第5話 和代の過去
デートに誘うまでには、そんなに考えすぎることはなかった。誘ってみれば、あっという間に計画は具体的になった。実際にデートの日もまったく違和感がなく、博物館で芸術を見た痕、そのままレストランで食事をした。
そもそも、芸術的なことには疎かった佐伯だったが、歴史好きということが幸いしたのか、歴史の話題が芸術の話を超越し、芸術の歴史の話で、何とかなった。
ただ気になったのは、芸術そのものよりも、歴史に特化した話になると、どこか自慢げに見えるのではないかというところが気にはなったが、何も知らないよりもマシかと思えば、それでよかった。
それに話をしていると、
「彼女には、あざとい雰囲気はない」
という印象になり、歴史の話でも興味深く見てくれるのが嬉しかった。
そしてこの時に気づいたのだが、
「和代さんという人は、普段は癒し系の雰囲気があるが、急に目力の強さを感じるんだよな」
と思うと、思い出したのは、最初に出会った時だった。
かわいらしさの中にある、凛々しさというものを感じたのを思い出した。それは、彼女の目力の強さを感じたからだと思うと、妙に納得がいくのだった。
確かに凛々しさがある中で、どこか滑稽な動きを示していたのが不思議だったのだが、それが、目力によるものだと思えば、納得がいくものである。
デートというのは、大学時代に何度かしたことがあったが、実は鬼門であった。
今までデートした後にほとんどの場合、それから数日の間に、
「あなたとはもうお付き合いできません」
と言って、皆去っていくのだ。
最初の頃は、
「なんでなんだよ」
とばかりに、まるでストーカーのようになってしまったくらいだった。
だが、そのうちに、
「俺はデートすれば、すぐに失恋する運命にあるんだ」
と思うようになり、ある意味開き直りにもなってきた。
ダメならダメで仕方がないというよりも、
「そのうちに何かの間違いでまだ付き合うことになるかも知れないが、そうなると、その相手が運命の人なのかも知れないな」
という、ポジティブな考え方を持つようにもなっていた。
そんなことを思い出していると、今回のデートは、少し臆病になってきた。
「今回ほど、間違いが起こってほしい」
と思ったことはなかった。
ウソでもいいから、このハードルを越えたいのだった。そのためには何でもできると思うのだが、実際に何をどうしていいのか分かるはずもない。そもそも、まともなデートなどどうすればいいというのか?
せめてできることというと、自分の正直なところを見せるくらいしかないだろうか。つまり、
「今まで自分はデートなどほとんどしたことのない。彼女ともほとんど続かなかった」
ということを、いざとなったら正直に話して、玉砕すればいいとまで思っていたのだ。
もちろん、玉砕などしたくはない。それでも、何かの覚悟をしないと、この難局は乗り切れないというのであれば、開き直りという玉砕しかないではないか。
そう思って、デートに望んだのだった。
確かにその日のデートは楽しかった。今までに感じたことのない楽しい思い出ができたのは間違いないが、それだけに、余計に、
「別れたくはない」
という思いが次第に募ってくるのを感じたのだ。
翌日はさすがにビビっていた。彼女の顔をまともに見ることができない。彼女の方は、本当に何事もなかったかのように毎日を過ごしていた。
それだけに怖かったのである。何か一言くらい声がかかってもいいではないか。
仕事が終わって、駐車場にいくと、そこに彼女が待っていたのは、デートから三日が経った、水曜日のことだった。彼女は笑顔を振りまいてはいない。その表情は真剣そのものだった。
「どうしたんですか?」
と聞いても、すぐには答えようとしない。
「とりあえず、どこか話ができるところに行こうか?」
と言って、車を走らせたが、彼女は一言も話をしようとしない。
時々一緒に言っていた喫茶店に行こうかとも思ったが、込み入った話だったりすれば、人に聞かれたくない話もあったりして、
「さすがに、それはまずいだろう」
ということで、会社から少し離れたところの、浜辺に行くことにした。
その場所は、ちなみに、この間、この街に引っ越してきた場所とも違うところであった。
ちなみに、この間初めてきた時に行った防波堤なのだが、あそこには、やはり曰くがああり、この話は、転勤してから2週間くらいしてから、これまた、おせっかいなパートのおばさんから教えてもらった話だった。ただ、その時教えてくれたのは、松本さんではなく、別の人からの情報だった。
松本さんは、おせっかいではあるが、それほど口が軽い人ではない。年齢的にも松本さんはパートさんの中でも中心にいるべき人で、落ち着いている人だった。
その情報を教えてくれた人は、一番口の軽そうな人で、
「この人なら、最初に何でも話してくれるんだろうな」
とは思ったが、それだけに、どこまで信用していいものか分からないというところがあるのも事実だった。
だから、最初は半信半疑で聞いたのだが、あの時の感覚を思い出すと、
「なるほど」
という信憑性に欠けるところが少ないような気がしたので、その人のいうことは、ある程度まで、納得のいくものだった。
実際にそれだけ、話の筋が通っていたので、
「まんざら嘘ではない」
というところであろうか?
