれる。扉を開くと真っ黒で、先はよく見えない中に入っていっている。


「あの扉の先で、命名式をやるんだろうか」


「たぶんな。それ以外何もないし」


 扉の先で何かをやるのだろう。気になるのは扉に入る人間はいても、出てくる人間がいない事だ。


「んじゃ、ここからは別々か? 扉は一人ずつ入ってくぽいし」


「そうだな。よし。さっさと終わらせてじい様と美味しいモノでも食べに行こう。観光もしたいし、やりたい事も沢山ある。そうだ、ファミリーネームはもう決めたのか?」


「おう。未来の英雄に相応しい、カッケーの考えたぜ」


「……そうか。なら、私から行くぞ」


 リリアが近くにあった扉に歩いて近づいていく。そのまま扉の前に立って扉を開いた。俺の方に手を振って、その真っ暗闇の中に進んで消えていった。


「さて、俺の番か」


 しかし、どの扉が良いとかあるのだろうか。見た感じどの扉も見た目は一緒なんだが。


「少年。どうかしたのかい?」


 色んな扉の周りをグルグルしていると、中性的な声で話しかけられた。

 体を向けて相手を見る。俺よりも背が高い。上も下も、この部屋と同じ様に真っ白な服だ。見づらい。

 頭には白い頭巾を被っていて顔は分からない。頭巾には黄色い十字に円が描かれていた。


「どの扉にしようか迷ってな」


 正直に打ち明けると相手――白頭巾はクスクスと笑った。何だコイツ、失礼なヤツだな。


「どの扉を潜ろうとも大差はないよ。君達の前世は既に確定している。ただまあ、自分がピンと来た扉でも潜ると良いさ」


 あぁ。どの扉でも変わらないのか。だったらサッサと入ってサッサと帰るか。


「そうか、あんがとな白頭巾サンよ」


「ふふ、どういたしまして。時に少年、この輪廻継承のシステムをどう思うかい?」


 話を終えて扉の中に入ろうとしたら呼び止められた。なんだよ。俺にはもう用がねーぞ。


「輪廻転生という理に割り込んだ、輪廻継承の仕組み。そして、それを改造して出来た前世の功罪を判別する輪廻転罪の仕組み……確かRリンカーネーション Gギルティズムシステムだったかな」


 ……またか。


「なあ、白頭巾サンよ。俺に難しい話はすんな。今日はもう既に容量オーバーなんだよ」


「……おや、そうかい。なら一つだけ質問を」


 白頭巾がグイっと身を乗り出して顔を俺に近づけてくる。


「もし君に、本来は繋がる事のない、前世過去の宿命が襲いかかってきたらどうする? もし、それが君の夢を邪魔したら、君はどう思う?」


 二つじゃねーか。そして、微妙に分かりにくい質問をだな……。

 よし。


「知らねーよ。過去の事を今話されても困るだけだ」


「ふむ」


「それに、俺の夢は英雄になる事だ。叶う叶わないじゃねぇ……叶えるんだよ」


 ……決まったな。俺の英雄譚の1ページに加えるべき名言だ。

 白頭巾は体を震わせている。気持ち悪いな。


「ふふっ、クス……そうかい、呼び止めて悪かったね。お詫びにアドバイスを一つ。『諦めるな』。それだけ心に刻むと良い」


「言われるまでもねーよ」


 ――諦めないさ。あの英雄譚のような、俺を焦がした英雄になってやる。


 俺は扉を開き、その暗闇に身を投じた――――。


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