第7話 お役に立てること
金曜日、学校の帰りに教会にお礼を言いに行った。
お役に立てることがあれば良いけど。
教会の門の前で深呼吸した。前は梅ちゃんが一緒だったからあんまり緊張しなかったけど、今日は一人やからドキドキする。
門を入ると、すぐ横の花壇にシンプさんのしゃがんだ背中が見えた。前は黙って入ったけど、今日は挨拶しとこう。
「こんにちは」
シンプさんが振り向いた。
「こんにちは」
優しい笑顔。
「あの、神様にお礼を言いに来たんですけど、入っても良いですか?」
「お礼ですか?」
シンプさんが聞いてきたのでこの間のお願いのことを説明した。
「そうですか。その男の子は元気になったんですね。良かった」
シンプさんがまたニッコリした。
「はい。梅ちゃん……従姉妹もお礼を言いに来るって言ってたんですけど、私がお礼言うからって言ったので今日は来てません。でも心の中でちゃんとお礼してます。それでも良いですか?」
「はい。神様には聞こえています」
良かった。
「とりあえず神様にお礼を言うてから、何かお役に立つことあったら手伝います。先にお礼してきても良いですか?」
シンプさんは私の背中に優しく手を当てて
「どうぞ。ゆっくりお話しして下さい」
とイエス様のいるところまで一緒に来てくれた。
またイエス様の正面に座って手を組んだ。
(お願い叶えてくれてありがとうございます。もし、それは自分じゃないと思ったら、叶えてくれた神様にお礼を伝えて下さい。すいませんけどお願いします)
イエス様にもお礼しといた方が良いんかな。
(イエス様も神様にお願いを伝えてくれてありがとうございました)
あ、あと謝らなアカンこともあった。
(ホントはちょっと疑ってました。お願いしても聞いてくれへんやろなって。ごめんなさい。疑ってすいませんでした)
顔を上げるとイエス様が項垂れていた。
しんどくないんかな、あんな格好で……
イエス様が可哀想になった。
もう一回顔の前で手を組んでお願いした。
(お礼言いに来たのにまたお願いしてすいません。でもイエス様にちゃんとご飯を食べさせてあげて下さい。あと、出来たらもっと楽な姿勢の方が皆んなの話を聞き易いと思います。それも出来たら変えてあげて下さい)
こんなんお願いしたら怒ってバチ当たるんかな。でももうお願いしてしまったから、聞こえてもうたやろな。しゃあないか。
お祈りが終わったので立ち上がって出て行こうと思ったら、シンプさんが扉の前で待っていた。
「あ、お役に立つことやらせて下さい」
慌てて頭を下げると、シンプさんが笑った。
一緒にさっきの花壇のとこに行くと、シンプさんが
「では、このバラを貰ってくれませんか?」
と言って、鉢に入った黄色い花を指差した。
「花壇に植えたかったのですが、このバラは日当たりの良い所でないといけないんです。でも日の当たる場所にはもうこれ以上植えられなくて……」
シンプさんは残念そうだった。
「花とか育てたことないんですけど、大丈夫かな?」
私が心配すると、
「このバラはトゲが少なくて比較的育てやすいそうです。寒さには弱いですが、ブーケみたいで可愛いでしょう?」
確かに黄色い花がキュッと固まっていて、もう花束みたいだった。
「名前も素敵ですよ。『恋きらら』と言うそうです」
恋きらら。可愛い名前。
「良かったらおうちで育てて頂けませんか?」
シンプさんはそう言うと、鉢植えの恋きららを差し出した。
「貰っても良いんですか?お礼に来たのに?」
お礼に来たのにこれやったら反対や。可愛いお花貰って帰るだけで、何にも手伝えへんのはアカンと思う。
「それを育ててくれるのが、お手伝いです。私はとても助かります」
シンプさんがニコニコして言うので、それじゃあ、と受け取った。
「日なたに置いてやって下さい。もうすぐ花は終わりですが、秋の終わり頃から冬の間は水は最小限で大丈夫ですよ。その期間は水をやりすぎない様に気をつけて。わからないことがあったらいつでも聞きに来てください」
ちゃんと育てられるかな……もし枯らしたら……
バラは花咲き しおれても
幼な子イエスは おわします
この讃美歌って、枯れてもイエス様は許してくれるって言う意味かな?
そうやったら安心やねんけど……
シンプさんにお礼を言ってバラを受け取った。
がんばって育ててみよう。お母さんにもお世話の仕方聞いてみよう。お役に立たんとアカンし、この花めっちゃ可愛いいし。もう終わりかけで、ちょっとしぼみかけてるのもあったけど、見てるだけで優しい気持ちになって元気も出てきそうや。
教会を出て、家に帰る途中抱えた花に見惚れていると、
「待ちなさいっ!カイっ!!」
と大きな声がして顔を上げた途端、何かがぶつかって来た。思わず鉢植えから手が離れてしまう。
ゴスっと鈍い音がして土が地面に散らばった。
バラが!………
「あっ!…………」
すぐそばで声が聞こえた。男の子が立っていた。
地面のバラを見つめて固まっている。
「カイっ!まだ外出たらダメっ!」
女の人の声がしておばさんが家の玄関から出てきた。男の子はいきなり走り出した。
「走ったらダメっ!カーイー!待ちなさーい!!」
おばさんは男の子を追いかけようとしたけど、地面に散らばったバラと土を見て止まった。
「え、これ、カイのせい?……ごめんね。ケガしてない?」
おばさんがこっちを見て心配そうな顔で聞いた。
「私は大丈夫です。でも……」
地面を見ると、おばさんも地面を見た。
二人でしばらく黙って立ったまんま、可哀想なバラを見ていた。
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