第28話 つながっていくもの

「豆大福?」

 俺の言葉にあゆむちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 覚えてないか……そりゃそうか。俺たちはあゆむちゃんの様子をずっと見ていたが、あゆむちゃんはあの時、俺たちと話す間もなく泣き出してどこかへ行ってしまったのだから。

「いや、いいねん。何でも無いから、ごめん」

 思い出して欲しいことでもない。慌ててそう言ってから勧誘を続けた。

「どうかな?園芸部。一緒に花育ててみぃひん?」

 あゆむちゃんは花壇の方に目を向けた。

「お花を見るのは好きです。でも枯れてしまうのが…花瓶の花がしおれてしまうのを見るのが何だか悲しくて……」

 小さい声でそう言うと困ったように俯く。

「切り花は枯れたらどうにもしてあげられへんけど、土に植えてる花はそこで終わりじゃないで」

 必死で訴えてみる。

「そのまままた咲く奴もおるし、ひまわりみたいに枯れた後種を残すやつもおる。ちゃんと世話したったらまた花が咲くで」

 あゆむちゃんが俺の方に顔を向けた。

「病気になっても種を残してくれたら、また植え直して元気になってくれるし」

 言ってしまってから余計なことだったか、と後悔した。弟さんのこと思い出させてしまったかも……と焦った。あゆむちゃんの顔が何だか悲しそうに見える。どうしよう…調子に乗ってしまった……


「花を咲かせるためだけじゃないねん」

 急にスーちゃんが呟いた。

「花を咲かせるためじゃなくて、種を作ったり次につないで行くためにがんばってんねやと思う、植物はみんな。甘い匂いで虫とかを呼んで、蜜をあげる代わりに花粉を運んで貰ったり、キレイな花を咲かせて喜ばせてくれるから、ちゃんと咲かせたくて人間も手伝いたくなる。それは次に自分の命をつなげて行くためやと思うねん」

 スーちゃんは真面目な顔であゆむちゃんを見ながら話している。あゆむちゃんもスーちゃんを見ていた。

「そうやって色々手伝って貰うために一生懸命花を咲かせてる。だからお世話してあげたくなるねん。もっとキレイに咲かせてあげたい、もっといっぱい増やしてあげたいなって。一緒に手伝って貰われへんかな?枯れても終わらへんで?そしたら悲しくなくなるんちゃう?」 

 

 スーちゃんの言葉を頭の中で繰り返し考えるようにあゆむちゃんは目を閉じた。あゆむちゃんが今どういう気持ちなのかはわからなかったけど、スーちゃんの一生懸命さは伝わってるんじゃないかと思った。


「キレイに咲いた花、絵に描いたらどうかな?絵やったらずっと残るし。美術部に入りたいってことは絵も上手なんやろ?自分で咲かせて自分で絵描いてって、ええんちゃう?少なくとも美術室でうるさい男に囲まれて描くよりはそっちの方が断然ええと思うで」

 秦野も後押ししてくれる。

 俺も更に続けて言ってみた。

「見るだけやったらわからん楽しいこともあるで。育ててみたら。しんどいこともあるかも知れんけど、でもうれしいこともある。咲いてる花だけじゃなくて咲くまでも、枯れたあともずっと楽しいで」

 どうしてもあゆむちゃんを園芸部に入れたくなっていた。存続のためだけじゃなくて、今も少し寂しそうに見えるこの女の子が、花が咲くみたいに笑顔になるところが見てみたくなった。

 先輩三人に囲まれて説得されているあゆむちゃんが可哀想になっても来たがもう必死だった。

 

 あゆむちゃんは決心したように目を開けると、スーちゃんと俺の方を順番に見つめてから

「園芸部に入部させて下さい。よろしくお願いします」

と微笑んだ。

 スーちゃんを見る。スーちゃんも俺の方を見た。やったぁー 二人で手を上げて笑顔になった。よかったぁー スーちゃんの目がそう言っている。よかったなぁ、俺も目で返事した。

 

 さっそくお互いに自己紹介しながらうきうきと話し出した女子を二人きりにして、秦野のそばに行った。

「ありがとう。あの娘連れて来てくれて」

 秦野に改めてお礼を言う。本当にありがとう、秦野が友達でホンマに良かった。秦野と引き合わせてくれたスーちゃんにも感謝だ。

 秦野は笑いかける俺から目をそらした。

「別に……善意だけじゃないし……」

 テレているのかちょっとふてくされたようにそう言うと

「まあ良かったな、これで園芸部続けられるし」

とにやりと笑ってこっちを見た。

「うん。良かった。秦野もまた手伝ってな」

 厚かましくお願いすると

「女の子二人も居るからな、去年よりは楽しくなりそうや」

と今度は本当に楽しそうな笑顔でそう言ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る