第24話 ニキビ
夏休みが終わってしばらく経った9月のある日、放課後園芸部の備品が置いてある倉庫で二人の先輩達から引き継ぎを受けた。今後必要になる物があれば、顧問の森山先生に発注して貰う。ウチの園芸部の顧問の仕事はほぼそれだけと言ってもいい。道具に関しては壊れない限りほとんど発注することはないが、肥料や防虫剤などは消耗品だし、育てる花によっても微妙に異なってくる。
先輩達とこうしてミーティングのようなことをするのももう最後かも知れない。今後園芸部は実質俺ひとりになってしまうから。
先輩達との話が終わり花壇に向かうと、秦野とスーちゃんがすっかり花が咲き終わりうなだれたように下を向いているひまわりを見ていた。
「ひまわりって枯れたらグロいよなぁ。何か咲いてるときがめっちゃ元気いっぱい!って感じやから余計しょぼくれて見えるわ……何か気持ち悪いし……」
秦野がそう言うのが聞こえた。実は俺もそう思うことはあった。ひまわりは大きく咲く分しおれ方も大きい。何だか哀れな感じがするし、種が出来る頃のひまわりの真ん中は確かに気持ち悪かった。でも自分でもそう思うことがあったくせに、誰かに言われると何となく腹が立つ。自分の子供を悪く言われた時の親もこんな気持ちなんじゃないだろうか。ムッとした俺の気持ちは次のスーちゃんの言葉ですーっと消えた。
「そうかなぁ、カッコいいと思うけどなぁ。咲くのも全力やし咲き終わっても全力で種を作るやん。自分の持ってる栄養の全部を使って子供を育ててるみたいなもんやろ?めっちゃカッコいいと思う。だから私はこうやって枯れてしまっても好きやで、ひまわり」
スーちゃんはそう言って枯れているひまわりの中心に顔を近づけている。秦野はちょっと眩しそうに目を細めてそんなスーちゃんを見ていた。
二人に近づいて行くと、秦野が俺に「おう、野口」と声を掛けた。
スーちゃんは一瞬ぴくんと身体を震わせてから一切こちらを見ずに
「あ、部活もう始まってるかも!ごめん、もう行くわ!バイバイ野口君!!」
と叫んで走り去ってしまった。何かおかしい……
「スーちゃん……どうかしたん?」
スーちゃんの不自然な様子が気になって秦野に尋ねると、秦野は一瞬険しい目で俺を睨んだように見えた。でもすぐに口角を無理に上げて笑顔らしきものを作った。それは笑顔というより俺には泣き顔に見えた。
「さぁな、部活遅れるから慌ててただけちゃう?」
そう言うと秦野は
「俺も帰るわ。今日は別に何も手伝うことないやろ」
とそのまま後ろ向きに手を振って帰って行った。残された俺は何だか二人に置いて行かれたような気持ちになった。
結局スーちゃんの様子がおかしかった理由はスーちゃん本人が教えてくれた。
その頃秦野は、もうすぐある文化祭に美術部員として展示する作品を「適当にちゃちゃと描いてくるわ」としばらくの間、本来の美術部の部活動にいそしんでいた。何日かぶりに花壇にやって来たスーちゃんと二人きりだった俺は
「こないだ何か変やったけど、どうかしたん?」
とスーちゃんに聞いてみた。スーちゃんは、うっ、と一瞬言葉に詰まってから
「いやぁ…実はその、あの時ニキビが出来てて…しかも鼻の下に」
と恥ずかしそうに言った。
「前の晩、寝る前にチョコレート食べたからかなぁ。でもどこに出来ても良いやろうに、何でわざわざ鼻の下とかに出来るんかなぁ……意地悪やんなぁ」
そう言ってちょっとふくれた後、
「それで顔見られんの恥ずかしかってん。変な態度取ってごめんな」
と赤い顔で恥ずかしそうなスーちゃんが可愛くて笑ってしまった。
そして思い出した。あの時の秦野の顔。
ああ、あの顔。あれは俺と同じだ。俺は小学校の頃高木にあの顔を見せたことが何度もあったかも知れない、いや、絶対にあった。
好きな女の子に男の子として意識して貰えない、それはとても切ない。そしてすぐそばに男の子として意識されている奴がいたら……それはめちゃくちゃに悔しいことだった。
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