第32話 春の日

 プーさんときららの子供達は秋を待たずに腐ったり、黄色くなって枯れてしまった。完全な失敗だ。

 交配が難しいことはわかっていたので、今年もプーさんのほころびかけたつぼみを、母親を通してスーちゃんのお母さんから預かっていた。スーちゃんに頼むと何故そんなにつぼみを欲しがるのか不審がられそうだったからだ。

 今回はじいちゃんの知り合いで花を育てている西尾園芸の西尾さんというおじさんに相談した。西尾のおじさんは花粉を乾燥させるときに使うデシケーター(乾燥剤入りの乾燥容器)とアルコール消毒済みの筆を貸してくれた。

「交配はなかなか成功せぇへんもんや、気長にやりや」

といつでも相談に来いと言ってくれた。また一からやり直しだ。


 園芸部は新入生が三人入部していた。おとなしそうな女の子の三人組だ。3年の俺とスーちゃんには緊張した様子だが、あゆむちゃんには笑顔を見せている。俺たちが卒業しても園芸部は続いて行きそうだと安心した。3年生が部活を引退する頃になると、あゆむちゃんの友達の2年生も花壇へ手伝いに来るようになった。3年の俺たちが顔を出すとやり辛いかもな、とスーちゃんと相談してきちんと園芸部を引退することにした。老兵は去るのみだ。時々花壇の様子を遠くから眺めながらあゆむちゃんたちのがんばりに拍手を送った。

 あゆむちゃんとは相変わらず高木のお寺の行事を一緒に手伝った。

 初めて会った頃よりもあゆむちゃんの笑顔が増えたような気がして何だかうれしかった。

 

 2月、秦野は高専に見事合格した。お祝いパーティーをしようと言う俺たちに

「お前らが合格してからや、ちょっとは勉強せえ」

と呆れていた。

 3月、俺もスーちゃんも高木も同じ高校に合格した。秦野も誘って高木の寺の「桜まつり」の行事に参加した。もちろんあゆむちゃんも一緒だ。

 

 今、秦野はスーちゃんとたこ焼きを焼きながら楽しそうに笑っている。それを見て少し胸が騒ぐ。秦野はまだスーちゃんが好きだ。見ていればわかる。卒業までに告白するのだろうか……

 梅と高木の時は諦めた。二人を邪魔する気は全くなかったから。

 でも今回は……秦野を応援出来るだろうか。スーちゃんと秦野を見ながら自分に聞いてみた。息が苦しくなった。胸が痛い。無理だ。

 俺はスーちゃんが好きなんだとはっきりわかった。友達としてではない、女の子としてスーちゃんに恋をしている。

 秦野と話をしなければ。俺もスーちゃんが好きだと伝えよう。このまま何も言わずに二人を応援することは出来そうにない、今回は。

 高木と梅のことは本気で応援している、今はもう胸がチクチクしたりしない。むしろ二人が今遠ざかっているのなら何とか以前のような関係に戻って欲しい、そのためならどんなことでも協力するのにと思っている。小学校の卒業の時も、胸はまだ痛かったが二人を応援する気持ちは本気だった。

 

 でもスーちゃんのことは……

 無理だ、スーちゃんのことはあの時みたいに諦められない。たこ焼きソースがほっぺに付いたスーちゃんの顔を見ながら思った。

 

 たこ焼きと春の匂いがするその日、卒業式はもう3日後に迫っていた。

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