第21話 向日葵の住処

 小学校の友達が一人もいないこの中学校に入学した当初は不安だった。周りの生徒は小学校時代の顔見知りがいるため、始めからもう何組かのグループが形成されていた。その輪の中に入っていけるだろうか。入学してからの何日かは、クラスメイトと挨拶以外の言葉を交わすことがない状態だった。


「岩下李と知り合いなん?」

 秦野が声を掛けてきたのは、入学して一週間ほど経ったHRの時間だった。出席番号順だったので、秦野は俺の後ろの席に座っていた。

「岩下すもも?」

 一瞬誰のことかわからなかった。すもも……あー

「スーちゃんのこと?」

 質問に質問で返してしまった。

「スーちゃん?!」

 秦野がすっとんきょうな声で叫んだ。先生がこっちを睨む。慌てて前を向き先生の話に集中しているふりをした。

 HRが終わって秦野がまた話しかけてきた。

「スーちゃんって呼んでんの?仲エエんやな」

「いや……おかあさ…オカンがそうやって呼ぶからつられて……」

「家族ぐるみの付き合いなんか!」

 俺は秦野に最初にスーちゃんに会った時のことを話した。

「それでオカンが向こうのおばちゃんとも交流するようになって、園芸仲間みたいになってんねん。スーちゃんもたまにウチに来るから話するようになって……」

 スーちゃんとは別のクラスになった。一緒のクラスになれれば良いな、とちょっと期待していたので少しがっかりしていた。

「そっかぁ。いや相撲……岩下が野口と仲良くしてって頼んできたからさぁ」

 スーちゃん、俺が友達居てないの知ってるから心配してくれたんかなぁ。でもちょっと情けないって言うか恥ずかしい……

「俺、引っ越しして小学校からの友達居てへんから…スーちゃん気にしてくれたんかもな」

 そう言うと秦野は納得したように、

「あー 相撲らしいな」

と頷いた。スーちゃん、相撲って呼ばれてるんか。女の子やのに何か可哀想なあだ名やな……

「秦野はスーちゃんと仲良いん?」

「あー うん。小学校の時少年野球のチームで一緒やってん」

 スーちゃん野球やってたんや。女の子やのにスゴいなぁ、カッコいい。

「そーなんや」

 そんなことがきっかけで秦野と仲良くなった。スーちゃんのお陰だ。いつもスーちゃんは俺がピンチの時に助けてくれる。女の子なのに野球もやって、チームメイトの男子にも好かれていたらしい。

 スーちゃんは前に話してくれた「雪の女王」に出てくる「ゲルダ」みたいやな、と思った。そしたら開土(かいと)の俺は情けない「カイ」や。ゲルダに助けて貰うばっかりのへなちょこカイ。


 秦野は中学では野球はやらないらしい。坊主頭やと女の子にモテへんやろ、と笑っていたが「相撲が入られへんチームで野球やるつもりないし」と小さい声でつぶやいたのを聞いて、ああ、秦野はスーちゃんが好きなんだなぁと思った。何となく梅に片思いをしていた自分と似ている気がしたから。

 秦野は中学では真面目に部活動をする気がないみたいで、特に絵が好きでも得意でもないくせに美術部に入った。理由は「サボりやすそうだから」

 スーちゃんはソフトボール部に入ったらしい。中学に入学してからスーちゃんとは、学校で一度も話したりしていなかった。きららの世話も「野口君が居てるからもう私が来んでも大丈夫やな」と言って、最近はほとんどウチに来なくなっていた。

「そんなこと言わんときらら見に来てよ」と言いたかったけど、部活が始まれば忙しくなるので、花の世話まで手が回らなくなるだろう。それに男子の家にしょっちゅう行き来するっていうのも色々気になることがあるだろうし……

 スーちゃんのクラスは別棟の校舎だったので学校でもほとんど顔を合わせない。せっかく同じ中学になれたのに。残念だった。


 小学校最後の年に咲かせたひまわりの種は、梅と高木と俺で分けて持っていた。ひとりになってもちゃんと花を咲かせようと決意していたが、ひまわりは東に向かって咲く。東向きで太陽がよく当たる所。家の花壇にはきらら以外にも母親が植えた他の花も咲いていた。場所が無い。鉢植えより地植えにしたかった。

 学校の花壇に勝手に植えていいものか担任の先生に確認すると

「確か園芸部があるから、そこの顧問に聞いてみて」

と園芸部の顧問の先生を教えてくれた。園芸部の顧問は森山先生という若い女の先生で、

「園芸部顧問って言うても私何にもしてないからなぁ」

と学生みたいなしゃべり方で、見た目も俺たち生徒とそんなに変わらない感じだった。森山先生は園芸部の部員に聞いてみて、と3年生の先輩のクラスと名前を教えてくれた。

 でも3年生の教室に行くのはかなりの勇気が要る。更にその先輩を呼び出して貰わなければいけない。

 どうしようかな、と何度も3年生の教室がある別棟の校舎の階段を上がっては廊下に踏み出せず、そのまま階段を降り、また上がるを繰り返していた。ぐずぐずと階段をウロウロしていると

「野口君っ!」

と声を掛けられた。

 スーちゃんだった。

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