彼女がいうには、この支店は、結構、新人が研修を受けてからの子が赴任されることが多いということであった。
というのも、ここの支店長は、以前、本部で総務課長をしていたという経歴もあり、新人営業マンが、その支店長の元で新たな出発を切るというのが、恒例になっているようだった。
それも、以前は、
「将来有望な新人」
という条件がついていたので、この支店にやってくる新人には、支店の営業社員も、スタッフも、それなりに気を遣っていたようだが、ここ、5年くらいの間では、そんなことはなくなっていたという。
最初に何かがあったのは、5年前のことだったという。
その人は、取引先の社長の息子で、いわゆる、
「御曹司」
だという。
当時は、家業を継ぐには、最初の何年か、取引先や同業の会社に入社して、そこで経験を積んで、自分の会社に戻ってきて、社長候補として君臨するのが常識のようだった。いわゆる、
「ご奉公」
という感じであろうか。
その方が、双方にとって利益があるということでの、暗黙の了解となっていたのであった。
だが、本人がどのような意識があったのか、家業を継ぐのが嫌だったのか、そもそも、こういうシステムに嫌気を刺していたのか、単純に人間関係に挫折したのか、佐伯と同じように研修を終えて、ここに赴任してきたという。
赴任してから、3カ月目くらいであったのか、急に失踪したという。いろいろ探してみたが見つからない。休職扱いということにしたが、ある日ひょっこり、実家の会社に戻ってきたという。
もちろん、退職願を提出してのことだったようで、その時点で会社とは関係のない人間になったということだが、結局、そのすぐあと、実家も出て、別の、まったく違った職に就いたという。
「どうやら、別にやりたいことがあったんでしょうね」
ということであったが、それくらいなら、どこにでもある話ではないだろうか?
ただ、この人が意図したことではないだろうが、最初の道を作ってしまったのは、事実なようで、次に問題があったのは、2年前だったという。
その2年前に何が起こったのかということを、話そうと思うが、それまで頻繁に新人がこの支店に赴任してくることになっていたのに、3年空いてしまったというのは、やはり、5年前の問題があったからだろう。
しかし、2年前というのは、ほとぼりが冷めたということと、そもそも、その時の事件は、本人が、御曹司だったという事情があったことから起こったことだという認識であった。
だから、また新しい新入社員が入ってきたのだろうという話であったが、実は、2年前のこの時の方が内容としては深刻だったという。
その社員は、非の打ちどころのない人だったようで、大学も有名大学をそれなりの成績で卒業していて、入社試験も研修においても、他の新人たちとは比較にならないほど、優秀だったという。
それは、支店においても、皆が認めることであり、本社でも、そのあたりは間違いないということで、この支店にて、
「有望社員」
としての英才教育を受ける予定にしていたという。
しかし、赴任してから何が起こったのか、本人にしか分からないようだが、事実としては、赴任してきてから、2カ月目だったというが、
「海に入った」
ということであった。
それが、自殺だったのか、事故だったのかということは、本人が頑なだったようで、ハッキリとはしないのだが、自殺の可能性も大きいのだという。
本人は幸い、まわりにいた人から助けられ、救急車で運ばれたので、命には別条がなかった。
その代わり、一時期記憶を完全に失ってしまっていたようで、その時の事情は分からないという。しかも、記憶がある程度戻ってきてからも、その日の前後のことは、本人としては記憶が薄いのだという。
「何かのトラウマがあり、海を見ていると、衝動的に飛び込みたくなるということは、ありえることだと思います。ただ、本人がプレッシャーをかなり感じていたということは、記憶を失っている間の様子を見ている限りで分かります。ただ、それがどこからくるのかは分かりませんが、たぶん、このまま仕事を続けることは難しいでしょうから、精神科の方できちんとした治療を受け、さらにリハビリをしないと、社会復帰は難しいと思っています」
というのが、先生の診断だという。
会社側は、さすがに、ここから先は、家族と病院との話し合いということもあり、家族の希望もあって、退職するということになったのだという。
そして、その人が飛び込んだという、その場所は、この間、初めてこの街に来た時に行った防波堤だったというのだ。
