第27話 あゆむちゃん
あの日、この水川あゆむさん、あゆむちゃんは高木の弟の龍喜に手を引かれて、豆大福を食べていた俺達のいる縁側へとやって来た。何となく寂しそうで元気のない女の子だな、と思った。
高木の弟はあゆむちゃんというその女の子にすごく懐いてるようで、ずっとあゆむちゃんの方ばかり見ていた。
あとで高木に聞いた話だが、あゆむちゃんはその時、4歳の弟を半年ほど前に亡くしていたそうだ。先天性の病気で生まれた時から余り永くは生きられないと言われていたらしい。
あゆむちゃんの弟と2つ違いの龍喜は、亡くなったあゆむちゃんの弟と仲が良かったらしく、その姉であるあゆむちゃんのことをとても気にしていた。何とか励まそうと一生懸命なのが、何も知らなかったあの時の俺でさえわかった。
豆大福を差し出す龍喜にあゆむちゃんが微笑んだ。「おいしい?」とにっこり笑って尋ねる龍喜を見ながら、あゆむちゃんは突然泣き出した。龍喜が自分も泣きそうな顔で「大丈夫?泣かんとって」とあゆむちゃんをのぞき込んでいたのを覚えている。
俺と梅はその時、驚くばっかりで良くわからなかったが、事情を知っていた高木は、大福が喉につかえたのかも知れないからお母さんにお茶を貰って来い、と龍喜をその場から追い払った。そしてあゆむちゃんに、龍喜を見たら亡くなった弟を思い出してしまうんじゃないか、ごめんと謝った。あゆむちゃんは、何でもないことで急に涙が出たりするのだ、龍喜のせいじゃないと否定した。
それから高木のお母さんがお茶を持ってやって来て、あゆむちゃんを抱えるようにしてどこかへ連れて行った。
高木はお母さんと一緒に帰ってきた龍喜を「あんまりあゆむちゃんにうるさくするな」と叱った。龍喜は怒って高木に言い返していた。「あゆむちゃんが可哀想だ」と泣きそうになりながら必死で。
お前を見たら亡くなった弟を思い出してしまうかも知れない、そっちの方が可哀想だ、と言うようなことを高木が龍喜に言った。
龍喜は自分のせいであゆむちゃんは泣いたのかと高木に聞く。高木がそうじゃないけど……と口ごもった。
まだ幼い龍喜にはそういったあゆむちゃんの感情はわからなかったと思う。兄として高木が口を出したのもわからなくはないが、ただ純粋にあゆむちゃんを心配している龍喜を責めるのは違う。そして高木もそう思ったのだろう。どうしていいのかわからない、このままでは龍喜を傷つけてしまう、そんな風に思ったのではないだろうか。高木は何も言えずに黙り込んだ。
その時、それまで黙って豆大福を食べていた梅が龍喜に話しかけた。
あゆむちゃんが元気になるには時間がかかるのだと。早く元気になれと急かさないであげて。あんまり心配しないであげて、誰かに心配されると余計に悲しくなってしまうから。ゆっくり待っていればきっと元気なるから、と龍喜に笑いかけた。
龍喜は赤くなって俯いたが、うん、と納得したようだった。
梅は高木に何かぼそっと声をかけた。高木も首を横に振って何か返事した。
その時の二人は何だか特別に見えた。
一緒に居るのに俺は自分が空気になったように感じた。入れない。二人の間には入れないのだと、はっきりわかったのはその時だったと思う。それまでも梅と高木はお互いに好き同士だと気が付いてはいた。でもその時、今後俺の入る余地は全く無いのだなと実感した。あれが決定的な失恋の瞬間だった気がする。
その時のあゆむちゃん、弟を亡くして泣いていた女の子。
水川あゆむさんはあの時の「あゆむちゃん」だった。
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