002 俺の幼馴染が優しくなった訳
――突然だが俺は孤児だ。
親の事は知らないし興味もない。
俺にとっての親とは、孤児院の管理人で、育ての親であるじっちゃんだけだ。
まあ、孤児院といっても俺ともう一人しか子供は居ないんだけどな。俺とじっちゃんとそいつの三人暮らしだった。
孤児院があったのは四方を山に囲まれた平原で、辺りは何もなかった。マジで何もなかった。
なんでこんな場所に建てやがったんだってじっちゃんに殴り掛かったら、『やっぱり子供を育てるなら山の中だろぉ?』と、笑いながらボコされた。今でも恨んでる。子供相手にムキになるなよ。
近くの街に行くのにもじっちゃんの魔動車で数時間かかる、そんな
ある日は山に山菜を採りに行って、変なキノコを食べて腹を壊したり。
また、ある日はじっちゃんに買ってもらった木剣で一緒に暮らしてる幼馴染と斬り合ったり。
この幼馴染が妙に強いんだ。同い年とは思えない。いつも勝手に挑んで勝手にのされてたのを覚えてる。
なんていうか、冷静で大人びていたんだ。
街に行くといっつも俺が弟で、幼馴染が姉だと間違えられる。俺が兄に決まってるのにな。
そうだ。それで俺はじっちゃんに聞いたんだ。何でアイツはあんなに強いのかって。
じっちゃん曰く、『ありゃな、前世からの贈り物だよ』とのこと。当時の俺はその意味が分からなかったので、とりあえずじっちゃんをぶん殴ったんだ。もちろんカウンターでボコされた。じっちゃんは続けて言った。
『この世界、アルナの人間はな、前世の才能や技術を引き継げるんだよ。そしてその理を、確か……輪廻継承システムと呼んでるんだ。とある大馬鹿者の遺産だよ。お前にも何か前世の才能や技術、タレントがあるのかもな』
もちろん俺は納得しなかったのでじっちゃんに再度襲いかかって再度倒された。今思うとじっちゃんは幼馴染なんかよりも強かったな。次元とか、格が違った。
そうして倒れた俺にじっちゃんは色んな話をしてくれたんだ。その話が密かに俺の楽しみで、最大の娯楽でもあった。じっちゃんも気付いていた気がする。その上で茶番に乗ってくれてたのだ。
じっちゃんは色んな事を教えてくれた。この世界アルナの他にも、様々な異世界がある事。まるでじっちゃんは見てきたかの様に色んな異世界で暮らす、色んな英雄達の話をしてくれた。
――家族を、民を守る為に先陣を切って剣を振るい、戦争を終わらした姫騎士の英雄譚。
――大切なモノを失わない為に、自ら悪に堕ちた優しき怪物の英雄譚。
――天才達に追いつく為に、幾星霜を捧げた愚か者の英雄譚。
誰も彼もが輝いていた。俺の知らない、魂の震えを感じた。
何よりも心躍ったのは、そんな英雄達を前世に持つ存在が、この世界には沢山居るのだという事実。
それに気付いた時、俺の夢は決まっていた。
――英雄になってやる。
正直、当時の俺にはじっちゃんにも、幼馴染にも勝てるビジョンがこれっぽっちも見えなかった。
多分、俺の前世は何処にでも居る凡人だったのだろう。
それでも、そんな事は関係なかった。俺が憧れた英雄は、傲慢に、強欲に、願いを謳って掴み取った人間達だった。
――たとえ、俺の身に宿る才能が英雄達に遠く届かなかったとしても、数千倍の、数億倍の努力をして並び立ってやる。
そう決めた俺は単純だった。バカだったとも言う。
筋トレを始めたり、飽きかけてた剣の練習も始めた。
勉強するとかじゃなくて身体を鍛え始めるあたり、子供の頃の俺は脳まで筋肉で出来ていたのかもしれない。
突然の俺の変わり身にじっちゃんと幼馴染は驚いていた。俺が英雄になってやると宣言したら、じっちゃんは大笑いして、幼馴染は冷めた目を俺に向けていた。
じっちゃんは『そうかそうか、良いじゃねーか。英雄になったらモテるぞぉ。俺が保証してやんよ』と腹を抱えていた。俺が英雄を目指す理由が増えた。
幼馴染は『……英雄になっても
俺の目標が決まった瞬間だ。まずはこの幼馴染を超えてやる。
毎日毎日、庭で剣の鍛錬をしている幼馴染に挑んだ。最初は一撃で吹き飛ばされたが、何日も挑んでいると一撃じゃなくて二撃、二撃じゃなくて三撃と、少しずつ打ち合える時間が増えてきた。
調子に乗った俺は『どうだ、この無口野郎』と幼馴染を挑発した。今まで手を抜かれてたのだろう、また一撃でのされる日々が始まった。
そんなルーティンを繰り返す中、いつもは淡々と俺をボコしてくる幼馴染が口を開いた時があった。
『どうして、そうまでして挑んでくる』
どうしてか。そんなのは決まっていた。分かりきっていた。
――俺が英雄になりたいからだ。
『英雄になっても、碌な事がない。多くの命を奪うことになるかもしれない。恨みを買うかもしれない。助けた人に裏切られるかもしれない』
――そんな事は関係ないんだ。