「そういえば、飛び込みたくなるような衝動に駆られても仕方がないというような感覚に襲われたような気がするな」
ということを思い出した。
何か、初めてではない感覚を覚えたということを、さすがに人には話さなかったが、それが、あの場所において、飛び込みたくなる衝動のようなものを与える場所なのか、それとも、あの場所には、精神的に人間を追い込むそんな心理的なプレッシャーを与える魔力を持った何かがあるのか、そのあたりは分からなかった。
「でも、そんなことがあったのに、今年はその舌の根の乾かないうちに、どうしてこの僕をこの支店に配属させたんでしょうね?」
と、まるで他人事のように聞くと、
「それは分からないけど、だから、皆、また何かあったら嫌だという感覚があるから、あなたに対して、必要以上に気を遣っているんですよ」
と、おばさんは言った。
なるほど、そういわれてみれば、営業の人が、あまり関わりたくないという思いを強く持っているわりに、そのくせ、ずっと後姿を、見えなくなるまで見ているような感覚になるのは、そういうことだったからなのかと思ったのだ。
「でも、理解できるところは、結構あるんですが、どうしても、納得がいかないところもあるんです。それは、一口で言い表せるものではないと思うんですけど、どういえばいいんでしょうね。この土地には、そんな呪縛のようなものがあると思っていいんでしょうか?」
と、恐怖にも似たものがあった。
それはそうだろう。理屈も分かっていないのに、死のうとした人がいると聞いたのだから、それなりのショックがあるというものだ。
その人は、退院はしたという話だが、社会復帰まではしていないという。
もっとも、この情報も、このパートさんからだけの情報なので、どこまで信用できるか分からない。起こった事実だけは、信憑性がありそうだが、その後の経過や、事情などはそこまで信じていいのか、分かったものではなかった。
ただ、これくらいの話であれば、佐伯にとっても、内容が許容範囲だったことでもあり、
「自分でも、同じことを考えるだろうな」
ということであった。
ただ、問題は、そんなことがあったのに、前は3年もあったのに、今回はそれよりも短い2年という期間だったのがどういうことなのか、よく分からない。佐伯は、まだ転勤してからすぐなのに、よくこんな話をしてくれたということが、不思議でもあった。
ただ、この支店の呪縛は、これだけではなかった。
その話をしてくれたのは、佐伯が和代と初めてのデートをする少し前だった。
この話を聞いたからこそ、佐伯は、和代とデートに踏み切ったのだし、和代が、今回自分をどうして待っていたのかということも想像がついたといってもいいだろう。
今までの自分の経験から、
「あなたとはお付き合いはできません」
と言われるに違いないと思った。
しかも、理由は聞かないでほしいと言われるに違いないという思いまであった。
今まであれば、
「そっか、そうだよね。じゃあ、しょうがないか」
と、しょうがないわけではないが、ダメなものはダメだと思うと、諦めは早い方だった。
自分という人間が、それほど器用ではなく、それだけに早く立ち直るにはどうすればいいかということを考えるのが一番だと思うのだった。
だが、和代の過去について聞かされていたので、
「今回だけは、簡単には諦めきれない」
という思いが強かった。
本来であれば、社内恋愛なので、ダメならダメで、先に進む方がいいに決まっている。それができないのは、社内恋愛であろうが何であろうが関係ない。自分が初めて、一目ぼれした相手だということと、さらに、聞いた話とが頭の中で、シンクロしたからではないだろうか。
和代の過去というのは、和代には、この支店に勤務していた営業の人と、結婚寸前までいっていたということだった。
和代の父親が、彼女の小さい頃になくなったという話は聞いていたが、その営業の人も同じように、母子家庭で育ったということだった。
そんなこともあってか。いや、そのエピソードがかなり大きかったのではないかという話であったが、二人の仲は、誰もが、
「間違いなく、結婚するだろうな」
と言われていたという。
実際に、二人の親への説得もうまく行ったということだったのだが、その後何があったのか分からないが、急に破局を迎えたという。
そして、二人はまわりから見て、
「あまりにもあっさり」
と別れてしまったという。
二人はほとんど話をすることもなく、ぎこちなくなってしまい、そのうちに、男性は別の支店に転勤になったという。
実は、それが去年だったというではないか。
