第33話 秦野

 卒業式の朝、かなり早い時間に家を出た。

 最後の登校日。いつもの運動場側の裏口からではなく、正面の校門から学校内に入ってみた。そのまま真っ直ぐ花壇へと向かう。

 花壇には先客が居た。秦野が花壇の縁に立って花を見ていた。

「早いな」

 下から声を掛けると秦野が振り向いて俺を見下ろした。式の前に会えて良かった。秦野と二人きりで話がしたかったから。

「花壇に、最後の挨拶に来たんか?」

 秦野が笑う。

「お前もやん」

 俺も笑顔になった。

 二人でそのまましばらく黙って花壇を見ていた。


「秦野、俺な……」

 決心して口を開く。でも言葉に詰まった。何で言えばいいだろう、スーちゃんのこと……


「小学校の卒業式でな、相撲が話あるから来てって俺のこと呼びに来てん」

 秦野は俺の言葉を待たずに突然しゃべりだした。

「学校の中庭に引っ張って行かれた。俺さぁ、ちょっと期待してもうたわ、相撲が俺に告白してくれるんちゃうかなって。そしたら連れて行かれたトコにおんなじクラスの女の子が待っててん。俺のこと好きやって、その子に告白された。相撲はその子を応援するみたいに俺らのこと後ろから見てた」

 秦野はこっちを見ない。花壇の方を向いたまま話し続ける。

「少年野球に相撲が入って来た時から、多分俺相撲のこと好きやったんやと思う。アイツ小3の時、頭坊主にして野球のチームに入って来てん、笑たわー」

 秦野が振り向いた。

「お前、相撲のこと好きなんやろ?」

 秦野が俺を見下ろす。秦野を見上げて答えた。

「うん。好きや」

「やろうな」

 秦野は俺から目を逸らして笑った。

「秦野は……今日、スーちゃんに気持ち伝えんの?」

 秦野は俺と目を合わさないままで

「うん、って言うたらお前はどうすんの?」

と聞いてくる。

「俺、秦野とスーちゃんのこと応援出来ひん。だから俺もスーちゃんに気持ち伝える」

 秦野が視線を合わせて来た。

「俺が告白せんかったら気持ち伝えへんのか?」

 今度は俺が視線を逸らして俯いた。

 

 俺はズルい。秦野が告白するなら自分も便乗するみたいに気持ちを伝えるんか?秦野が何も言わなければ自分もスーちゃんに告白しないでいるつもりか?なんやねん、それ。

「ごめん。俺情けないな……カッコ悪いわ」

 秦野はしばらく何も言わなかった。恐る恐る顔を上げて秦野を見ると、秦野はまた花壇の方を見ていた。


「あゆむちゃんが初めて美術部に来た時、俺、もしかしたらと思った。あゆむちゃん可愛いやん。何か守ってあげたくなる感じやし。あゆむちゃんが園芸部に入ったら、もしかしたらお前があゆむちゃんのこと好きになるんちゃうかなーってちょっと期待した。だからすぐココに連れて来てん」

 やっと口を開くと秦野はそう言って俺の方を見た。

「善意だけちゃうって言うたやろ。情けなくてカッコ悪いんやったら俺かって負けてへんで」

 そう言って笑う。自分自身を笑っているみたいな顔で。

「小学校の卒業式でもそうやった。俺が相撲を好きやって何でわからんねんって腹立って、他の女の子と俺を引っ付けようとした相撲に、自分の気持ちちゃんと伝えへんまんま怒った。なんでそんなことすんねんって。アイツ何で俺が怒ってんのか判らへんのに、ごめんって謝って、何で怒ってんのかヒント頂戴って。笑うやろ。泣きそうな顔で言うねんもん。アイツ笑ってる時はまだマシやけど、そうじゃない時はそんな可愛くないやん?」

「そんなことないでっ!」

 思わず言い返すと、

「はいはい」

と秦野は笑った。

「お前とおる時は可愛いもんな、相撲。女の子の顔してる。いっつも笑ってるし。だからそうゆうことや」

 どういうことや?

「俺は相撲が笑ってればそれでエエねん。それ見たら俺も笑顔になるから。例えば今日、俺が気持ち伝えても相撲は困った顔するだけや。もしかしたらまた泣きそうな顔するかも知れん。最後やのにそんな不細工な顔見たないし」

 秦野は花壇の縁のレンガからピョンとジャンプして飛び降りた。そしてそのまま俺の方へやって来る。

「相撲のこと、ずっと笑顔にしたってな。高校でもずっと笑ってられるようにそばに居ったって」

 そう言うとそのまま手を振って校舎の方へ歩いて行った。

 秦野、カッコええやんけ。なんやねん。

 

 卒業式はまだ始まっていないのに、もう涙が出そうだった。

 

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