――俺が憧れた英雄は、傲慢に、強欲に人を救ってた。誰かがどう思うかじゃないんだよ。自分が、何を思って、何をしたいのか、それが全てなんだよ。
――だから、俺は英雄になる。
『そんな、子供みたいな……』
――あ? 俺達はそんなも何も子供だろ。
『あ……ふふっ、そうだったな』
コイツは無口で無表情で、何を考えているのかよく分からないヤツだった。けど、この時の彼女は笑っていた。頬を赤らめて、輝く金髪に、透き通るような碧眼が彩っていた。
俺は見惚れてた。
『君の前世は剣士じゃなかったのだろうね、振り方が滅茶苦茶だ』
――余計なお世話だ。
『ふふっ、私が教えてあげよう』
この日から、俺の幼馴染は優しくなった。
剣の練習に付き合ってくれる様になった。
でも、たまに言う事を聞かない子供を見る様な目で見てくるのが気に食わなかったので奇襲をかける事にした。普通にボコされた。
さて、そんな日常を繰り返していると、俺は幼馴染と普通に打ち合える様になっていた。なんなら魔術を使える様にもなった。幼馴染から教わった光の魔術だ。カッコいい。
たぶん、コイツの前世は魔法剣士って奴だったのだろう。そんな幼馴染に鍛え上げられた俺も同年代じゃ敵なしになっていた。幼馴染を除いて。
実際、街に行ったら喧嘩自慢のガキ大将も俺達の前では子犬みたいになっていた。同年代の幾人かは幼馴染にくびったけだった。
そうそう。幼馴染は短髪で野郎みたいな
勘違いして惚れ込む奴が後を絶たなかったので、街に降りるたび俺の絶剣が振るわれた。いつしか幼馴染の前に立つには俺を超えなければならないという暗黙のルールが出来ていた。
そして迎える15歳の成人式の前日。じっちゃんから教えられたが、成人になった奴は輪廻転生の神サマの前で自分の名前を宣誓しなくてはならないらしい。
つまり、名前を考える締め切りは明日の命名式まで。
俺はなんでそんな重要な事を前日で言うんだと、じっちゃんに襲いかかりながらも、メチャクチャ悩んでた。
未来の英雄の名前だ。変なモノは付けられない。
じっちゃんにボコされた後、ムムムと悩んでいると、幼馴染が話しかけて来た。
なんでも表に出ろ、との事。すわ、喧嘩かと俺は木剣を持って庭に飛び出た。
庭には俺と同じく木剣を持った幼馴染が
『……よし。今から免許皆伝の儀を行う』
何を言っているのか分からなかったが、俺は剣に魔術をかけて斬りかかった。
幼馴染も当たり前のように反撃してきた。
二人で打ち合い続ける。今までで一番長い打ち合いだった気がした。いつしかじっちゃんも外に出てきて俺達の戦いを
目潰しのフリをしてじっちゃんに砂をかけたけど、サッと避けられた事も。
まあ、それが悪かったのだろう。普通に隙を突かれて俺はやられた。
幼馴染は『お前は英雄を目指してるくせにやってる事が汚い』と言い放ってきた。
じっちゃんは腹抱えて笑ってた。殺すぞ。
『ともかく、これなら十分だろう。拝輝流剣術、皆伝だ』
幼馴染が俺に笑いかけてくる。俺も笑っといたけど、俺達が使ってる剣術に名前があった事をこの時、初めて知った。
たぶん、コイツが自分で考えたのだろう。なにせ、前世の才能や技術は引き継げても、前世の記憶は引き継ぐ事は無いのだから。
『いやぁ、ここまで良く強くなったなぁ』
じっちゃんが感慨深そうに頷いていた。幼馴染は『じい様には敵いませんが』と言っていたっけ。このじじい、どんだけ強いんだ。
じっちゃんが笑いながら孤児院に戻っていき、俺も後に続こうとしたら幼馴染が止めてきたんだ。
『……お前はどんな名前にするか、もう決めたのか?』
――まだだけど。
『そうか! なら、名前を交換しないか』
――は?
幼馴染がよく分からない事を提案してきた。
『私がお前の名前を決める。お前が私の名前を決めるんだ』
名案だと思った。このままじゃ明日までに俺は名前を決めれそうになかったから。
俺はすぐさま頷いた。
『そ、そうか! なら――』
――リリア。
『え?』
じっちゃんに教えてもらった、異世界に咲くという金色の花の名前。ずっと前から、コイツに似合うだろうなと思っていた言葉を俺は送った。
『……なら、お前はラスカだ』
――ラスカ?
『……とある異世界で、英雄を指す言葉だ。お前にピッタリだろう?』
――へぇ。ファミリーネームってのはどうする? じっちゃん曰く、そういうのが名前には必要だって言ってたけど。
『む、それは明日の夜までの秘密にしよう。命名式が終わってから教えあうんだ』
面白そうだと思ったから、俺は快諾した。
その日の夜、結局俺は自分の名前をどうするか考えることになる。眠れなかった。
そして翌日、迎える命名式。
――俺の人生のターニングポイントってヤツだ。
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