「そんな曰くつきの、呪縛に見舞われたような状況の支店に、よりによって、この自分が転勤になるなんて」
と呟くと、
「そうなのよね。私にもそれが疑問でね。パートさんたちの間でも、さすがに誰も納得できるような理屈を唱えることができる人はいないようで、どうしてなのかと思っていたんだけど、でも、考え方としては、彼女の傷を癒してくれそうな人が現れたんだって、私たちは思ったの。だけど、このことをまったく知らない相手に、彼女を押し付けるのは、ひどいと思って話をしたのよ。何も知らない相手を近づけるのって、やっぱり押しつけになってしまうからね」
と、パートさんはいうのだった。
たぶん、パートさんは悪気はないのだろう。普通に彼女にも恋愛してほしいという気持ちも強いに違いない。この話を聞いて引き下がるような相手であれば、これ以上は進めないということなのだろう。二人とも不幸になるのが、明らかだからであった。
「でも、どうしてダメになったんですかね? いろいろなパターンが考えられると思うんですが、彼女から断ったパターン、彼から断ったパターン、それに、まわりの状況に二人がもう続けられないということで、お互いに納得する形で別れるパターン、納得はいかないけど、まわりの状況が許さなかったパターンとですね」
と、佐伯がいうと、
「確かに、そのどれかなんでしょうが、私たちから見て、どちらかだけということではなかったようですよ。どちらかというと、まわりの状況が許さなかったという感じかも知れないわね」
「じゃあ、納得ずくのことだったんですかね?」
と聞くと、
「それは少し違うみたい。特に、男性の方が、少し未練があったように思うわ」
という。
「じゃあ、転勤というのは、いい機会だったんでしょうかね?」
というと、
「うーん、何とも言えないけど、ただ、彼が転勤していってから、高山さんは少し情緒不安定になったみたい。別れてぎこちない時は、見ていられないと思ったけど、彼が転勤していなくなると、これで忘れられるんだろうなって思ったのに、どうも客効果だったみたい」
というではないか。
そこで、佐伯は考えた。
「ということは、彼女は、彼がいたから、何とか精神が保てたのかも知れない。でも、それが果たして彼である必要があるのだろうか?」
とも考えた。
彼という人間に焦点を当てれば、せっかく結婚寸前まで行っていたにも関わらず、それが果たせなかったと考えた時、今後進展することのない好きな相手が目の前にいることほど辛いことはないはず。それなのに、いなくなってからの方が情緒が不安定だったといううことは、彼女にとって、相手は誰でもよかったのではないか? とも考えられるということである。
だが、その思いはかなり後になってから思ったことであり、その時に思っていたかどうか疑問だった。
それよりも、
「彼女を絶対に手放してはいけない」
という思いが強くなったのだが、それは、前もって話を聞いていたからで、もっと深く考えていれば、ここまで深入りすることはなかっただろう。
確かに一目ぼれであったが、彼女の中で、
「相手は誰でもいいんだ」
などというものがあったとすれば、本当に好きになったのかどうか分かったものではない。
その思いがなかったからこそ、一度好きになってしまったものを、諦めることができないというのも、そして、彼女の魔力にやられるということもなかっただろう。
そう、彼女には魔力があったのだ。
「人間には、一人運命の人がいて、その人の魔力に引き付けられることが、絶対にあるはずで、それがうまく行った時、結婚というゴールを迎えることができ、そこからの人生を歩むスタートラインに立てる」
というものだ。
ただし、これはスタートラインに立っただけで、決して、その後の人生を保証するものではない。
その運命が人生を左右するほどの力があるのだとすれば、
「人生って、そんなに甘いものではない」
ということをいう人もいないだろう。
人生にはたくさんの運命や、節目、つまりターニングポイントがあり、それを掴むか掴まないかで先が決まってくる。逆にいえば、最初のターニングポイントを逃してしまったといっても、それで人生が終わりというわけではない。
その後にも、たくさんのターニングポイントがあり、それが、救済措置でもあるのだろう。
それを思うと、
「一度や二度の挫折くらい、何でもない」
という、無責任にも聞こえる言葉も、信憑性を帯びてくるというものである。
二人は、そのタイミングを目の前で逃してしまった。
「これも運命だ」
といえば、その通りなのだろうが、本当にそれだけだったのだろうか?
