第35話 秋祭り

 秋になると高木のお寺では秋祭りが開催される。10月はお十夜があるのでお寺は忙しく、秋祭りはいつも11月の初めだった。

 

 今回も梅ちゃんを誘った。梅ちゃんと従姉妹同士だと言うことを野口君にも高木にも内緒にしている。そのうちうっかりしゃべってしまいそうで不安だったし、そもそも秘密にしているのが辛い。早く打ち明けてしまいたいけど、今さら言うのも変だしどうしたらいいかなといつも考えていた。

 梅ちゃんがお祭りを手伝いに来てくれれば「従姉妹です」って自然に紹介できるし、みんなで会えるし、ちょうど良いのになぁと思って。 梅ちゃんも今回は「行く」と言ってくれた。やっぱり高木に会いたいんやなあ。良かった。


 あゆむちゃんは私達と同じ高校に入学してきて園芸部に入ってくれた。また一緒に花を育てられると喜んでいたのに、急にお父さんの転勤が決まって静岡に引っ越しすることになってしまった。12月の終わり、冬休み明けには静岡の高校に転校するのだと寂しそうに打ち明けた。


「最後かも知れないから、秋祭りには行きます。静岡に行く前に弟のお墓にいっぱい行っておきたいし」

 あゆむちゃん、最後とか言わんといてよ……そう言って泣いた。あゆむちゃんも泣いた。また会える。絶対。

「野口先輩と結婚する時呼んで下さい。どこに居てても絶対お祝いしに来ますから」

 あゆむちゃんは冗談っぽく笑って言った。

「そうする、結婚出来たら絶対呼ぶから」

と約束した。


 秋祭りの日、梅ちゃんには少し遅れて来るように時間を伝えていた。今回は高木と野口君に会うことと、私と梅ちゃんが従姉妹だとみんなに伝えることが大事だから、お祭りの準備とか出店の手伝いなんかはまた今度からで良いと思って。

 あゆむちゃんはお墓地の入り口で高木と話しをしている。さっき、高木に気持ちを伝えないのかと聞いてみたけど、

「妹としか思われてないから……距離も離れてしまうし、多分困らせるだけやから。良いんです。弟のことだけ頼んでおきます」

と笑顔で言っていた。笑っていたけどやっぱり寂しそうに見えた。


「待ってって! 梅-!」

 急に高木が大声で叫んだ。

 焼いていた焼きそばを放りだして慌ててテントから走り出た。スーパーボール釣りのテントから野口君も走ってくる。

「梅?梅が来てんの?」

 野口君が驚いたように高木に聞いている。

「見間違いかも知れん……」

 高木が呟いた。どうしよう……梅ちゃん逃げて帰ってしまったんかな。なんでやろう、何かあったんかな……もう言うてしまおう、隠し事すんの、限界や……


「ごめん、私が呼んでん。石田梅は私の従姉妹やねん。今日お祭り手伝って貰おうと思って呼んでてん」

 高木も野口君も驚いている。驚く二人に頭を下げて謝った。

「黙っててゴメン。びっくりさせようと思って内緒にしてた」

 それだけじゃないけど……それ以上説明出来なくてもう一度ゴメンと言った。

「別に謝らんでもいいけど……」

 高木がそう言ったとき、あゆむちゃんがこっちにやって来た。

「何かあった?」

 不安そうにみんなの顔を見回している。

「いや……ようわからんねん」

 高木が眉をひそめて言う。あゆむちゃんはそんな高木を見てから、私の方に近づいてくると

「どうかしたんですか?」

とささやくように聞いてきた。

「私の従姉妹、梅ちゃんを今日お祭りに誘っててんけど、なんか帰っちゃったみたいで……」

「さっき私、龍太くんと向かい合ってて後ろ向いてたけど、龍太くんが急に叫んだからびっくりして振り返ったら、女の子が走っていく後ろ姿が見えました。あの人が梅さん?」

「そうやと思う。何で逃げるみたいに走って帰ってたんかは解らんけど……」

 あゆむちゃんはしばらく うーんと考えてから言った。

「何か…誤解させたのかな?もしかして……」

 その言葉が聞こえたのか、高木がこっちに来た。

「誤解って?」

 高木の質問にあゆむちゃんの頬が少し赤くなる。

「……告白してると思ったのかも……」

 消え入りそうな声であゆむちゃんがつぶやく。

「誰が? 誰に?」

 驚いたように高木の声が大きくなった。

「私が……龍太くんに……」

 反対にあゆむちゃんの声はどんどん小さくなる一方だ。

「それ見て何で逃げんの?」

 イラ立ったような高木の大声にあゆむちゃんがビクッと身体を震わせた。


「びっくりしたんちゃうかな。とっさに邪魔せんようにと思ったんかも。後で聞いとくわ」

 とりあえずそう言ってこの話をおしまいにした。そのまま逃げるように焼きそばのテントに戻る。ずっとコテを握りしめて持ったまんまだった。焼きそばは焦げ焦げになってるし……

 

 何となくわかった。何故梅ちゃんが逃げたのか。

 お墓地の入り口で向かい合って話す高木とあゆむちゃんの姿を見て、梅ちゃんは声を掛けられず思わず遠くから見ていたんだろう。そこを高木に見つかって声を掛けられてパニックになったんじゃないかな。後で梅ちゃん家に行って確かめよう。

 それからあゆむちゃん……本当は梅ちゃんが来なかったら高木に告白するつもりやったんかな……気持ちだけでも伝えようとしてたのかも。そしたら私のせいやな……私が梅ちゃん呼んだから……

 あぁぁあ……どうしよう…

 焼きそばの鉄板から煙が出てきた。また焦がしそうなったので慌てておそばをコテでひっくり返した。

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