彼女から、
「あなたとは、もう付き合えない」
という、自分にとって定番の言葉をまさか、和代から言われるとは思ってもいなかったのに、言われてしまうと、
「こいつも一緒か?」
と、普段なら思ったことだろう。
しかし、彼女は、他の女性と違うと感じたのは、前の彼との確執があったからだ。
そもそも、二人とも母子家庭だったということが引っかかった。それは、自分よりも先に知り合ったということよりも大きなことだった。自分よりも先に知り合うことは、どうしようもないことである、
「だったら、母子家庭というのも、どうしようもないことではないか」
と言われるに違いないが、それとこれとは別だった。
母子家庭になったのは確かに仕方のないことで、まさか自分もそうであったらといって、親を殺すわけにはいかない。
それなのに、どうしても追いつけない気がしたのだ。先に知り合ったということであれば、納得がいくことなのに、母子家庭だということで諦めるということはないと同時に、逆に闘争心を掻き立てられるという感情はどこから来るのであろうか?
「これこそ運命だというのだろうか?」
それも、運命というのは、二人が同じようにそう感じるからだということであって、きっと、元カレと和代はお互いに同じタイミングで相手に対して癒しと、頼りがいのようなものを同時に感じたのだと思った。
その時、
「これが嫉妬なのだろうか?」
確かに、自分よりも先に知り合ったことが、納得できはするのだが、それはどうしようもないということであって、我慢が必要なことだった。
何のために我慢するのかというと、それは嫉妬のためであった。
どうしようもないことに対して諦めるか諦めないか。あるいは、諦められても、そこに我慢が必要なのであれば、その原因が嫉妬だということなのである。
この時、元カレとの、父親がいないということへの耐えがたい気持ちこそ、大いなる嫉妬だと思った。
この思いがあるからこそ、和代がいくら、自分を遠ざけようとしても、決して引き下がらないという気持ちにさせた。
逆に言えば元カレの存在と、元カレのさらに、母子家庭による繋がりを聞いていなければ、このまま諦めていたかも知れない。
ただ、諦めていたとすればどうだっただろう?
社内にいるので、毎日顔を合わせるわけだ。別れる相手と顔を合わせていて耐えられるのだろうか?
いや、まだ付き合っていたわけではないか。まだ始まってもいないもの、それを終わった関係だといえるのだろうか?
ただ、一目ぼれをしてしまったということで、どこまで我慢できるかということだが、
「我慢できないのであれば、行き着くところまで行くというのも、無理なことなのだろうか?」
と感じた。
本来であれば、このあたりの我慢であれば、時間が解決してくれたことなのかも知れない。
しかし、自分にとって我慢できる限界を超えていたと思うのは、それだけ自分に自信がなかったからだろうか?
いや、そんなはずはない。どちらかというと、その時の佐伯は、自分で思っているよりも、さらに、有頂天で自惚れていた時期だったのかも知れない。だからこそ、
「和代と知り合えたんだ」
と思ったことだろう。
我慢というのが、どこまでのものなのかというのを考えると、結局、諦めることが一番辛いことだったということなのだろう。
「必死になって止めるしか、他に手はない」
と思うようになった。
諦めるにしても、できるだけのことをしないと、後で後悔してしまうだろう。
後悔するくらいだったら、最初から恋なんかしなければいいんだ。恋をするから後悔するのであって、そう思っても、恋をするということを、どうやって制御すればいいのか、諦めが付きまとうということを覚悟のうえで人を好きになるのは、本末転倒なのではないか? そんな風に感じるのだった。
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